第12話 家庭科室にて

「あなた達、ちょっと可愛い女の子に色目使われたからって、言葉を鵜呑みにして味方になっちゃったってわけ?」


 料理部が部活動をしている最中の家庭科室に僕らは足を踏み入れていたところである。


 明彦が昭島さんから聞いた話について事実なのかどうか確認するために詳細を聞こうとしたところ、立川はじろりと睨むと刺すような口調で先のように告げたのだった。


 その言葉に僕は矢面に立っているわけでもないのに、なんだか胃が重くなる。


 虹村は「部活の邪魔をしてごめんなさい。ただここの部員とその友達に相談されたもので、話だけでも聞かせてくれませんか」と他の部員たちに頭を下げていた。


 一方、日野崎は室内のあちらこちらを見て回っている。


 家庭科室の中は通常教室の二倍くらいの大きさで流しとガスレンジつきの作業台が八つあって、端にそれとは別に指導用の作業台がある。他にも業務用の電子レンジ機能付きのオーブンと冷蔵庫などがそれぞれ設置されていた。


 料理部の部員は拝島はいじまという二年生の女子が立川の他にもう一人いる(クラスが違うので良く知らない人物だが、困惑した顔をしながらも料理の材料を切っていた)。そして、一年生が昭島さんの他に男女一人ずつ。この二人も無言でうつむいて作業をしていた。つまり部員の内訳は二年が二人で一年が三人の計五人のようだ。


「いや、でもだな。そもそも一年生の中に犯人がいるって決めつけなくてもいいだろう?」


 明彦の言葉に立川はふんと鼻を鳴らして反論する。


「そうとしか考えられないの。私と拝島さんはあの日、先に帰ったから最後に戸締りをしたのは一年生。そして次の日の朝、食材を置きに来る役割をするのも一年生なの。私たち二年生は次の日の部活まで家庭科室に入ってさえいないの。見回りの警備員の人は家庭科室に入るかもしれないけど勝手にケーキを食べたりなんかするわけないでしょう。だから、一年生が犯人としか考えられないの。おわかり?」


 なるほど、立川が一年生を犯人と考えるのにもそれなりの理由があったらしい。とはいえそこまで攻撃的にならなくても、と見かねた僕は口をはさんだ。


「でもだな。ケーキが無くなったのは残念なことかもしれないが、それで部内の雰囲気が悪い状態がずっと続いたらそれもよくないだろう?」

「あのね。私、別にケーキが無くなったこと自体を問題にしているわけじゃないの。明らかに一年生がやったことなのに、いまだにそれを名乗り出ない。もしかしたら悪意はなくて何かアクシデントがあったのかもしれないけれど、それならそれで謝ってくるならまだ許すわよ。でも何も言ってこないの。誰がやったのかもはっきりしないし、ひょっとしたらまた同じことが起きるかもしれない。こんな状態で気分よく部活なんてできないのは仕方がないでしょう。昭島になに頼まれたのか知らないけれど、部外者なんだから必要以上に首突っ込まないでくれる?」


 明彦は内心苛立たしく思いながらもなんとかとりなそうとしているのだろうか。固い笑顔を作りながら、立川になおも言葉を続けた。


「わかった。よくわかった。じゃあ、何とか犯人を捜し出して謝罪させれば、一年生をこれ以上責めないし、良い雰囲気で部活をするのに尽力するということだよな」

「まあ、そうだけど。……犯人を捜し出す? できるの? あなたに?」


 そこで流石に明彦も我慢の限界が来たらしい。とうとう喧嘩腰の言葉が飛び出した。


「できらあ! その代わりそっちも約束を守れよ!」



 

「言ってしまった。……つい、売り言葉に買い言葉で」


 明彦は、がっくりと肩を落として机の上にもたれていた。弱りきって、憂鬱さが顔に滲み出している。


 僕らは情報収集をひとまず終えて家庭科室を出たのち、二年B組の教室に集まったところだ。


「大丈夫か、明彦。顔が悪いぞ?」と僕は声をかける。

「顔色な」


 突っ込む声にも力が入っていない。相当落ち込んでいるようだ。


「まあ、元気出しなよ。今さら気にしたって後の祭りでしょうが。とりあえずやってみないとわからないじゃない?」と日野崎も励ました。


「そうだけどなあ。そもそも、ここまで事がこじれたら犯人が自分から名乗り出るなんてありえない。よほどの動かぬ証拠がないとどうしようもないだろう」

「状況から見て、犯人が一年生の中の誰かというのは間違いないみたいね」


 考え込むように黙っていた虹村が口を開いた。


「一応、私、職員室に行って家庭科室の鍵の貸し出し日時を見せてもらったの。それによるとケーキが無くなった朝に鍵が貸し出されたのは一回きり、つまり家庭科室に入った料理部の一年生が最初で最後という事みたい」


 日野崎がそれに同意するように言葉を続けた。


「家庭科室は一階だから窓から外に出ていくことはできるよ。だけど、そもそも鍵が閉まっていたら外から入ることはできない。他に入れそうなところはないか調べては見たけど、何もなかったな。普通の窓のさらに上の方に外側に傾いて開く換気用の窓があって、普段は基本的に開いているみたいだけど、なにせ場所が高いからね。あそこから出入りしたとは考えづらいよ」

「そうなのか」


 そもそも、何だって犯人はこんなことをしでかしたのだろう? こんな状況では疑われるのはわかりきっている。しかもみんなで作ったケーキを盗むなんてことをすれば、白い目で見られるなんてこと小学生でも理解できるだろう。


「こう言っちゃなんだが、たかがケーキのために周りから顰蹙を買うなんて、割に合っていないよな。それとも嫌がらせなのかな? 二年生に恨みでもある人間がいたのかな」


 僕のぼやきに虹村が答えた。


「動機はとりあえず見当もつかないけれど、いつどうやってケーキを盗んだのか解れば、おのずと犯人は特定できると思うの」


 その時、教室の戸を開く音が聞こえて何人か入ってきた。


「お待たせしました」


 そう挨拶したのは昭島さんだ。それに続いて二人の人間が入ってくる。二人ともさっき家庭科室で見た料理部の一年生部員だ。部活は終わったのだろうか、それぞれカバンと手荷物を持ってそのまま帰るような雰囲気である。


「ありがとう」と虹村が答える。

「え、どういうことだ?」


 明彦が疑問を口にすると昭島さんが代わって答えた。


「さっき家庭科室で、一年生全員に前後の状況を詳しく聞きたいから連れてきてもらうよう虹村先輩に言われていたんです」


 他の二人が続けて名乗る。


「一年C組の中神和枝なかがみかずえです」

「一年C組の小宮優治こみやゆうじです」


 中神と名乗った少女は、髪をヘアピンで後ろにまとめた、ちょっと大人しそうな少女だった。小宮くんはいかにも人の良さそうな顔をした面長の少年だ。


「このたびは色々ご迷惑をおかけしているみたいで、申し訳ありません」と中神さんは頭を下げた。「僕たちの作ったものですが、良かったらどうぞ」と小宮くんはクッキーを配ってくれた。


「わざわざ悪いね」


 僕は軽く頭を下げた。日野崎が片手で机を指し示して一年生たちに呼びかける。


「それじゃあ早速だけど、空いている席に座って話を聞かせてくれないかな。ケーキが無くなった日、誰が最初に来てどんな様子だったのか」


 三人の料理部員は席についた。車座というか、僕ら全員がいびつな円を描くように向かい合わせになった状態だ。


「それじゃあ、私から」と昭島さんが話し始めた。


 その日、昭島さんは八時五分ごろに学校に着いて職員室に家庭科室の鍵を借りに行った。しかしその時点ですでに鍵は借りられていた。おそらく他の料理部員の一年が食材を置きに家庭科室に行っているのだろうと考えた彼女は自分も家庭科室に向かった。だが、着いてみると家庭科室は鍵がかかっていた。


 どうしたものかと思っていると、すぐに本校舎側の廊下から中神さんがやってきた。中神さんは職員室で鍵を借りたが家庭科室に向かう前に一度校舎の外に出て用事を済ませていたため、その間に昭島さんが先に家庭科室に着いたということだった。


 その後、一緒に家庭科室の中に入るとケーキが無くなっていたことに気がついた。昭島さんは驚いたもののとりあえず食材を冷蔵庫にしまって、誰かが外部から入った痕跡があるか確認したが、窓の鍵も閉まっており他に異常はなかったという。


「へえ、てっきり昭島さんが第一発見者なのかと思っていたけれど、中神さんも一緒だったのね?」と虹村が尋ねた。


「はい」と中神さんが首肯する。


「鍵を借りたのも中神さん?」

「はい」


 僕の方も気になることがあったので質問する。


「その、ケーキが無くなっていたというのは何回か聞いたけど具体的にはどういう状況だったのかな? 皿ごととか?」

「ええと、チーズケーキは型に入れて焼いてから、常温で冷まして冷蔵庫に入れるんですけど。ラップがはがされて、中のケーキが無くなって型だけが残っていました。あまり綺麗に型から切り離した感じではなかったですね」


 昭島さんが記憶を探るように、目をつぶって説明した。


 明彦が「あれ?」と疑問の声を上げる。


「それじゃあ、小宮くんだっけ? 君はいつ学校に来ていつ家庭科室に入ったんだ?」

「学校に来たのは、八時過ぎくらいですかね。でもその後一度自分の教室に行ってカバンを置いてから来ました。まっすぐ家庭科室に行ったわけじゃないので、最終的に家庭科室に来たのは八時二十分くらいです」


「そうなのか?」と明彦は昭島さんと中神さんにも確認する。


 二人とも「はい」と答えた。


「それじゃあ、小宮くんはケーキが無くなった後で家庭科室に来たんだろ? 少なくとも小宮くんは疑われる理由はないように思えるんだが」

「いや、それがですね。前日の最後に家庭科室を出て施錠したのは僕だったんですよ」


 小宮くんは淡々と説明した。


「なるほどね。つまり客観的に見る限りでは、翌日の朝ではなく前日他の部員が帰った後で小宮くんがケーキを盗んだ可能性もあると」


 日野崎がふんふんと首を振りながら相槌を打つ。


「ええ。でも最後に施錠したのが小宮くんというだけで、その日私たち三人はほとんど一緒に下校しましたし、そんなことをしている暇はなかったと思いますけど」


 昭島さんが答えた。確かに焼きたてのケーキを型から切り離して盗むなんて真似、人に気付かれずに短時間でやってのけるのは難しそうだ。


 僕はもう一つ確認してみる。


「料理部の一年生は大体みんな、朝、家庭科室に食材を置きに来るのかな?」


 これには中神さんが遠慮がちに手を挙げる。


「えっと、部費で食材を買ってくるのが一年の役割なんですけど、私が果物とか野菜。小宮くんが小麦粉とかお米とかの重いものを。昭島さんがそれ以外の細かい食材をそれぞれ担当しています。部活のある日の朝は教室に置いておいても邪魔だし、冷蔵庫に保管した方が良いものもあるので基本的に家庭科室にみんな行きますね」


 それじゃあ犯人は他の一年生がいつ来るかもわからない状況と知っていながら、そんな時間帯にケーキを盗んだのだろうか。


 虹村が「もう一ついいかしら。中神さん?」と口を開いた。中神さんは「はい?」と虹村の方を見る。


 虹村も表情こそおだやかだが、中神さんを見透かそうとするような目で凝視していた。


「中神さんはケーキが無くなった日、いつぐらいに学校に来たの?」

「八時くらいです」

「学校に来てすぐ家庭科室の鍵を借りた?」

「はい」

「その後は?」

「昭島さんも言ったとおり、ちょっと用事があって一度外に出ていたんです。それからすぐに校舎に戻って家庭科室に」

「外に出て行った用事というのは?」

「倉庫に私物を置きに行っただけです。……実習棟の横にある倉庫に」

「そう」


 そこで虹村は言葉を切ってありがとう、と言う。いえどうも、と中神さんも答える。


「これ以上は質問しても仕方なさそうだけど、ほかの皆は何か聞くことある?」


「いや」「別に」と 明彦たちが答えて、僕も黙って首を振った。


「そう。……みんな話を聞かせてくれてありがとう」

「いえ。元々、私たちの問題に巻き込んでいるようなものですから」


 昭島さんが頭を下げて教室から出ていき、他の二人も続いて教室を後にした。

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