第21話「まあ、ドラゴン討伐は勇者の仕事ってな!」

《水流再構築転移装置(ハイドロトランジット)》製作はその爆弾発言を聞いた後、粛々と行われた。望日が実際に使用していたこともあり、内部の構造はしっかりと作れたハズ?である。


しかし、未来の人間がこうして現代に影響を与えてはいけないと言う話はどこでも言われていることだが、実際ここまでこの世界に影響してきたのだから今更かという感覚が俺にはあった。


だから、あえて止めろだとか言う無粋なことは言わないことにした。まあ望日がいなくなるならその時はその時だ。


「お父さん! もうちょいでできそう!」


 作業は滞りなく進行した。なんだ、ドラゴンだとか言うのは、結局誰かの見間違いだったんだ。実際、ここの人たちは目が退化しているから見間違いなんてありえないんだろうけど……


 と言うところで、禍福は糾える縄の如し、全てのことがうまくいくなんてことはない。


「本当に現れやがった……」


 俺たちの目の前に現れたのは、真っ白い生物。洞窟内にいるのだから、当然だがこの白さがより一層聖なる生き物ということを伝えてくる。


「目が……ない……」


 そしてこのドラゴンと呼ばれる生き物も、目と言う感覚器官は所有していない。


 「プロテウス」と言う生き物がこの世には存在する。別名「ホライモリ」、スロベニアの鍾乳洞で発見された生き物で、ウナギのように長い体に手足がついた形をとっている。このプロテウスを記した書物の中に、ドラゴンの幼生だとするものがあり、古くはこの生き物をドラゴンとしていたようだ。


 だからこうして、朱冴達もドラゴンと対峙しているかのように狼狽する。無知とは恐ろしいものである。


 この「プロテウス」の寿命は長く、百年間生きる個体がいるということも言われている。さらにこの「プロテウス」は食べ物がなくとも、十四年間生き続けたと言う実験結果も存在する。この《スーソルグロッド》に住まう「プロテウス」もこの《ヒシナシ》の目が退化する一部始終を見て生きてきたのかもしれない。


しかし、本来ならこの「プロテウス」の大きさは二十㎝程度だ。目の前にいる「プロテウス」は優に十mは超えるだろう特大個体である。


「こんなのに踏みつぶされたら終わりじゃん!」


――ってか食べられたら終わりじゃん!


 望日は目の前の脅威にものともせず、余裕そうだ。


「もしかして、あのドラゴン、守り神だから殺しちゃダメだとかない?」


「ありません。だから、思う存分やっつけちゃってください」


 ナンバーハチロクは冷たい声で言った。


「じゃあ、やっちゃいますか!」


「ますかー!」


 俺と望日はそう言って意気揚々と前に出る。ドラゴンもとい、プロテウスさんには悪いがここで散ってもらう。


「望日、アレやるぞ!」


「アレね! アレアレ!」


 そう言って、何の打ち合わせもしていない俺たちが無策に突っ込んでゆく。それぞれが右手から水を高速噴射して轟轟と物騒な音を立てている。


「よっしゃー! 行きます!」


「うっしゃー! いっちゃいます!」


 くらえ! ウォータージェッ……


「っとっとっと……」


 せっかく一発でノックアウトしようとしたのに……


 プロテウスはその大きな尻尾で俺たちを薙ぎ払う。こうなると、当初の計画が破綻する。このままもう一撃決めるしかない。


「私たちは撤退します」


 ナンバーハチロク、ナンバーナナゴウはそう言って、そそくさとこの場を後にした。


「まあ、ドラゴン討伐は勇者の仕事ってな!」


 俺たちには余裕があった。きっとこの能力さえあれば、どんな敵でもやっつけられる。実際に今までなんとかやってきた。だから、俺たちは今生きている。


「こんなくらい……どうってことないんだよ!」


 俺が目の前のドラゴンもどきを切り裂こうとした時、


「ちょ! お父さん! 暴れすぎ!」


 天井が崩落してきた。上から垂れ下がっていた、煌めく岩石たちは大きな音と一緒に瓦解する。


「お父さんじゃない! このドラゴンが!」


 責任転嫁している場合ではないことは分かっていたが、実際今できることはそれくらいしかなかったのだ。やはり一撃必殺で決めないと、この脆弱な洞窟では耐えられないという予想は正しかった。


 今となっては後の祭りである。俺たちはこれ以上の被害拡大を抑制するために遁走するしかなかった。


「緋乃危ないっ!」


 大きな岩壁が緋乃を押しつぶそうとしていた。俺は咄嗟に緋乃を庇う姿勢をとった。


「お父さん!」


 望日がそう叫んだ時には、俺は落ちていた。


 《スーソルグロッド》のさらに深部、地下の奥深くに誘われてしまった。


「おとうさーーーん!」


 望日がそう叫んでも、俺にその声は届かない。


「朱冴さん……」


 緋乃も心配で押しつぶされてしまいそうな面持ちで委縮していた。


「まあ、お父さんなら、なんとかするでしょ」


 これは信頼と言うよりも、ただの野生の勘に近かった。どうせウジウジと悩んでいたって仕方がない。望日らしい考え方と言えるかもしれない。


「望日……これ……」


 そう言って緋乃が指さした先には、岩の山。


「ああ、分かっているさ、緋乃。言いたいことは分かる、分かるとも」


 意味ありげに頷く望日だったが、緋乃の言いたいことが全く伝わっていないようだった。


「緋乃たち……帰れなくなっちゃった……」


 先の崩落のせいで、退路が絶たれてしまったのだ。最悪の場合、来た道を引き返せば良いかと思っていたが、その帰路が失われてしまった今、緋乃と望日は前に進むしかなくなってしまった。


「もとより! 洞窟探検隊に戻るという選択肢はないのだよ! 緋乃くん!」


「望日、そんなこと言ってる場合じゃなくなってるんだってば! 気づいて!」


 一瞬のうちに状況が一転したこともあり、望日のテンションの行き場がすっかりなくなっていた。


「望日、お父さんは、落ちた。帰る道は、なくなった。分かる?」


「緋乃……望日、どうかしてたかも……」


「お父さんは、なくなった、ってことだよね……」


「ちがうってば! お父さんは、落ちたの!」


 相変わらずの冗談を言ってみせる望日。望日は望日なりに考えているようだった。


「望日たちが地上に帰るにはどこかに道を作らないといけない。


――なければ作る。ないからといって諦める必要はない。


未来のお父さんはそう言ったのです!」


 まるで自分の言葉のように、未来の父の金言を唱える望日。


「望日……お父さんの分までがんばるから!」



 結局、父の朱冴は亡くなったことにしている望日であった。洞窟内の空気はすっかりと冷め切ってしまっている。まるで冒険の夢から醒めてしまったかのように、帰れないと言う現実を突きつける様に……


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