第27話 虹村志純の独白

 その日、虹村志純は放課後に開催されるクラス委員の連絡会議に出席していた。


 クラス委員会の会長から期末テストが近いので職員室に入れなくなることや、部活の活動時間についての制限についての連絡があり、その後各クラス委員の報告案件へ議題が移る。


「一年A組の飯島です。最近ダンス部が昼休みに中庭を勝手に練習の場にしていて、うちのクラスからも何人か苦情が出ています」


「三年C組の時岡です。先月の球技大会の写真を卒業アルバムに掲載するために編集しているところですが、作業に遅れが出ていまして……」


 各クラス委員の報告案件についての説明終了後、特に何もなければ委員会は終了するのが通常の流れだ。その日もクラス委員会の会長がダンス部への指導とアルバムの編集の締め切りについて担当の教員と相談する旨を告げて、委員会は終わるはずだった。


 しかし、そこで生活指導の飯田橋教諭が「一つ連絡事項がある」と立ち上がる。


「昨今、中高生の風紀が乱れているところだが、うちの学校としてはそういった風潮に流されることなく、学生の本分である勉学に集中するよう生徒全員に指導してきているつもりだ。しかし先日、三年生が校内で不純異性交遊をしていることが発覚した。大変遺憾な話だが、当事者の男子生徒、女子生徒に改めて事実を確認の上、停学処分とした。同じようなことがないように各委員ともクラスメイトの風紀が乱れないよう留意し、何か問題があれば担任か私の所に報告すること。以上だ」


(……停学処分か)


 志純は胸中でその顔も知らない三年生に少し同情する。大学受験を控えた時期では内申にも響くし、周りからの目も厳しくなる。結果的に転校を余儀なくされることも考えられた。


 ふと気が付くと委員会は終了し、生徒会室にいる人間はまばらになっていた。志純は我に返って立ち上がると部屋から出て行った。



 

 志純は廊下を歩きながら考える。


 世間では中高生の性の乱れがどうのという話がマスコミの報道でセンセーショナルに扱われているが、実の所この天道館高校ではそんな雰囲気はなかった。一応進学校を謳っているということもあり、髪の色を染めている人間もいないし女子でも化粧をしていたりスカートを短くしているような生徒は皆無である。


(一般的には中高生ともなれば彼氏彼女と言うものを作るのが当たり前と言う流れがあるけど、どうもうちの学校は浮世離れしているというのかな、彼氏彼女がいるような人の方が実は少数派っぽいよね。恋愛よりもとりあえず模試の偏差値をすこしでも上げないとっていう雰囲気だものねえ)


(いや、もちろん、付き合っている人は付き合っているのだけれど。そして私だって別に彼氏とか欲しくない訳でないけれど)


(うちのクラスでは、中野さんと三鷹くんが有名だよね。あと他にも何人かいるけれど。こういうことは本人同士の問題だからあまり口出しはしたくないな。実際に今回処分された三年生の事とか考えると、本格的な問題になってしまう前に止めるべきなんだろうけど。でもそんな状況に立ち会うなんてことないものね、普通)


 ふと、志純の脳裏を二人の人物の存在がよぎる。


(そういえば、星原さんと月ノ下くんって、いつも放課後一緒に勉強会をしているのよね。つき合っているのかどうかはっきりしない感じだけれど、密室で二人きりで同じ時間を過ごしているのには違いないわ。まさか、いかがわしい行為をしていたりするのかな)


 いやしかし、と志純は頭の中に浮かんだ考えを否定する。


(真面目そうな星原さんと奥手そうな月ノ下くんだものね。何かあるとは思えない。でも、いつも二人はどんなことをしているんだろう。念のため確かめてみてもいいかな)


 志純は二人が勉強会をしている空き室に足を向けることにした。




 数分後、校内の図書室の隣にある空き室の扉の前に志純は立っていた。


「ここでいつも二人は勉強会をしているのよね……」


 呟きながら扉に手をかけようとしたとき。「あああん。すごい!」と女性の声が中から聞こえてきた。


(え、えええっ?)


 続いて「いいわ! いい!」という激しい喘ぎ声がさらに続いた。


(どういう事? あの星原さんがこんな声を上げるなんて……。いや、何かの間違いかも。そう、今の声、星原さんの声とは違うような気もしたし)


 ふと気が付くと部屋の中は少し静まり返ったような気がする。何かあったのだろうかと志純は耳を扉にあてて中の様子を窺おうとする。


「あっ。だめよ、そんな無理に入れようとしたら。壊れちゃうかも」


(な、何を? ナニを無理に入れようとして壊れちゃうかもしれないの?) 


 続いて「やんっ。もう……汚れちゃったじゃない」と官能的とも取れる少女の声が聞こえる。


 さっきは聞き違えかと思ったが、この声は間違いない。中にいるのは星原咲夜だ。


「す、すまん! ちょっと待ってくれ。今ティッシュ出すから」


 続いて少年の声が耳に届く。この声は月ノ下真守だ。


 だけど、二人で服か何かが汚れるような何をしていたというのだろう。


 何とか中の様子が見えないかと扉の隙間に目を近づける。が、その時扉に寄りかかりすぎたのか、かすかにガタリと音がしてしまった。


「いや、今何か外で物音がしなかった?」

「物音? いや何も聞こえなかったけど」


 星原咲夜がこちらに近づいてくる気配があった。


(まずい!)


 とっさに志純は廊下の陰に身を隠した。咲夜は廊下に出た後、周囲をきょろきょろと見回していたが、幸い志純には気が付いていないようだった。


「誰もいないわね」


 廊下の陰からそっと覗き込むと部屋の中に戻ろうとする咲夜の姿が一瞬目に入る。その姿は明らかに着衣が乱れて、ブラウスの前がはだけていた。


「ああ、もう間違いないわ……」


 頭を抱えながら、うなるように志純は呟いていた。 


(昨今の高校生ともなれば、そういう行為に及ぶのも珍しくないとはわかっていたけど、それでも自分の身近な人間が、しかもあの真面目そうでそういうこととは縁がなさそうにさえ見えたあの二人が、日ごろから私が経験したこともないような行為を繰り広げていたなんて。なんだかものすごくショックだ……)


 めまいを抑えながら、志純は歩を進め何とか教室に戻ろうとする。


(二人は受験のための勉強会と言いつつ、実際は保健体育の勉強に精を出していた、というわけね。この場合、精を出していたのは主に月ノ下くんかも知れないけれど)


 人って見かけによらないんだなあ、と志純は一つ教訓を得た心もちで家路についたのだった。

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