第20話「親の顔が見てみたい! ――まあ、親は俺なんだけど。」

「ナンバーハチロク、この三人は一体」


 俺たちの様子を見に来たもう一人の男、その男にももちろん目は存在していなかった。


「ナンバーナナゴウ、見てくれ、地上からやってきたらしい」


 見てくれと言ったものの、目では見えないはずだと思った矢先、


「なるほど、本当にこの《スーソルグロッド》に人間がこれるなんてな……」


――興味深い……


 ナンバーナナゴウと呼ばれる男は、ぶつぶつと呟きながら、何度も頷いている。俺たちまさかここで実験道具にされてしまうのだろうか……


「じゃなかった、アレは一体何なんだ……」


 俺が指さしたのは、妙に近未来的な棺のようなもの。俺が望日と出会ったあの箱。未来と過去を繋ぐ箱。


「あの箱を俺は見たことがある……」


 空気が一瞬にして凍り付くのが分かった。


「《水流再構築転移装置(ハイドロトランジット)》を見たことがあるのか?」


 ナンバーハチロクと呼ばれていた男は詰問する。


「どうして地上にも……」


 首を傾げる男を余所目に、望日があっけらかんと言い放つ。


「それ、望日ちゃんが使ったお父さんのとこに行けちゃうマシーンじゃん! こんなにいっぱいあるなんて知らなかった!」


 やはり、望日が使った装置とここにあるものは同じもののようだ。


「君たちは何者なんだ……」


 瞳のない、《ヒシナシ》たちは俺たちの前に不思議そうに立ち尽くし、しばらく黙ったままそこにいた。


「どうする? 望日?」


「どうするって言われても、この人たち、望日たちを帰す気はなさそうなんだけど……」


 動かずに直立不動のナンバーハチロク、ナンバーナナゴウ。お化け屋敷で出てきたら卒倒すること請け合いだ。


「君たちに、手伝って欲しい……」


 二人はそう言って手を差しのべてきた。俺たちはその友好的な態度を見て猜疑心が生まれた。本当にこの人たちの所に行っても良いのだろうか……


 今なら三対二でこちらが優勢だ。ハチロクと言う番号を聞く限り、少なくとも86人の人間がこの《スーソルグロッド》にいるとうことは想像に難くない。ここに住む人々が一斉に俺たちに牙を向いてくるのなら、俺たちに未来はない。跡川朱冴、どうしたものか……


 と、俺が沈思黙考しているところ、いつものように望日が言った。まるで挨拶をするかのように平然と、躊躇いなく、


「いいよ! 困っているなら最初からそう言ってよ!」


 まったくやっぱり望日はお人よしだ。この向こう見ずなおてんば娘を守るのが俺の仕事、何かあれば俺がやっつければ良い、今までもそうだったし、きっとこれからもそうなんだ。


 《ガランサス》でも《ディクサーン》でも色々あったんだ、この《スーソルグロッド》で何もないはずがない。そう思うと楽になった、ような気がする。


「これを見て欲しい」


 そう言って連れてこられたのは、《エイルシムティ》と呼ばれる場所。先ほど見た箱が数百と理路整然と並べられているだけの場所だった。


「ここは、神のもとに行く場所とされています」


 一目見て俺は分かった。ここは来世に期待して現世を諦めた、《ヒシナシ》たちの墓場だ。真っ白な棺が、美しさではなく純真さを偽った様相を呈している。


「ここには全て人が入っているんですか? それも亡くなった人が……」


 分かっていることを確認する俺、入っていないならどれだけ良かっただろうか。それでも、俺はこの光景を見てそんな質問をするしかできなかった。


「半分、合っています。《スーソルグロッド》の人々がこの中に入って神の加護を受けることを待っているのです。しかし、それは一般に言われる、埋葬という形ではありません。生命活動を持続したまま――ずっと生きたまま待っているのです」


 生きたまま……と言うことはここにはまだこれほどの人間が生きたまま棺の中に閉じ込められているのか……


 惨いと思った。酷いと感じた。


「望日ちゃん! やめっ!」


「うわっ! ほんとだっ!」


 望日が緋乃の忠告も聞かずに棺を開けていた。なんて罰当たりなことをするのだ、親の顔が見てみたい!


――まあ、親は俺なんだけど。


 望日の頭を小突いて、叱る俺、その横でナンバーハチロクが言った。


「丁度良かった……今から中を見てもらおうと思っていたんです」


 そう言って望日が開けた棺の中を覗き込む、ナンバーハチロク。棺が開いてまもなくすると中から大量の水があふれてきた。


「これは……」


 子宮内の胎児を再現するために行っています。ここにいる人たちは未来でもう一度、新たな人生を歩むのです。だからこうして今は眠ってもらっています。


 目の前には生きているとは思えない女性の姿があった。


「目が……」


「そうです、この人たちは《ヒミナシ》ですが、本当は日を見る意思にあふれた人たちなんです。次に目を開けると燦々と輝く太陽を見ることを望んで今、眠っています」


 しかし……


 ナンバーハチロクはそう続けた。


「今は、この棺を未来へ送る術を持たないのです。棺は百年後、二百年後も開かずにいる可能性もありますが、1時間後にこの《スーソルグロッド》が崩落し、地の底に埋められる可能性もあります。


「なるほど……今はあくまで延命処置にすぎないってわけか……」


「望日にも分かるように言ってよ!」


「死んでないけど、動かないってことだ」


「それ、ミイラじゃん」


――望日ちゃんみたいに、生きるミイラね!


 たしかにそうかもしれない。望日の一言に納得してしまう俺。


「相対性理論はご存知でしょうか?」


 ナンバーハチロクは荒唐無稽に、アインシュタインが提唱した現代の物理理論の名を口にする。


 まあ、名前くらいは知っているが、宇宙船の中の時間と地上の時間の流れは違っていてその差で未来に行けるとかなんとかのやつだろ。たしか、本で読んだのはそんな感じだった気がする。


「人間が光速に近い速度で動くことができれば、時間移動は可能なんです。この人たちは、そうやって未来で太陽を見ることができるようになるのです」


「しかし、肝心のその光速で動かすことがまだできていないってわけだ」


 実験も成功していないのに、よくぞまあ人々がこんなにも集まったものだと感心する。


「じゃあ、とっとと実験を進めて、その《水流再構築転移装置(ハイドロトランジット)》ってのを完成させようぜ」


 俺は望日がいたらきっとすぐにその装置が完成するだろうと高を括っていた。


――その考えは半分正解、半分不正解である。


「それが……その……」


 一体何の問題があるのだろうか。作る部品がない、作る費用がない、作る機材がない、どういう理由を言われるのだろうかと俺は勝手に推論する。


「あの、信じて頂けるか分からないのですが……」




――出るんですよね、ドラゴン。




 まるで、心霊現象が起こる事故物件を紹介するように、ナンバーハチロクは言った。


 出るの? ドラゴンが?


「ドラゴンってあれじゃん! 火を吹いて空飛ぶやつじゃん! かっこいー!」


 望日はうかれていたが、俺の心は空にかかる雲のように薄暗くどんよりとしていた。




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