第2話 深罪の聖女 2話

 物語の時空は、これまでの〝未来〟における〈内界〉――〈外界〉から、現在の現実世界である〈現界〉へと切り替わる。


 時分は朝日が昇る頃、未だ就寝している人間の方が多い時間帯……。

場所は都市郊外に位置する〝霊園〟へと向かう街道。その通い慣れた道順を、『彼女』が常用する〝白い革靴〟が規則的に往復し、歩みを進めていた。

 そのスラリと伸びた足が歩を進める度、柔らかそうな髪と羽織る白衣の裾が揺れる。

 そして一方、彼女の向かう先である霊園――その敷地内に在る家屋では……、


「――はぁ、もう朝か……」


 眠りから覚めた『彼』が、自室の寝台から重い身体を起こすと――手早く身支度を整え始める。因みに同じ自家の別室では、家族である黄色の少女が心地良く寝息を立てる姿も見られた。

 一方その外側では、墓参を目的とした彼女が霊園正門前に到着――その開園の時を待つ姿が在った。

 目先には模様細工が施された鉄格子の門扉。その隙間から覗ける視界には、新緑色の丘陵が一面に広がる風景が見渡せた。

 風情ある草花や樹木で彩られた敷地内――その石畳により整備された舗装路を進めば、墓標として無数の平板状の白石が並列した区画へと繋がっている。

 また、それからしばらくすると……、そのような自然豊かな場所の内側から、ようやく寝起き姿の彼が歩み寄ってくる――。

 門扉を挟んで接近する彼と彼女――次いで彼が慣れた手つきで正門を開錠させると、その定常業務の様子から……彼こそが、この霊園の管理者であることが見て取れた。


 彼の名は――、

『クロス・ゴーストマスター』

【柩地】属性の【元素能力者】であり、剣術に秀でた人物。

 均等の取れた相貌と体躯。最も特徴的なのは、全体の橙色と黄色の線によるメッシュのようなその頭髪であった。

 性格は自由奔放であるが機転や融通が利き、鋭い洞察力を持つと共に、善悪に囚われない自我を貫く心力の持ち主でもある。

 そんな彼の生業は霊園管理や石材施工技能士としての就労であり、それ故に〝この場〟へと所用がある彼女とも関係を持つ間柄となっていた。

 そして一方の彼女はというと――連日と変わらず恭しく頭を下げた後、柔和な微笑みと共に挨拶を述べるのであった。


「おはようございます、クロス――」

「おはよう、今日も変わらず早いな」


 彼女の名は――、

『レイン・ウォーフェアキャンセラー』

 温和な性格と清潔感が窺える才色兼備なる淑女。

 そんな彼女の見目で印象的なのは、肩を外気に晒すようにして羽織る白衣と、水色から桜色――二色の階調が浮かぶ髪色であった。

 また【鏡水】と【心命】――二つの【元素属性】を併せ持つ【多重元素能力者】と呼ばれる稀有な人種でもある。

 更には医師と執政官――二つの職務を兼任し、特殊な地域性を持つ新興交流都市〈心都〉にて選出された……信望ある代表者、カリスマ的な指導者という身分や立場に在る人物であった。

 そして健全な執政や精力的に医療へ従事するなど――その無償の献身は多くの人望を集め、何時しか人々からは〝白衣の聖女〟或いは『心の繋ぎ手』と呼ばれるようになり、その存在は内外問わず広く知られていた。

『心の繋ぎ手』……それは、人と人とを繋ぐ者、心と心を通わせる存在――、といった意味合いが含まれ、皆から敬愛され人望を集める対象であることを示した愛称とされた。

 また先からの【元素能力者】という名称は、自属性に準じた【自然界の元素】を操作し、まるで魔法の如く術技を駆使する人間を指すのであった。


 朝の挨拶を交わし終えたレインは、管理者のクロスにより敷地内へ通されると――無数の墓標の中から一つの墓前まで歩みを進める。

 それから彼女にとってその定位置となった場所まで辿り着くと――憂いを帯びた瞳で眼前の墓標を眺め、おもむろに胸元に手を添えて瞼を閉じ、一心に祈りを捧げた。

 まだ早朝であるが故に他の来訪者は皆無であり、その広大な敷地にて一人――黙祷を続ける彼女の立ち姿は、どこか物寂しく映った……。


「………………」


 レインの日課となったその行為を邪魔せぬよう――遠方から黙然と見守るクロス。彼女の細い背中を眺めつつ、彼も思うところがあるようにして目を細めて見せる。

 すると距離を置く両者の間に、微かな感傷が含まれた静謐な空気が流れるのであった。

 物言わぬ墓標へと――、ひたむきに祈りを捧げ続けるレイン……。

 そんな彼女の前に立つ墓石には、〝セピア・ファイナルパートナー〟という名が刻まれており、その故人との間に何らかの関わりがあることが察せられるのであった。


 またこの物語は――、

 この場所にあるこの墓標から始まり、そして終わるのであった――……。

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