第16話 「おかえりのチューは後だ、望日!」

「まあ、望日ちゃんの力をつかえばなんてことないんだよー」


「なめくじにはかなわなかったけどね!」


「ぐぬぬ……それは言わない約束だよ! 緋乃!」


 緋乃が《清流会》の監視の人間を引き付けて、その間に望日が朱冴を閉じ込めて溺れさせたように大きな水の玉で顔を覆って意識を奪う。


「まさか、こんなこともできるなんて……」


 瑞珠は目の前の超常現象に驚くばかりだ。


「一体、望日って……」


「ああ、言ってなかったっけ? 私、未来から来たミイラ、略して……」

――ミライミイラなのです!


「それ、緋乃もはじめてきいたんだけど!」


「あれ? 言ってなかったっけ? 私は未来から来たミイラ、りゃ……」


「あーもーわかったわかった! わかったから!」


「途中で止めないでよ! かっこいいところなんだから!」


 ぽかんと口を開けたままの瑞珠、それもそのはず、こんな荒唐無稽なことを信じろと言うのが無理な話だ。


「ま! そーゆーことなんで、よろしく!」


 指二本を額に付けて精一杯かっこつける望日。


「すごいです! 望日!」


 望日には、瑞珠の瞳の期待の色が強くなるのが分かった。望日もその期待にきっと応えられるという自信があった。緋乃の時もうまくいったし、今度もきっとなんだかんだうまくいく。

――そんな気がしていた。




 望日はその目算が、途轍もなく甘いものであったことをすぐさま知ることとなる。

 そして、瑞珠の利己的な考えが、新たな禍根を残す。




 三人は段を順々に上り、父を、そして永湯瑞珠の母を捜索していた。


「そろそろ、てっぺんじゃない?」


「たしかに、そろそろ着いてもおかしくない……」


 そう言っていると、階段の上から足音が聞こえてきた。


――ドドド!


その足音はどんどん近づいてくる。


――ドッドッド!


「なんか、急いでるみたいだね……」


「きっと私たちに気が付いて急いで来てるんだよ」


「じゃあ、私、一気にやっちゃうね!」


 望日は、先ほどと同じように大きな水の球を生成した。形も慣れてきたのか非常にきれいな丸形の水玉が三人の前に出来上がる。


「特大の水まんじゅうだよ! 悪いけど、私のお父さんに会うためだから……」


――ごめんね。


 そう言って、望日は階段を駆け足で降りてくる見ず知らずの人間に向けて生成した水の玉をぶつけた。

望日の作った水の玉は、音もなく目標とする人物めがけて飛んでゆき、見事にクリーンヒットする。それを顔面でまともに食らった人間は何が起こったのか分からずに、数分で溺れて意識を失う。




――はずだった。




 バシャンと望日が作った水玉が破壊される。周章狼狽する三人、まさか自分以外にも水を操る能力を持った者がいたなんて……


「マズいよ、二人とも……ここは私が……」


 臨戦態勢の望日だったが、それは杞憂だった。


「望日、お父さんの顔も忘れてしまったのか」


 暗がりから姿を現したのは、跡川朱冴――跡川望日の父だった。


「お父さん!」


 唐突な朱冴の登場に驚く望日だったが、強張った表情から一瞬で安堵の表情に変わり、父を慕う娘の姿に変わっていた。


「おかえりのチューは後だ、望日! 水藻さんが、危ない! 瑞珠ちゃん、急いで天端まで行こう!」


「おかえりのチューなんてしたことないんですけど……」


――お父さん気色わる……


 父に嫌悪感を抱く娘だったが、父の表情から剣呑な雰囲気を感じ、それ以上茶化して言うことは控えた。


「どうか間に合ってくれ……」


 そう言って俺は望日、緋乃、瑞珠の三人を連れてダムの天端に向かう。




 てるてる巫女が生贄としてダムの上から身投げするまでに残された時間はあとわずか。


 跡川朱冴と少女三人は永湯水藻の救出に向かう。


 空は相も変わらず鬼が降り続ける。ねっとりと粘っこい雨はこの問題がそう簡単に解決しない問題であることを象徴しているようでもあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る