第23話「報復! 処刑! 惨殺! 絶対に許さない! 絶対にだ!」

 太陽がなくなった世界、アマテラスが天岩戸に閉じこもってしまった世界、その世界に再び太陽が戻ったのは、他愛のない談笑だったと言う。太陽も希望もない世界で、神々が騒ぎ立てていたのを聞いたアマテラスはそれが気になって天岩戸から顔を出した。結果的にそれが功を奏したのだ。色々と望日と緋乃が試行錯誤したように、天岩戸からアマテラスが外に出るためには意外性がないといけないと言い換えることもできるのかもしれない。今回の意外性、それは跡川朱冴だ。


 先ほどの地響きは、望日とナンバーゼロのものではなく、紛れもない朱冴が起こしたものだった。朱冴は見事、望日のもとに帰還する。ただでは帰らぬ跡川朱冴、今回はドラゴンをひっさえて帰ってきた。


「望日! 緋乃! 乗れ! ほらほら!」


 地が割れたと思ったら、あの大きなプロテウスが顔を出した。


「皆の者! 掴まれ!」


 ナンバーゼロも朱冴に続き、ドラゴンの背に乗るように指示をする。この咄嗟の判断により《スーソルグロッド》から多くの人間が、悠久とも思えるような期間を経て、地上へともう一度舞い戻る。


「よしッ! 出発!」


 朱冴が、地下深くの暗闇で孤軍奮闘していた時、あることに気が付いた。


「俺、どうやって帰るんだ……」


 目の前のドラゴンもどきを討伐したところで俺一人、ぽつんと取り残されるだけだ。ならば、俺が選ぶべき道は……


「俺とお前、二人でここから出ないか?」


 もちろん、奴に人の言葉が分かるはずはなかったのだが、俺の心がプロテウスに近くなった。俺とプロテウスは……


「一心同体だ!」


 そう言って、向こうも覚醒してくれれば良かったのだが、もちろん一筋縄ではいかない。猛獣使いの気持ちが、朱冴には分かるような気がした。


「言葉が通じない生き物にどうやって思いを伝えろって言うんだよ!」


 ここからは朱冴も試行錯誤の時間が続いた。暗闇の中一人虚しく、ドラゴン紛いのご機嫌を取ろうとした。


「これならどうだ……くッ……じゃあこっちは……」


 どれくらいの時間が経過したのだろうか。俺の気持ちが上から目線なのがダメなのだろうか。してやっていると言う態度は相手にも伝わると言う話はよく聞くことだ。


「そうさ、俺たちは友達だ。さっきまでめちゃくちゃして悪かった。俺の都合でお前の気持ちを全く考えていなかった。すまない」


 心からの謝罪、ここであのプロテウスは、ウウゥと低く唸り声をあげた。


「俺を許してくれるのか……」


 ここで人とプロテウスは初めて心を通じ合わせることができたのだった……




――などと言う感動話で、幕を閉じればよかったのだが……




 実際のところは朱冴の理想の展開とは大きく異なる。


「俺と一緒に太陽を見よう!」


 そう語りかけたところ……


「っつてえ!」


 思いっきり顔面に向けて、尻尾がぶつかった。プロテウスに言葉は通じないし、思いは通じない。異種間コミュニケーションは頓挫し断絶し失敗する。


「…………」


「お前なぁ……」


「さっきからよぉ……」


「下手に出てればよぉ……」


「…………」



――図に乗るな!



 俺の中で何かが外れ、何かが弾けた。怒髪冠を衝くと言うのはこのことかもしれない。やはり黒い思いは重くて暗くて、強烈だ。


「報復! 処刑! 惨殺! 絶対に許さない! 絶対にだ!」


 俺の手からは今までで一番勢いのある水流を放っていた。今なら一人で洪水でもなんでも起こせそうだ。その位の水量、そして辺りの岩なんて軽く砕く水圧。


「許さねえからなぁ!」


 俺は、ここで思いっきり、ありったけの力で、見えないプロテウスに向けて放つ。きっと必殺技のカットが入るならここだろうと言うくらいに、気合の入った攻撃。怒りと憎しみの籠った愚かな負の一撃。


「いけよおおおおおおおお!」


 プロテウスはたちまち暴れ出し、血しぶきが俺にかかってくるのが分かった。プロテウスもろとも俺もここで一生を過ごす覚悟、そのつもりで放った魂。


 しかし、俺の意図したようにはいかずに、プロテウスはそのまま周りの岩壁を崩し始める。


「おいおい、このままじゃ生き埋めになっちまう!」


 そう思った俺はどうしたことか、プロテウスの背に掴まっていた。


「死なばもろともだ! 死にたくないなら前に進もうぜ!」


 強引で無茶な方法だったが、もう俺に退路はない。なら進むしかない。


 その思いで掴んだ希望。俺たちはこんなところで立ち止まってちゃダメなんだ! だから! 前に進むんだ! 




「さすがお父さん! 望日が見込んだことはあるよ!」


 望日は嬉しそうに俺に笑顔でそう話しかける。


「お父さん、見直してくれたか?」


 ちょっとだけ、ね。と望日は言って、俺とそれ以降目を合わさなくなった。


「緋乃もすまなかった。待たせたな」


「朱冴さんは……やっぱり朱冴さんです」


 緋乃はそう言って安堵の表情で見つめる。


「《スーソルグロッド》のみんな! あともう少しで太陽が見れるからね!」


 望日の大きな声が地上に響き渡った、ような気がした。地上に出たプロテウスは地上の光がまぶしかったようで、そのまま、また洞窟へとリターンして行った。


「なんだかんだ、お世話になったよ、ありがとう」


――ただし、心は通じなかったけどな!


 先ほどまで殺意に満ち溢れていた朱冴だったが、洞窟を抜け出てしまえば、厭悪の気持ち敵愾心はたちまちに消えていった。雲散霧消する霧のようにきれいさっぱりと流れ消えていた。



「ここは一体どこだ……」




どうやら俺たちは、洞窟に入ったせいで随分と大回りしてしまったのかもしれない。


空は相変わらず暗い面持ちで、俺たちの爽快な気分とは相いれないようだった。


「お父さん! 今度こそは! 《ライレイン》に出発するよ!」


「望日、道は分かるのか?」


「だいたいわかるからへーきへーき!」


「それなら良いんだけど……」




陰からナンバーゼロが呟く。



「そう、これで良かった。《水流再構築転移装置(ハイドロトランジット)》なんて必要なかったんじゃ……」


 ナンバーゼロが地上に出てきた《スーソルグロッド》の人々を先導してくれるようだった。


「望日(みひ)、それじゃあ、頼んだぞ。約束じゃ」


「わかってるって! この望日ちゃんにおまかせ! ってかこの約束二回目だってーの!」


 少女はサムズアップをして破顔一笑する。


「それじゃ、みんなの太陽を取り戻しにいっちょ行きますか!」


 もう一度俺たちの旅をスタートさせる。俺たちは望日に太陽を見せてもらいにいくんだ。俺の育った《ライレイン》でもう一度光を見るんだ!


 そのためならなんだってする。泥水だってすするし、艱難辛苦なんでももってこいだ。


「あれ……雨が少し弱くなってる気がする」


 俺たちの気持ちに呼応するように天も喜んでくれているのかもしれない、そう思えるような小雨だった。しとしとと優しく俺たちの疲れを癒すように降り続く雨。


「《ライレイン》の近くはそうなってるのか?」


「そんなことはないはずだけど……」


「まあ! なんでもいーじゃん! このまま《ライレイン》サクッと太陽を見に行きましょう!」


――望日はもう見飽きちゃってるけど!





しかし、この何気ない平穏も《ライレイン》では脆く崩れ去ってしまうということを彼らは知る由もない。


 弱まった雨がまさか《ライレイン》に向かうための祝福だと勘違いしている俺たちは、さぞかしお気楽な人たちに映っていただろう。




舞台は朱冴の生まれたライレインへ。



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