第13話 推理と考察

「さて、一応ここまで集まった情報を整理してみましょうか」


 虹村が黒板に家庭科室に出入りした人間のタイムテーブルを書き始めた。


「まず前日の夕方に最後に施錠して家庭科室を出たのは小宮くん。他の二人の一年生もほぼ同時に下校しているからその時は実質的にケーキを盗むのは不可能。次の日の朝、八時に中神さんが鍵を借りたけれど、その後で外で用事を済ませていて、家庭科室に到着したのは八時……十分くらいかな。ほぼ同時に昭島さんも家庭科室にいて部屋に入ったらケーキが無くなっていた。その後八時二十分に小宮くんも家庭科室に到着、と」


「ただ全員が正直に答えているとすれば、の話だけどね」と日野崎が言った。


「じゃあ、一人ずつ犯人である可能性がどれくらいなのか、考えてみようか。まず昭島さん」


 僕の言葉に明彦がまず反応した。


「ちょっと待て。昭島は事件を解決してほしいと頼んできたんだぞ」

「でもあえて意地悪な見方をするなら、自分の疑いを晴らすためのカムフラージュかもしれない。まさか犯人が犯人探しを頼むなんて思わない、とね」


 日野崎もここで口をはさむ。


「それと、昭島さんは『事件を解決してほしい』なんて言っていないよ。悩んでいるからなんとかしてほしいと言ったんだ。……つまり、もしかしてだけど、雲仙が立川さんと同じ二年B組であると知っていて、とりなしてもらうことを期待していたとも考えられるよ。軽い嫌がらせでしたつもりが大事になりかけてなんとかできないか、とね」


 虹村も小首をかしげながら、考え込むような表情になる。


「でもそもそも私たち、彼女の悩みを解決するために動いているのよね。雲仙くんの告白に協力しようとした行きがかりで、ね。もし彼女が犯人で嘘をついているなら、そもそも私たちがこうやって真相を究明すること自体、意味をなさないけれど。……雲仙くんはどう? 彼女を信じたい?」

「ああ、信じたい」


 言い切ってくれるなあ。でも僕はこういう明彦の「女の子の為なら馬鹿になれるところ」が嫌いじゃない。


「それなら、昭島さんのこと信じようか。大体、自分が疑われるとわかっている状況で、嫌がらせでケーキを盗むような頭の悪い子には見えなかったしな」

「それに、彼女が犯人だとするなら、鍵を借りないと入れない家庭科室にいつどうやって入ってケーキを盗んだのかという疑問が残るものね」


 僕の言葉に虹村も同意した。


 鍵、か。鍵と言うとどうしても気になる人物がいる。


「その点で怪しいのは中神さんだね」と日野崎が僕の気持ちを代弁した。


「ええ、彼女は八時に鍵を借りたと言っていた。それについては職員室の鍵の貸し出し記録から見ても間違いない。でもその後一度彼女だけが家庭科室に入って、ケーキを盗んでまた鍵をかけて出て行ったとしたら……」


 虹村が続けて推論し、日野崎がその先を口にする。


「昭島さんが来た後で『自分も今来たところだ』と言う風に装って鍵を開ける。そして一緒に第一発見者になる」


 ははあ、と明彦が声を漏らした。


「つまり『外で用事を済ませていた』と言うのは彼女の嘘で、実際は一度家庭科室に入っていた、と。でも自分が最初に来たのがわかれば、犯人は自分と明白だから昭島さんと同時に家庭科室に入ったように見せかけた」

「ところがこれにも一つ問題があるんだよ。昭島さんは『職員室の方の廊下から中神さんがやってきた』と話している。先に中神さんが家庭科室にいて職員室の方に引き返そうとしたら、どうしてもその後に来た昭島とはちあわせする可能性が高くなるよ」


 日野崎の言葉の意味を僕はよく考えてみる。家庭科室があるのは化学実験室、生物実験室などがある実習棟と言う一階建ての建物で生徒が自由に入れる普通教室がない。つまり中神さんが先に来ていたとするなら、職員室のある本校舎の方に戻ろうとすると身を隠す場所がないのだ。


「いやでもトイレとかもあるし、その気になれば職員室がある本校舎とは反対側の非常口から出ることもできるんじゃないのか?」


 僕の疑問に日野崎が答える。


「だけどトイレは家庭科室から見える位置にあるから、そこから出てきたら流石にばれる。それに扉に覗き窓の類がないから外の様子が分かりにくい。いつ来るかわからない昭島さんをやり過ごした後で、不自然ではないタイミングで家庭科室に戻って鍵を開けに行かなくてはいけないことを思うと無理があるよ」


 虹村も黒板に校舎の見取り図を描きながらさらに説明した。


「反対側の非常口から出れば鉢合わせはしないけど、かなりの遠回りになるの。ケーキを盗んで鍵をかけて反対側の出口から実習棟を出た後、昭島さんが到着するタイミングに合わせて職員室がある本校舎側から入ってくる。これを鍵を借りた八時から昭島さんが家庭科室に到着する八時十分までにやってのけるのは、多分にして難しいように思うの」


 確かに、この十分間という時間は実に微妙だ。鍵を借りて職員室から家庭科室まで普通に移動して三、四分、ケーキを盗むのに、これはどれくらいかかるのかはっきりしないが、五分くらいだと仮定すると余裕はせいぜい二分弱程度。


 もちろんいつ昭島さんが来るかわからないのだから、目撃されないように本校舎側から見られにくいところから、再び実習棟の入り口から入ってこなくてはならない。


 加えて反対側の非常口から出て、本校舎側から見られにくい裏手に回ってもう一度実習棟の入り口から入ってくるとなると普通に移動して三分以上はかかるのではないだろうか。つまり十分では足りなくなる。


「ポイントは、犯人が中神さんだったとしたら、昭島さんより早く家庭科室に到着したように思われてもまずい立場だが、あまり遅く家庭科室についてもまずいということなんだよな。もう少し遅く現れていたのなら、鍵を借りてから家庭科室に到着するまでの時間は不自然に長いことになるから、非常口から出てまた入ってきたと疑う余地がある。だけど現実には、あくまでもたまたま鍵を借りたあとにすれちがいになっただけで、ほとんど昭島さんと同時に家庭科室に到着し一緒に第一発見者になったとしか思えない状況なんだ」


 僕の言葉にさらに虹村が補足した。


「それにさっきのやり取りで私が観察した限りでは、鍵を借りた後で一度外に出て用事を済ませて家庭科室に戻ってきたというあの言葉には嘘がなさそうなの。まあ百パーセントと言う確証はないけれど少なくとも目をそらしたり、手の動きが落ち着かないとか、声の調子が不自然だったりもしなかった。まあ嘘をつき慣れているという可能性も否定はできないけれど」


 そういえば、虹村には相手の目を見て嘘をついているかどうかを見抜くことが出来る特技があると聞いたことがある。もちろんプロのポーカープレイヤーみたいに感情を覆い隠すことに慣れている相手ならわからないが、少なくとも中神さんの嘘を見逃すということはなさそうだな。……でもそうだとすると、本当に中神さんは鍵を借りた後、外へ出てそれから家庭科室に行ったことになる。


「そうなると最後は小宮くんだけど。ここまでの証言が正しいなら八時二十分に家庭科室に到着した彼がケーキを盗むのはまず無理だろうな」


 もし彼が嘘をついていて家庭科室でケーキを盗んだのだとしたら、どう頑張っても他の二人に出会ってしまうし、何より家庭科室に入る鍵を手にする機会が彼には全くないのだ。


 僕に続けて日野崎も見解を語る。


「小宮くんが犯人と言うケースがあり得るとすれば、それは一年生全員が口裏を合わせている場合、つまり三人とも共犯の場合だよね。でもそもそも一年生が三人そろってケーキを盗む理由と言うのがまず思いつかないし、ありえない。そこまで二年生に対して恨みなり反感なりがあるなら普通部活をやめるだろうし、その場合昭島が険悪な部活の雰囲気を何とかしてほしいなんて頼み事はしてこないよ」

「おいおい。ってことは、犯人は結局わからないってことか?」


 明彦のぼやきに僕らは沈黙するだけだった。


「とりあえず何か見落としていることはないか、それぞれ一度考えてみましょう。各自が気が付いたことがあったら連絡するということで」


 虹村がそうまとめて、その日は解散になった。

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