第11話 唐突な頼まれごと

 そして明彦が告白を決行する当日。僕らは校舎裏にある非常階段の上に隠れて件の一年の女子が来るのを待っていた。


 踊り場の陰で日野崎が時計を確認する。


「そろそろ待ち合わせの時間だね」

「他人事ながら緊張してきたよ」と僕も呟いた。

「しっ! 来たみたい」


 僕の隣で虹村がそっと非常階段の下を覗きこんだ。


「へえ。結構可愛い子ね」


 虹村は興味津々といった様子だ。この前は「クラス委員の責任」がどうのともっともらしいことを言っていたが単純に興味本位だったんじゃないだろうか。虹村も年頃の女子らしく他人の色恋沙汰を面白く思ったりするのかな。


 昼休みに明彦に聞いた話では、今朝の通学電車の中で彼女と話し、『今日の放課後もし良かったら二人で話でもどうか』と持ちかけたら快諾してもらえたということだった。ちなみに明彦はすでに待ち合わせ場所である校舎裏に待機している。


 遠目には容姿ははっきりわからないが本校舎の方から華奢な雰囲気の女子生徒が現れて、明彦に何か声をかけたのがわかった。


「……あの……た」

「いや……たから」

「……すか? ……それじゃあ……」

「……のか? いやちょっと……てくれ」


 日野崎が僕の肘を指でちょんちょんとつついた。


「ねえ。どんな感じなの? 上手く行っているの?」

「いや、それが良く聞こえないんだが、変な雰囲気だな。険悪な感じじゃないみたいだが」

「でも、何かトラブルらしいことは起きてるみたいよ? あ、雲仙くん、こっちに来た」


 明彦が校舎裏からこっちに歩いてきて、僕らの方を見て手招きをした。


「何だろ?」と日野崎が声を漏らす。

「とりあえず下りてみましょう」と虹村が呟いた。


 僕ら三人が非常階段の下に移動すると、彼は何やら困った顔をして待ちかまえていた。


「どうしたんだよ、一体?」

「いや、それがな。当初の予定通り『実は前から君のことが気になっていたんだ』『俺のできる範囲で君の力になりたいと思っている』と言ったまでは良いんだが、そこで『本当ですか? 実は私今悩み事があって……先輩、気づいていたんですね! それじゃあ相談に乗ってもらえませんか?』と言われちゃってな」

「……? それで?」

「それで、予定ではその後で、付き合って欲しい的な決め台詞を言おうと思ったんだが、話の本題に入る前に、その子の話を聞いてあげることになってしまった」

「おいおい。じゃあ、要は告白するつもりが話をそらされて出鼻くじかれちゃったってことか」


 僕はため息をついて肩を落としたが、日野崎がフォローするように声をかけた。


「だけど、これは逆にチャンスかもしれないよ。その子の抱えているトラブルを見事に解決してみせれば、頼りがいがあるところをアピールできるもの」

「それで、そのトラブルというのは何なの?」


 虹村が眼鏡を押し上げながら尋ねた。


「……ちょっと厄介そうな話でな。そういうことなら協力者が必要だからということで、待ってもらっているんだ。すまんが一緒に聞いてもらってもいいか?」


 僕らは顔を見合わせた。




「初めまして。昭島あきしまみやびです。一年A組です」


 明彦が気になっているという女の子、昭島さんは黒くて長い髪を真ん中からやや左のあたりで分けている、女優のような整った顔立ちの少女だった。正直年齢以上に大人びた雰囲気を感じさせる。


「どうも、雲仙と同じ二年B組の月ノ下です」

「同じく二年B組の日野崎です」

「虹村です」

「二年B組、なんですね。みなさん」


 昭島さんは確認するように尋ねた。


「……そうだけど?」

「いえ、別に。私のためにわざわざ集まっていただいてすみません」

「それで、悩み事というのは何なの?」と虹村が促した。

「私、料理部に所属しているんですけど、先週、私たちが作ったケーキが一晩のうちに無くなっていたんです」

「無くなっていた?」

「ええ」


 昭島さんによると先週の木曜に彼女は部活に参加し、家庭科室でチーズケーキをみんなで作ったそうだ。


 本来は常温で冷ましてから冷蔵庫にしまわなくてはいけないところだが、作るのに時間がかかったので、すでに学校が閉まる時間になっており冷ます時間がなくなってしまった。


 そこで先輩の「一晩くらいなら別にいたんだりしないでしょう」という判断で、ラップをかけて家庭科室の作業台の上に置いておいた。そして次の日の朝に一年生が家庭科室に部活で使う食材を置きにくることになっていたので、その時に冷蔵庫にしまうことになった。


 しかし翌朝、彼女が登校して食材を置きに来ると作業台の上にあったケーキが無くなっていたのだ。


 それを知った先輩の一人は、犯人は一年生の中にいると考えて「みんなで作ったケーキなのになんてことをするの! 犯人は名乗り出なさい」と一年生全員をしかりつけたが、誰も名乗り出てこない。その後、部活動はとりあえず再開することになったが、部内の雰囲気は険悪で特に二年生の一年生に対する目は厳しいものになったということだった。


「そういうわけで、どうにかならないかと思いまして」


 虹村が唐突に口を開いた。


「二年の先輩っていったよね。料理部で二年の先輩ってもしかして立川たちかわさんの事?」

「……はい」


 それを聞いた明彦と僕は「うっ」と声を漏らして顔をしかめた。


「……立川か。あいつ、そういや料理部だったんだな」

「ますます面倒なことになりそうだ」


 僕らと同じ二年B組に所属するクラスメイトの一人、立川節子たちかわせつこは外見だけならどこにでもいる地味な雰囲気の女子生徒だ。黒縁眼鏡の痩せた体、そばかすとカチューシャでまとめた髪型が特徴といえば特徴だろうか。協調性はそれなりにあるようだし、同性の友達はそれなりにいるようだが、妙に神経質で自分のルールを他人にも厳しく適用するようなところがある。


 前に一度、彼女が自分の文房具を他の女子に貸し出した際に、また貸しして他の男子生徒の手に渡った時、そういうときにはひと声かけるのが礼儀だ、誰が他の人にまで貸して良いと言ったのか、と厳しくその女子を叱責した。正直言っていることは正しいと思うがそこまできつい言い方をしなくとも、と思う所はあった。


 また僕自身、掃除当番の時などに、掃除のやり方を細かく注意されたことがある。


「悪い奴じゃないんだけどな」


 虹村も少々悩ましい顔をしていた。


「立川さん、この手の話には厳しいものね。犯人がはっきりするまで一年に対する態度は変わらないかもしれないわ」

「そうですか……」


 下を向く昭島さんに、明彦が元気づけようと声をかけた。


「だ、大丈夫だ! 俺たちで何とかするから。とりあえず立川のところに行って話を聞こうか。な?」


 俺たちって、僕ら全員のことだろうか。しかしここまで来たらもう乗りかかった船である。ここで解散して何もしないというのも気が引ける。


「それで、今日は部活はあるのかな?」と僕は昭島さんに尋ねた。

「はい。もう始まっていると思います。私は今日は遅れてくると伝えてますから」


 横で聞いていた日野崎がふむと頷いて、昇降口の方へ踵を返す。


「わかったよ。そういうことなら、とりあえず家庭科室に行くとしますか」


 彼女はそのまま先頭に立って歩きはじめる。なんだかんだでこのメンツで一番物怖じしないで行動するのは日野崎なのであった。

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