第19話「さあ、ラスボス前の最後のセーブポイントだよ!」

九章 鬼気森然! お父さんと大冒険!



 雨が降る前兆ということでツバメが低く飛べば雨が降る、山に雲がかかれば雨が降る、冷たい風が吹いてきたら雨が降るなど色々あったらしい。今では年中雨が降るので、前触れもあったもんじゃない。


実際、小雨になったりすることはあるけれど、俺は天が涙を流す様子しか見たことがない。だから俺たちは《ヒミナシ》と呼ばれ、娘にはミヒと言う名前を付けた。頭ではもう太陽なんて見れないと分かっていたけど、望日の言葉で心が躍ったのが分かった。やっぱり俺、本当は太陽ってのを見たかったんだ。



 もう少しで夢が叶う。もう少しでこの旅にも決着がつく。


――そう思っていた。




 洞窟内は、外とは異なりひんやりとした空気が充満している。生き物がいる気配は全くなく、ただそこには静寂があるだけだった。


「ひゃっ!」


 時折天井から落ちてくる雫に緋乃は怯えながら前に進む。


「本当にこの洞窟、《ライレイン》につながってるのか?」


「まあ、ダメだったら戻ればいいだけだし、行き止まりになってから考えればいいんじゃないの?」


 楽観的な望日、俺はその勇敢な小さな背中に追従する。


「おっとっと、そんな話をしてたら行き止まりか……ん? ちょっとだけ隙間が……」


 道は奥に続いてはいるものの、人ひとりがギリギリか入れそうな隙間で俺が入ったらもう出られないかもしれないと感じるぐらいの細い隙間である。


「どうする? 望日と緋乃はよゆーで入れるけど」


 後はお父さん次第だと言わんばかりの目で、俺を見つめる望日。


「俺は、物事はしっかりと考えてから結論を出すタイプなんだ。もう少し待ってく……」


 俺が言葉を言い終わる前に望日はその細い隙間をどんどんと先行していた。


「ちょっ! 待っ!」


 まだ道が続くのなら行き止まりになるまで進んでやろうと言う気持ちが強かったので、俺も急いで先に進むことにした。ここでしっかりとリスクの引き算ができなかった辺り、まだまだ俺は父としての能力が不足していたと言えるだろう。もう進んでしまったものは仕方がない。俺達は、奈落の底ならぬ、地底の底へと足を踏み入れることとなった。


「ん? ここは?」


 狭い道中を抜けると開けた場所へとつながった。一瞬にして空気が変わったような気がした。なんというか、神聖な領域へと足を踏み入れてしまったような、入ってはいけない廃墟に忍び込んだような感じ。霊感がまったくない俺でも感じるこの神域感。


「これは……地底湖?」


 透明度百パーセント、ライトで照らすと、湖の底がはっきりと見える。きっと今まで誰も触れてこなかった水なのだろう、触ったら祟られそうだと感じるような精練された水という印象。綺麗すぎて、逆に怪しい。


「うわっ! つめたーい!」


 俺の不安などものともせず、望日は湖の水に迷いなく触れる。


「ほんとだー! 冷たい!」


 緋乃も何も恐れることなく水に触れる。ひんやりと冷えたその手に突然何かが触れる。


――バチャン!


 何かが跳ねる音が聞こえた。しばらくの間、自分たち以外の生命体に出会わなかったこともあり、得体のしれない何かに出会ってしまったと言う感覚が襲った。


「あわわわわあ」


 周章狼狽する望日と緋乃。俺は父としての威厳を保ちたくて驚いていない振りをした。そっと光を当ててみると、


「なんだー魚かー」


 俺たちの良く知るフォルムの生き物だったことを目視して安堵する。地底湖に潜む謎の生き物、なんかに出会った日には俺は興奮を抑えきれなかっただろう。それを考えると、魚で良かったと思ってしまう。


「さあ、湖にぶつかっちゃったし、来た道を帰ろ……」




 そう言いかけてライトを動かした時、


「あれは……」


 湖の底に奥へと続く道があったのを確認する。


「見つけてしまった……」


 冒険心が刺激されて、後に引き返そうという気が微塵もなかった。


「お父さん、行くっきゃないよね!」


 俺は無言でサムズアップする。水深十メートル以上ありそうな湖底だったが、俺達には水を操る能力がある。海を割って道を作ったと言われるモーセのように俺たちは軽々と湖を割り湖底へとあっという間に到達する。


「さあ、ラスボス前の最後のセーブポイントだよ!」


 たしかに一度足を踏み入れたら二度と戻ってこれないような、おぞましい瘴気が渦巻いているような気がした。


「行くっきゃないでしょ! 望日!」


 俺も妙なテンションになってしまい、後顧の憂いなく深部へと突入した。緋乃は、


「二人とも待ってください……」


 とおそるおそる二人の後をつけていた。


「うわっ!」


 そこは手つかずの宝石箱、大地の銀河、色々形容する言葉はあるけれど、とかく玲瓏な風景が広がっていた。


「きっと、人類未踏の地にきちゃったよ! お父さん!」


「そうだな! 望日!」


望日と俺は、洞窟の中が不気味だという感情をどこかに置いてきてしまっていた。すっかりと完全に、好奇心が恐怖心を凌駕した瞬間だった。


「お前たち、どこから……来たッ!」


 突然、俺達三人以外の声が聞こえた。こんな湖の底に人間がいるはずがない。そんなこと絶対にありえない――心のどこかでそう思っていたのだろう。だが、俺たちの目の前に現れたのは、


「…………」


 俺たちはその声の主の姿を見て絶句する。なぜならそこには……


「お前たちは、旧人種だな。どうだ、俺たちを見て、驚くだろうなあ。気持ち悪いだろうなあ。話したくないよなあ」


――なんてったって、目がないんだから。


 洞窟に生息する生き物に、ブラインドケーブ・フィッシュ(ブラインドケーブ・カラシン)と言う種の魚が存在する。その名の通り、盲目――洞窟の暗闇で生活するあまり、視覚が不必要となり目が退化した魚類である。先ほど朱冴達が見た魚も、この魚のように目が退化していた。しかし、そんなことに三人は気が付くはずがなかった。湖底にも魚がいるんだ、その程度の認識で済ませてしまっていた。だから、眼前の異常者を見て身じろぎ一つしないでいる。

「はっはっは。お前たちの表情が見ていなくても伝わってくるぞ。気持ち悪い、なんなんだこの人、そもそも人なのかってな! 俺たちは人だった││いや、今も人かもしれないし、もう人じゃないかもしれない。そうさ、俺だけじゃない。《スーソルグロッド》の人間はもう目が見えていない。もう見る必要がないからだ。そして、もう見れないと悟ったからだ」


――あの太陽ってのを、俺たちは諦めたのさ。


 俺たちには、目がないその男の薄気味悪い笑みよりも、その最後の言葉の重みがのしかかってくるのが分かった。俺たちのような太陽を見たことがない人を《ヒミナシ》と呼ばれるように、ここにいる人たちは、日を見ることをあきらめた、日の志を捨てたものとして《日志無し(ヒシナシ)》と呼んでいた。


「俺たちヒシナシはずっとここで生活する覚悟をした。地上の人間たちは知らないだろうが、いずれこの世界は雨に呑まれ、沈没する。俺たちはその事実にいち早く気が付いた。だから、こうして地下で定住することを選んだ」


 淡々と説明する男を前にして俺は考えていた。俺たちはどうなってしまうのだろう、見てはいけないものを見てしまったものは証拠隠滅、情報漏洩の危険を考えて闇に葬られてしまうのだろうか。


「おいおい、お前たち、俺たちと戦おうって面してんじゃねえか――まあ、面なんて分かんねえんだけど。空気で分かる、臨戦態勢に入ったことも、手を挙げて、何かすれば今からお前をぶっ倒そうってのも。視覚がない分、視覚以外の感覚が過敏になちまってるんだ。だから、落ち着けや

 落ち着けと言われても、未知との生物と出会っているんだ、何をされるか分からないんだ、冷静でいろと言う方が無理がある。


「ナンバーハチロク、どうかしたのか?」


 遠くから声がして、足音が近づいてくるのが分かった。きっと仲間だ、俺たちはこのままこの《ヒシナシ》に好き放題されてしまうのではないかという考えがよぎった。どうする、俺、どうすれば良いんだ。

考えるよりも、体が動いていた。


ただし、俺の体ではなく、望日の体が。


「うりゃー! このっ! これ以上望日ちゃんに近づくなッ!」


「おいおいッ! やめろって言っただろッ! 何も悪いことはしないって言ってるじゃねーか」


「見ず知らずのおじさんの言うことを聞くくらい都合よく望日ちゃんの頭はできてないっての! 緋乃ちゃんにも手を出したらゆるさないんだからッ!」


 いつもはだれに対してもフレンドリーな望日だったが、人が変わったように男に激高している。俺もこの男は完全に信用するべきではないと感じる││まあ、ただの勘なのだが。


「待て待て、お互い見なかったってことで、ここは引き返してくんねーか。な、そうだろ。俺たち《ヒシナシ》なんていなかった。夢の話だった。それでいいじゃねーか。そうだろ? なあ?」


 この男が話せば話すほどうさん臭さをぬぐい切れないようになってきているが、この提案に乗って踵を返すことが得策のように思われた。俺が、その提案に乗ろうとした時、


「や、これは平等に見えて、何か企んでいるにおいがします」


 緋乃だった。自分が危険にさらされてるかもしれないと言うこの状況で臆することなく言い切ったその姿はまるで、現代のジャンヌダルク!││ジャンヌダルク全然知らないんだけど。


「望日も緋乃に賛成! この《スーソルグロッド》には何か隠されている。そんな気がする!」


 望日はきっと興味本位のところが大きいだろうと思う。俺はいち早くこの陰鬱な空間から脱したいところだった。


「じゃあ、父さんは先に帰るから、望日は日が暮れるまでには帰るんだぞー」


――まあ、暮れる日がないんだけどな。冗談は抜きにして、この場をすぐに立ち去ろうとする方向で進んでいた思考が視界の端に見えたものによって、硬直する。


「おいおい、あれって……」


 俺がそのあるものを見た途端……



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