第4話 反逆の双眸

 遠方の夕陽が山稜へと沈み、霊園は閉園時間を迎えていた。

〈心都〉郊外に位置する霊園――その共同墓地の敷地内に建つ家屋には、ある男女二人が暮らしており、一階の部屋では石材加工のための工房が存在していた。

 その作業場の内部には、数多の長方形や十字型に切り出された墓石が並べられており、他には加工に必要な工具類が置かれた作業台――依頼書や伝票などの書類が山積している事務机が見て取れた。


「ふぅ……、今日の仕事はこれで片づいたな――」


 霊園管理以外にも墓石加工を担うクロスは、固くなった筋肉を揉み解すようにして肩を回した。

 それから作業着のまま工房を出ると――、居住に割り当てられた部屋へと向かう。

 もう夕食の献立を考えなければいけない時間帯。自家において調理も担当する彼は先ず、台所にある冷蔵庫の中身を確かめるべく動く。

 ――もう食材が尽きかけている……。

 ――これは買い出しに行く必要があるな。

 そんな胸中の呟きと共に溜息を漏らし、彼は筐体の扉を閉める。

この家庭の食糧は直ぐに尽きる。その原因としては彼の他に、大飯食らいの同居人がいるためであり、この家に住まう男女二人の内――もう片方の少女の所為であった。

 とはいえ、これも日常茶飯事なので彼の方も諦めるようにして――急ぎ、外出の身支度を整えるため自室へと向かう。

 それからジャケットやジーンズ――墨色のマフラーといった普段からの私服に着替え終えたクロスは、玄関へと足を進めた。

 だが自家を出るその前に……、食欲旺盛な家族である〝黄色の少女〟へと声を掛ける。


「アスタ。夕食の買い物に市街へ行ってくるからな」

「うん、わかったぁ。気をつけて行ってきてねぇ♪」


 居間に配置されたダイニングテーブルの卓上に広げられた教本。それらと睨めっこをしていた少女は顔を上げ、まだ幼さが残ったままの快活な声で返事をした。


 その彼女の名は――、

『アスタ・エンゼルジャッジメンター』

 黄色の頭髪を後ろで括り、その髪と同色の双眼には好奇の光を宿した『憧憬の澄眼』が輝いている。

 性格は天真爛漫で、笑顔の多いその口元には頻繁に八重歯が覗け、服装は普段から着物を好んで着用していた。

 そして彼女について最も特筆すべき点は、出自不明かつ記憶喪失という〝得体の知れない存在〟である部分であった。

 正体不明の謎多き少女。不思議な雰囲気を纏うと共に、希少な【天光】属性という未知なる【特異元素】をその身に保有している。

 またその事柄に起因して、彼女は実に厄介な障害――二つの問題を抱えているのであった……。

 その内容とは――、類例のない『三重人格』と【帯電体質】である。

〝彼女の心には三種の人格が存在しており、互換時に意識・記憶が共有されない〟

〝彼女の体表には常時強力な電気が帯びており、他者が触れると感電してしまう〟

 以上の二点が――この少女に行動制限を加える枷であり、それ故に記憶障害による知識不足を補うため日々勉学に励んだり、感電防止のインナーを着込んで素肌の露出を抑えたりと、彼女は努力や配慮を重ねているのであった。

 本来『三元心』を備えるこの世界の住人においては別段、主人格の移り変わりは珍しいものではない。だがしかし……アスタの『三重人格』の変心については事情が異なり、完全に独立した精神・人格が存在する状態にあった。よって彼女の場合は――、

〝一個体の中に、三種の人格を持ち合わせている〟のではなく……、

〝一個体の中に、三人の人格を持ち合わせている〟とその性質を表現した方が適当なのであった。

 そんな特質な人間であるアスタは現在、とある理由からクロスの元に保護され、共同生活を送っている。

 複雑な事情や問題を抱えながらも……彼女の陽気で前向きな性格と、彼の別け隔てなく接する度量も相まって、親しい家族の関係を保ち続けることができていた。

 そして彼は――、今日も相変わらずな少女に留守を任せると、玄関の扉を開くのであった。

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