第18話「やはり……《雨滴操(あまつり)》の能力……」
「まったく……お父さん、お母さんがピンチだってのに何やってんだか!」
――今からお父さんのお仕事だよ!
「望日は未来のお父さんに、『お母さんのことも頼む』って言われてるんだから! しっかりしてよね!」
緋乃が落ちて行った水面がぐるぐると渦潮のように回転し、波打っている。望日は必死に落ちて行った緋乃を救出しようとしていた。
「なんだ……水面が渦巻いて……」
周りにいた《清流会》の連中はただ驚きどよめいている。
「望日のやりたいことが分かったぜ!」
こんなにも大量の水を操れるのかどうかは分からないが、どうにかこうにかやってみるしかない……
「望日、お父さん……緋乃を助けて!」
瑞珠はただそこで事の行方を固唾を呑んで見守ることしかできなかった。
「お父さんと私なら……できないことはない!」
――えいやっ!
そう言って望日と俺は水底から緋乃を水玉の中に閉じ込めてこのダムの上まで一気に引き上げた。
「緋乃!」
一目散で緋乃のもとに駆け寄る俺と望日と瑞珠。
「ううぅん……」
緋乃の命に別状はなかったようで、俺たちは胸を撫で下ろす。
「良かった!」
横で見ていた万波がおそるおそる俺たちに尋ねる。
「一体、君たちは何者なんだ……」
万波は平静を装っていたが、驚きを隠せないようだった。
「さっきもいったじゃん! 少女お助け隊! 少女が困っていたら助けちゃうんだよ!」
望日が右手で小さな水球を作りながら、臆することなく言った。それを見た万波は何かに気が付いたように言う。
「それは、やはり……《雨滴操(あまつり)》の能力……本当にそれを使う人間がこの世に存在したとは……」
万波は俺たちの能力の事を知っているようだった。
「《雨滴操》?」
「昔から伝わる言い伝えだ。雨を自在に操り、古くから人々を水害から救ってきたという。君たちはその末裔なのだな」
得心が行ったようで一人で頷く万波。俺たちは一体何の事だか分からないでいる。
「《雨滴操》の仲間の方には済まないことをしてしまった。許してくれとは言わないが、誠心誠意謝罪させてほしい。今回は本当に済まないことをした。申し訳ない……」
「会長……」
周りにいた《清流会》の会員は一体どういうことなのか分からずに万波が頭を下げているのを見て慌てて首を垂れる。
「《雨滴操》のみなさんにお願いがある。聞いてはいただけないだろうか」
俺たちの正体を知り、やけに低姿勢になる万波という男。それほどまでにこの《雨滴操》と言う能力は強大な力なのだろうか。
「緋乃を危ない目に遭わせた人間の話なんて聞けるかってーの! 『水止舞』ってのをなくして、瑞珠ちゃんのお母さんも巫女にしないって約束するなら聞いてもいいけど!」
「そうか……お望み通り、『水止舞』を中止にすることを約束しよう」
「そんな虫のいい話がどこにあるんだ? 今までやっていたことをいきなり終わらせることなんてできないだろう」
さすがに権力者であろうとできることとできないことがある。この都市全体に関わることなのだから、一人の意向では決定できかねる――そう思っていた。
「あなたたちの協力さえあれば、この都市は救われる。どうかこの通りだ」
深々と頭を下げる《清流会》会長、万波沖蔵。その姿に嘘偽りはないように感じられた。
「お父さん、話、聞いてみよう」
望日がそう言った。俺も同じ気持ちだった。
「……《雨滴操》の人たちにお願いしたい。どうか、このダムの水をあの柳神川(りゅうじんがわ)に流すことはできないだろうか?」
――それができれば、この「水止舞」を行う必要はなくなる。
万波沖蔵が俺たちにして欲しかったことは水の運搬。除去、撤去と言った方が良いか。
俺と望日の回答は同じものだった。
「そのくらい、お安い御用ですよ!」
それから俺たちは
それでも、この都市が抱える問題の一つを解決できたことは大きい。
「二人とも本当にありがとう。そして、跡川緋乃さんには酷いことをしてしまった。申し訳なかった」
「跡川……?」
俺には緋乃の苗字が跡川になっていることに対して、違和感しかなかった。
「もういいですよ、万波さん。ねえ、あなた」
――あなた?
「あ、ああ……」
お父さんと呼ばれるだけでも面映ゆいというのに、まさかの「あなた」だなんて――もう、どうにかなってしまいそう!
そう言って緋乃は瑞珠に最後の挨拶をしに行った。その隙を見て、望日がこっそり近寄ってきて衝撃発言をする。
「まあ、いーじゃん。望日のお母さんは実際、緋乃なんだし」
「……!?!?」
言葉を失う俺。そんなことこれまで一度も言ってなかったじゃないか。
「え? 言ってなかったっけ?」
あれれー? おかしいなー? と、とぼける望日。もう一度言うが、俺はそんなことは一切聞いていない。
「まあ、あんまり言うとお父さんシャイだから意識しちゃうでしょー! そーゆーこと!」
「まったく……どういうことだよ……」
俺は自分の妻(十歳)、自分の娘(十歳)と旅をしてきたってのかよ。
「ただの跡川一家の家族旅行じゃないか!」
笑えない冗談だった。
「本当にありがとうございました」
永湯瑞珠の母、水藻は俺たちにも一度礼を言いに来た。その横には瑞珠の姿があった。
「本当にありがとう、望日、緋乃、朱冴!」
少女は屈託のない笑顔でサムズアップする。まるで、望日が未来でしてきたように、これからの未来に思い切り希望を抱いた眼だった。
「ああ、またな!」
「瑞珠も元気で!」
「離れてたって友達だから!」
俺たちはこうして《ディクサーン》を離れ、目的地の《ライレイン》へと向かう。
先ほどまで強く降り続いていた雨が弱まり、俺たちの旅路を祝福しているように感じられた。
「さあ、これで望日、太陽が見れるんだよな!」
「もちろん! お父さんにはとっておきの太陽をみせてあげる!」
「緋乃も楽しみです!」
三人は和気藹々と他愛のない会話を楽しんでいた。
と、その時だった。
「え?」
目の前に巨大な洞窟があった。《ディクサーン》から《ライレイン》に行くためにはここを通らないといけないのだろうか。それにしても、光を全て吸収しているその大きな穴からは、不気味な雰囲気が漂っている。
「どうする? お父さん。この中に入っちゃう?」
「緋乃は……ちょっと怖い……」
俺はその場で少し考えた。《ライレイン》に直進するには、このまま洞窟の中を行くしかなさそうだ。しかし……どうしたものか。
「《ディクサーン》では迂回ルートを取ろうとしてたし、今度は直球勝負で行くか」
もう、寄り道をするのはこりごりだと言う思いと、一刻も早く《ライレイン》に行って太陽を拝みたいと言う高揚感が、朱冴が感じた一抹の不安を払拭してしまっていた。この選択が後の朱冴達の苦難に直結するなんて、今は知る由もない。
「よしっ! 望日ちゃんの洞窟探検隊、しゅっぱーつ!」
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