第7話 回想、球技大会の翌日

「綾瀬」


 授業が終わり、部活に行こうとスポーツバッグを持ってテニスコートに向かう綾瀬に僕は声をかけたのだ。


「月ノ下くん」


 場所は校舎から体育館やテニスコートがある方に続く渡り廊下。人目も全くないわけじゃないが、どうせそんなに長く話すつもりもない。


 綾瀬は怪訝そうに僕を見た。


「どうしたの?」

「いや、謝っておきたかったんだよ」

「謝る?」

「ほら、一昨日僕にテニスを教えてくれただろ。ド素人に教えて、的外れの質問とかされたせいで調子崩したんじゃないかと思ってさ」


 綾瀬は、僕を見てふふんと不敵に笑った。


「馬鹿言わないでよ。練習でどんなに上手でも本番で駄目ならそれが自分の実力。競技ってそういうものよ。確かに昨日の球技大会の時に星原さんにてこずったけれど、それは私自身の弱さだわ。それに最終的には勝ってみせたもの」


 その言葉が虚勢なのか本心なのか、僕にはわからなかった。綾瀬はそんな僕の内心に構わず言葉を続ける。


「確かにあの後サーブのフォームを何度も見直して、違和感がわいてきたりしたけれど、君のせいで私がミスっただなんて……」


 言いかけた途中で綾瀬の表情が微妙に変わった。


「へえ。ああ、もしかしてそういうこと? 星原さんを勝たせようと思って、私にテニスを教わるふりをして……」

「何のことかわからないな」


 僕は綾瀬の言葉を遮って、とぼけて見せた。


「第一印象では、なるべく面倒なことには関わらない事なかれ主義の内向的なインドア系に見えたんだけどなあ。意外とやってくれるじゃない」


 いや、それ結構当たっています。


 どうやら僕が初めて綾瀬を見た時に拒否感を感じたように、綾瀬の方も僕がどういう人間が何となく看破していたらしい。


「いや、別にね。私も君を誘ったことについては、君に全く気がないわけじゃなかったのよ。君みたいなタイプと関わったことなかったし、つき合ってみたら意外と面白いんじゃないか、なんて思ったのは本当よ。まあ、実際に話してみたら、大体察しちゃったけどね」

「察したって何をだよ。相性が合わないってこと?」

「いや、そういうことじゃなくて……。鈍いわね、君」

「?」


 綾瀬は何故だか呆れたように肩をすくめて、にやにやと意地悪そうな笑いを浮かべた。


「ねえ、月ノ下くん。少し前にこんなサラリーマンドラマが流行ったのを知ってる? 目立たない役立たず扱いされている会社員が実は会社の上役から目をかけられていて、いざ何か会社内に事件が起こった時に行動力と腕っぷしを発揮して悪徳社員の弱みをつかんで大活躍ってなやつ」

「見てはいないけどそういうドラマがあったのは知っている」

「それでね。そういうのって他にもあるのよ。ごく普通の主婦が名探偵みたいな推理力を発揮して、的外れな捜査しかしないヘボ刑事よりも活躍したりするの。時代劇でもパッと見はさえない老人が実はめっぽう強くて、悪事を働く若者を颯爽と懲らしめたりするのがある。そういうのが何故受けるのか分かる?」

「つまりあれだな。視聴者である平凡な人生を送っているサラリーマンや主婦やお年寄りに感情移入させつつ、そんな主人公を活躍させてカタルシスを与えるわけか」

「まあ、そういうこと。そういうので一番の定番があれなのよね。漫画とかでよくある優柔不断ではっきりしない受け身主人公が複数の異性からモテたりするってやつ。それで何でそういうのが受けるのかって言ったら、『現実にはそうじゃない』からなのよ。現実にはほとんどの場合、平凡な人生を送っている人に活躍の場なんてこない。行動力がない受け身の人間がモテるなんてありえないからよ。さえない奴が活躍するのがウケるのは、現実はそうじゃないっていうことの裏返しなのよ。だってそうでしょう。女の子にとっては、はっきり決断してリードしてくれる行動派の男の子の方が格好いいに決まっているもの」


 心の中で反感がわいた部分があった。平凡な人生を送っていたって、そいつにはそいつなりの活躍の場があるはずだ。

 

 そりゃあドラマみたいに劇的でなくとも、人から見たらありふれて見えたとしても、それはきっと誰かのためになるかけがえのないもののはずだ。極論で人の人生を見下すなと言いたかったが、言葉の後半の行動的な人間の方がモテるという話については正しい気がする。悔しいけど。


「結局何が言いたいんだよ。綾瀬は。さっきから関係ない話になっているぞ」

「だからさあ。月ノ下くん、星原さんと日常的に二人きりで過ごしていながら、つき合ってはいないとかあいまいな状態が続いているんでしょう? そういうのって星原さんからしたらどうなのって話よ。優柔不断ではっきりしないのがモテるのは漫画とかの中だけなんだから。私が星原さんだったら、そんな状態が何か月も続いていたら愛想尽かすわね」


 そう言い放つと綾瀬は僕に背を向けた。


「まあ、もし星原さんの事が好きなら早く気持ち伝えなさいってことよ。そうでないとあっさり捨てられるかもよ?」


 いや、一応自分なりに伝えたつもりではあるんだけどな。でも星原にちゃんと伝わっていないなら意味はないのだろうか。


 何も言えずに立ちつくし、そのまま去っていく綾瀬の背中を見送った。


 僕はやはり彼女は僕の天敵だったと心の中で再認識したのだった。

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