第11話 「じゃあ、《雪人》と友達になれるかもしれないじゃん!」

「今すぐっ! ここからっ!」


 望日はすぐさま緋乃の手を握り、その巨大な雪塊から逃げる。朱冴の見たスノーモンスターとは異なる本当のモンスター。例の雪人が現れたということは《幽暗花》がある場所も近いのだろう、それを確信した。


「あんまり足は速くないみたい……」


 後ろを見ずにしばらく走っていた二人だったが、その姿を遠目から目視出来る位置にまでやってきたことで安心感を得ていた。


「ふう、怖かったあ……」


「あんなの初めて見たよ……」


「え? 初めて?」


「あっ……」


 そこで緋乃がうっかり口を滑らせてしまい、今までの知ったかぶりが望日に見事にばれてしまった。ここで、緋乃はようやく真実を告げる。


「……じゃあ、緋乃は《雪人》については何も知らないってこと?」


「まあ……そう言うこと……」


 結局、正体は謎のままの《雪人》、


「じゃあ、《雪人》と友達になれるかもしれないじゃん! 本当は悪い生き物じゃないってこともあるし!」


 発想の転換、望日はとんでもないことを言ってのけた。


――でも、何だかんだ言っても即座に逃げてたじゃん。


 という言葉が喉まで出かかっていたがそこは抑えておいた。


「今回の目的は《雪人》じゃないから! 《幽暗花》を見つけてくることだから!」


 そう強く主張する緋乃だったが、望日が軽く言った。


「ねえ……《幽暗花》ってこれのことじゃないの?」


 そう言って指差したのは、鎮魂の花、そして薄明の花まさしく《幽暗花》そのものだった。葉や花は地中から吸い上げた水分によって一層青く輝いている。その半面、憂鬱げで、沈んだ青のひと塊の美しさは儚げで触れたら壊れてしまいそうな繊細なものである。


「望日! これをありったけ集めて村に帰ろう!」


「言われなくても!」


 背負っていたリュックサックにありったけの《幽暗花》を乱雑に詰め込む望日と緋乃。


「あとは……これでよしっと!」


望日は能力を使って周りを雪で囲い、外からの侵入者がないように外部との繋がりを遮断していた。


「あとはこの《幽暗花》を村までお届けするだけだね!」


――私だってやればできるじゃん! さすが緋乃!


 緋乃は心の中で自画自賛しながら、リュックサックの中を弄っていた。


「案外なんてことないミッションだったね!」


「うん! やっぱり緋乃にかかればこのくらいのミッション余裕よゆう!」


 二人は完全にこの《幽暗花》の採集の任を終えた気でいる。だが、正確にはまだ任務は終了していない。良くある言い方をすれば、家に帰るまでが遠足、村に帰るまでが《幽暗花》採集の任務ということだ。


「ふう……これで終わったんだね」


――そう、本当はまだ何も終わってなどいない。


「ほんと、疲れたなあ……」


――むしろ、ここから始まると言っていい。


「よしっ! 帰ろっか!」


「そうだね! 帰ろう!」


 望日は先ほど作った雪のバリケードを崩し、帰路に就こうとした。


「って……え……」


「う……あ……」




 望日と緋乃が不幸だったことが三つある。


一つ目は、ここで二人が完全に油断してしまったこと。


二つ目は、望日が村で酒を服にこぼされてしまっていたこと。


三つ目は、謎の生物雪人がアルコールを好む生き物だったこと。




 二人は絶句する。さっきまで遠くに居たはずの《雪人》が、目睫の間に迫っていたから。その《雪人》は何も言わずに二人の前に行く手を阻むようにして屹立している。




――ズザザザザ。



 遠くから断崖の雪が地面との縁から離れて凄まじい地響きとともに雪崩れ落ちる音が聞こえた。それは、望日と緋乃の断末魔の叫びを代行しているかのように、悲劇的で凄惨で暗澹たる響きだった。



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