第八話 「何時になったら、素直に嫁に来てくれるのか……まぁ無理か」



 リーシュアリアといえば、どの様な人物であろうか。


 例えば、彼女をギルドの嘱託職員として見る冒険者達はこう思うだろう。


「ありゃぁ、上物のオンナだな。飯も上手い、床上手って噂だ。飼い主がアベルの旦那じゃなけりゃあ、貢いでたろうさよ」


 では、ギルドの職員からはどうか。

 

「字も綺麗で、窓口を手伝ってくれる時もとても上品に対応して、アベルさんの良い奥さんですよね。奴隷っていうのもきっと訳ありで、元はどこかのお姫様だって噂、本当っぽいですよね」


 と、この様に評判は悪くない。


 では実際の所はというと――――。


(――――成る程、これは中々に。ええ、丁度良い案配というものです)


 時刻は、アベル達が狩りに勤しんでいる時に遡る。


 彼女は今、その光景を『感じて』いた。


 詳しいことは省くが、リーシュアリアはアベルの体と文字通り『繋がって』いる。


 その繋がりを利用して、逐一監視を怠らない女。


 彼の鼓動を、息遣いを、目にした光景、耳にした情景。


 その総てに浸かる女、それが彼女であった。


「――――で、リーシュアリアさん。どうです? 今度食事にでも?」


「ふふっ、旦那様と勝負して、その上で許可をもぎ取れるなら、考えますわ」


「手厳しいなぁ。あの人に勝てる奴なんているのかなぁ…………」


 そんな事をボヤきつつ、若い冒険者は去っていった。


 なおあくまで考えるだけで、万が一、億が一、アベルが負けたのなら、今度はリーシュアリア自身が相手になって叩きのめす算段である。


 純粋な身体能力ならば、彼女はアベルより上なのだ。


 ともあれ。


 アベルの不在時の恒例として、ギルドの窓口に立つリーシュアリアは、これまた毎度の事である口説き文を受け流し。


「あ、リーシュアリアさん。そろそろ上がって良いですよ。夕方になればアベルさん達も帰ってくるでしょうし。その頃には人手も増えますので」


「ありがとう、ご厚意に甘えさせて貰うわ」


 隣の窓口の受付嬢の言葉に、アリアはにっこりと微笑んで席を立つ。


 今日も仕事を万全にこなしつつ、アベルへの盗聴行為、本人曰く『奴隷の嗜み』も同時にばっちりと。


 何時もなら、昼食と夕飯の材料を買うべく大通りを通って帰る所だが、今日は違う。


 奥の階段を上に、昨日も訪れた支部長の部屋へ向いコンコンとノック。


「――――ヴィオラ様。今、大丈夫かしら?」


「その声はアリアちゃんね、どうぞ入っていいわよぉ」


 中に入ると、本日も猥褻エルフなヴィオラの他にもう一人。


「入ったな、なら用は済んだわね今すぐカエレ女狐」


「街角の立ってなさいな、男女」


 アベルの古き親友だが、リーシュアリアの友ではないパトラ、総勢一名がそこに。


 最も、彼が何人も居たところで、彼女にとっては悪夢でしかないが。


「入るなり喧嘩しないの、二人とも。めっ、ですよ」


「…………貴女がそう言うなら」


「はいはい、次から気をつけまーす」


「もう、いっつも言葉だけなんだから…………。それで、今日はどうしたの? まだ調査報告は上がってきてないわよ?」


 あらあら、と頬に手をあて疑問符を浮かべる、淫蕩奥様系エルフは彼女に問いかける。


「ええ、それは承知しているわ。話というのは旦那様の事よ」


「――――はっはーん、アンタも懲りないわねぇ。またアイツの昇進嘆願?」


 そう、リーシュアリアは今までに何度も、アベルの昇進させるようヴィオラに頼み込んでいた。


「奴隷として、内助の功というものよ。旦那様が偉くなれば、その分、給金も上がるし(私の)自由な時間が増えるじゃない」


「内助の功ねぇ、奴隷の身分で妻気取り? 身の程を弁えた方がいいんじゃない?」


「あら、私は旦那様の兄の婚約者だったのよ、ならば兄嫁になる筈だった者として、義弟の昇進の手助けを口利きを頼んでもいいでしょう」


「――――はっ、どの口がほざくの?」


 その婚約者とやらに抱かれた事も、思いを寄せた事すら、ただの一度も無いくせに。


 とは言わなかった、それを口に出してしまえば、戦争になる事くらいパトラも弁えている。


 パトラはリーシュアリアが気にくわないが、かといって敵対する気持ちは無いのだ。


「アリアちゃんも素直じゃないんだから。素直に、アベル君の素敵さを世に広めたいって言えばいいのに」


「…………。そういうのでは、無いわ、ヴィオラ様」


 少し頬を赤くしてそっぽを向く彼女の姿に、ヴィオラは微笑んだ。


 彼女とも赤子の頃からの付き合いで、両親が無くなった今では、親のように彼女を思っている。


 リーシュアリアもまた、ヴィオラをそう思っている筈だ。


(流石のクソ女も、母には叶わないって事ね、いい気味だわ)


 自分の事を棚に上げて、パトラはニマニマとアリアを見た。


 ヴィオラという女性を、母と慕う者は多い。


 パトラもまた、その一人である。


「まぁ、アタシもアベルが昇進するのは賛成だけどさぁ、今までに何度も失敗してるでしょ? どうするのよ」


「アベル君が次世代を育ててくれるのは良いけれど、ギルドとしても、ただの教官で留めておくのには勿体ない存在です。ええ、だからわたしも賛成だわ」


 でも、とヴィオラは困ったように顔を陰らせた。


 ギルドナイトとして昇進させようとすれば、計ったかのように細かな不手際を発生させ。


 教官として昇進を企めば、訓練で多大な被害を建物に出す。


 まるでヴィオラ達の思考が読めるかの如く、アベルは昇進を華麗に阻むのだ。


 ――――最も、思考を読むではなく、アベルはリーシュアリアから聞き出しているだけなのだけれど。


「もうちょっと、アリアちゃんが夜の生活に勝てれば…………? いいえ、愛する者に抱かれているのだものね、仕方ないわ」


「ヴィオラ様っ!? そ、そ、そ、それは――――」


 顔を真っ赤にして慌てふためく彼女に、パトラも野次る。


「そういえばアベルが前に言ってたわよ、『アイツはな、愛してるとは言ってくれないが、その分、体は正直なんだ。口では憎み、態度で拒絶するけどさ、全身全霊で俺を受け入れてくれるいい女なんだぜ』って。――――あらやだ、アンタ、超絶面倒くさい女じゃない?」


「あらあら、駄目よリーシュアリアちゃん。適度な抵抗は殿方を燃え上がらせる秘訣だって、昔教えたけれど。隠し事するなら、素直じゃなきゃ駄目よぉ」


「~~~~っ!? わ、私の事は別にいいじゃないっ!? あの愛が重い唐変木が全部悪いのよっ!」


 耳まで赤く染め涙目で、むきぃ、と髪を逆立てるリーシュアリアに、ヴィオラは善意で言った。


「ね、今度わたしが教えてあげるから元気だして、取り敢えず夜を断る練習から始める? 辛いかもしれないけれど――――」


「――――い、入りませんっ! 話がずれてますっ!?」


 ぜーはー、ぜーはーと息を荒くして、リーシュは強引に話を戻す。


「…………こほん。今度は前回までとは違います。手順を踏むんです」


「一応聞いてあげるわ、どうすんのよ?」


 投げやりなパトラをまだ赤い顔で軽く睨みつつ、アリアは二人に説明した。


「イレインをこちらに引き込みましょう、彼女を旦那様の部下にするんです」


「成る程。昇進させる前に、実際に部下を持たせて実質的な隊長格にしてしまう、と。そのイレインちゃんってどういう子なの?」


 ヴィオラの疑問に、パトラが答える。


「ああ、イレインは今アベルが面倒を見ている子で、グレタ達のパーティに入る予定だった子です。――――リーシュアリア、何故その子を?」


「簡単な事です、彼女には旦那様に匹敵する天分の才があるわ。それにグレタ達の件により、旦那様も拒みづらい」


 この時点でリーシュアリアには、アベルが彼女を親愛なる教え子兼金蔓として見ている事を、例によって知っていた。


「彼女には先ず、旦那様と表に合わせて教官補佐を、裏ではギルドナイト見習いとして、話を持ちかけましょう。――――少し、金銭が入り用ですし、断らないかと」


「アンタは断らないように持って行くんだろ、女狐め。それで、『処刑人』の事はどうする?」


「それは後々、事と次第によっては彼女の方から望むかもしれません」


 かも、と付けるわりには確信の籠もった言葉に、ヴィオラは思わず溜息を付いた。


「…………リーシュアリアちゃんは、愛が重いわねぇ」


 得てして、本人程気づかないモノである。


 彼女の場合、アベルの事を本気で恨んでいるから始末に悪い。


 一人の人物への、愛と憎しみを両立させる面倒な女。


 ヴィオラとしては、素直に幸せになって欲しいものなのだが。


「何故、その反応になるのですかヴィオラ様?」


「ええ、気づかなければ良いのよそれで。うん、話は解ったわ。好きにやりなさいアリアちゃん」


「ありがとうございます、では折を見て話を持ちかけますわ」


 その数時間後、事態が少し面倒な方向に転がる事には気づかずに、リーシュアリアは満足そうに笑った。


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