第28話 休み時間にて

「それで、物置を掃除していたら数十年前の雑誌が出てきてさ。何となく読んでいたら評論が載っていたんだけどな。『日本人は物質ばかり求めて精神的な豊かさを忘れている』とかなんとか消費社会を批判していたんだよ」


 明彦の言葉に耳を傾けながら、僕はふんふんと小さく頷き返す。


「それはまた……精神的な豊かさって具体的に何だよって聞きたいが。要はあれかな? 現代人は隣に住む人間が何をしても気にしない的な人情の薄さを批判しているのか?」

「まあ、そうかもな。でも、その評論を掲載してた雑誌と同じ雑誌をついこの間コンビニで見かけたんだが、結婚式にお金かけなかったり車を買わない今の若者は間違っている、とか批判を繰り広げていてな」

「昔は消費社会は間違っているとか言っていたのに今度は物を買えっていうのか。言っていることが変わってるなあ」

「雑誌の中の作り手も世代交代で変わっているのかもしらんけどさ。ただ、その手の雑誌を買う世代は中高年だろうからなあ。『最近の若者』を悪役に仕立てることで自意識を満足させて、雑誌を売ろうとしているんだろうな」


 二時間目が終わって、休み時間である。僕はいつものように自分の席に座って明彦と雑談に興じていた。


「まあ、いつの時代も上の世代は若者が悪いみたいに言うってのはあるかな。結局社会の中でそういう役回りなのかね」

「そうだと思うぞ。前にTV番組で通りすがりの若者に定番の料理を作らせて、メチャクチャな調理をするのを面白おかしく取り上げるってのを見たことあるけど、あれって若者だから許されているんであって、例えば年寄りに同じようなことやらせて笑いものにする番組だったら確実に非難が殺到すると思うね」

「なるほどね。集団の中で非難されたり見下されたりする役回りを作りたがるのは世の常、人の常なのかな」


 僕がそんな風に話の結論を出しかけたその時。


「月ノ下くん。ちょっといい?」

「へ?」


 振り返るとそこに立っていたのは虹村だった。唇をきゅっとかみしめて何だか思いつめた表情をしている。


「何だ? どうかしたのか?」

「ちょっと……えっと、そう次の授業の準備を手伝って欲しくて。一緒に来てもらってもいい?」

「わかった。明彦、ちょっと行ってくる」

「おう」


 僕は明彦に軽く手を振って、虹村について教室を出た。




 虹村は廊下に出て、さらに校舎の外まで歩き続ける。僕は黙って彼女の後についてきていたが、さすがに渡り廊下まで来たところで疑問を覚えた。


「なあ、虹村。次の授業日本史だと思ったけど、教材か何か取りに行くにしては方向が違うんじゃ……」

「ごめんなさい。実は授業の準備と言うのは方便なの」


 虹村は立ち止まって僕の方を振り返り、射抜くような目で僕の顔を見る。


「実は、聞きたいのは星原さんとのことなの」

「え?」

「彼女とのことなんだけど、ちゃんと責任を取るつもりがあるのかってことを確認したくて」

「虹村、知っていたのか」

「その……昨日の放課後、あなたたちがいつも過ごしている空き部屋の前を通りかかったときに、ちょっと……聞こえちゃったというか」

「昨日の放課後?」

「いや、……違うの! そう、星原さんが悩んでいるんじゃないかと友人として心配で」


 どうやら、星原は昨日僕がテープレコーダーを壊してしまったことを虹村に話してしまったようだ。それで、正義感が強い虹村の事だから僕がちゃんと責任を取って弁償するつもりなのか、確認したかったということなのだろう。


「当たり前だろ。その事については僕に責任があるんだからさ。もし、星原がお父さんから責められたりするようなことがあったら、直接僕が頭を下げに行って説得したっていいさ」

「つ、月ノ下くん。星原さんのために、そこまで……。意外と男らしくて、責任感も強かったのねえ」


 虹村は僕の言葉に感極まったかのように、目頭を押さえていた。


「大げさだなあ」


 あと「意外と」は余計だ。


「わかったわ。そういうことなら私もできる限りであなた達の力になるから」

「そ、そうか? まあ虹村の手を煩わせるようなことはないと思うが」

「いいえ。私もあなた達が先生に何か言われたり非難されそうになったりするようなことがないように、力を尽くさせてもらうわ」


 虹村は彼女の胸の前で握りこぶしを作って言った。


 テープレコーダーの事については、僕が弁償なり代替品を探すなりするつもりだし、学校の先生が口を出してくるようなことはないと思うんだが……。虹村も変なところで心配性だ。


 僕は小さくため息をついて教室に戻っていく虹村の背中を見送った。

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