第10話 「望日だってピーマン食べれないんでしょ! 緋乃には分かる!」

四章 飛雪千里! 望日と緋乃と時々、《雪人》!



《幽暗花》(ヨヒラ)という植物がこの《ガランサス》には存在する。それは、一般にはアジサイと呼称される花で、このトキロロ村周辺にも群生している。この《幽暗花》の花や葉の煎汁は薬としての効用もあり、このトキロロ村では病を治療する際に使用されることが多い。


 だが、ある時を境にしてこの《幽暗花》を収穫することが困難になる。


そのある時とは、朱冴が見た《雪人》が頻繁に現れるようになってからである。


《雪人》は《幽暗花》を食い荒らし、それを邪魔する者をも食べてしまう。それ故に村人はその場所に近づくことが出来なくなってしまった。


そして、不幸にもそこに降って湧いてきたのが未知の伝染病、《白皙病》(はくせきびょう)である。免疫力のない者から罹患してゆき、それは燎原之火の如く、トキロロ村の人々に伝染した。この疫病の猖獗により、村は機能停止に追い込まれる。


一刻も早く解毒草である《幽暗花》を手に入れることが求められたが、その病の影響を受けなかった人間は一人を除いて存在しなかった。




――その病を発症しなかった人間こそ、生王緋乃だった。




「緋乃……後はお前だけが希望だ」


「お前が、《幽暗花》を摘んできてくれれば……」


「頼んだぞ。この村のために……」


「未来は緋乃にかかっているんだ」


生王緋乃はトキロロ村の未来をその小さい体に背負っていた。




――もちろん、背負いたくて背負ったわけじゃない。たまたま緋乃だけがまだあの病気にかからなかっただけ。


きっと若い人の抵抗力がその病魔に勝ったってだけだ。


まさか、自分には特別な力があるなんて言う思い上がった考え方はしない。


だけど、このままじゃお母さんも、お父さんも、おじいちゃんも、村のみんなもみんなみんな死んじゃう。


だから、緋乃はみんなを救うために《幽暗花》を持って帰らなくてはならなかった。


なのに、緋乃は途中で雪崩に巻き込まれて、


そのまま意識を失って、


冷凍ミイラになった。


――笑えない話である。


 手ぶらで村に帰ってきた祖父は緋乃のことを暖かく迎え入れてくれたが、そこには諦念が表れていた。


――この村はもう終わりだ、何もかも駄目だった。


 そんな心の声が聞こえた。


 緋乃はそこで初めて自分が失敗したということを実感する。そして、自分は取り返しのつかないことをしてしまったということを痛感した。おめおめとよく村に帰って来られたものだと我ながら恥じ入ってしまう。


それまでは、自分が生還したことで精いっぱいだった。自分が生きていたことに感動を覚えていた。だからお風呂でもはしゃいでいた時も何も考えていなかった。やはり、自分に余裕があるときでければ、他のことを考える余裕などないのである。


いや、ただ嫌なことから目をそむけ、逃げていただけなのかもしれない。


 こんなのじゃみんなに合わせる顔がない。


そして、なによりこのまま村の皆が苦しむ姿を見るのは嫌だ。




 だから、利用できるものはなんでも利用してやる。恥を忍んで泥水を啜る覚悟はある。


「望日、あのね……」


 そこで緋乃は村の現状を伝え、助力を求めた。ここで、何としても彼女の力を得なければ、この力を味方につけなければ――そんな思考が緋乃の脳を支配した。


 なんて他力本願な考えなのだろうと、嘲笑されるかも知れない。だが、本人も自覚していたように、緋乃にはなんの力もない。


生王緋乃は、決して特別な人間ではない。


ただ、たまたま病気にかからなかっただけ。


だからこそ、こうやって特別な異形を持つ人間に頭を垂れることしかできない。このような力を持つ者に阿ることしかできない。


「いいよ」


 その望日の返答は緋乃の望んでいた通りのものだった。




 望日が緋乃の佑助を決意したのには理由があった。単純で明快、


――自分に似ていたから。


 希望を背負いその希望に押しつぶされてしまった少女、緋乃。自分もまた未来の跡川朱冴から命を受けここに居る。その境遇が他人事のように思えなかった。


 だから、一切反抗することなく承諾した。


「長い道のりを乗り越えてこそ、人は成長する。人生、寄り道するくらいがちょうどいいんだよね。お父さん」


 お父さんが言ったんだから、仕方ないよね。望日は小さい父の名言も想起し、自分を勇気づけ奮い立たせていた。




「まあもう、そんな話はなしってことで!」


――望日は緋乃を手伝うって決めたから。それだけだから。


 望日は緋乃に湿っぽい話をこれ以上聞きたくなかった。まるで自分の未来を見るかのように思えてしまったから。自分も失敗すれば、そのような展開に帰結してしまうのかもしれないという恐怖があったから。


「本当にありがとう……望日」


「じゃあ、いこっか」


 望日と緋乃は《幽暗花》を採集するためにこのトキロロ村の門を出立する。


――今度こそ、村のみんなを救ってみせる!


 そう強く緋乃は意気込んでいた。


ここからは空と地と全てが白の世界で談笑しながらのハイキングとなった。実際は重要な任を負っているにもかかわらず、この飛雪千里の吹雪をもろともせず、まるで春風駘蕩の中を歩いているような二人。


その様は単刀直入に言えば、不審で異常だった。



そうやって雪の怖さを意識しなくてもいいのはこの望日の力のおかげ、望日が死の淵から蘇らせてくれたおかげ。緋乃は望日に改めて心から深く感謝した。


「こうやって、歩いてるとよくわかるけど、ほんとこの《ガランサス》って雪しかないんだね」


 サクサクと雪を掻き分けながら望日は言う。私の住んでた世界では砂漠の砂ばかりみていたから大違いだ、なんて話をした。その後も二人は他愛無い会話を楽しみながら、でも、着実に目的地に向けて歩みを進めていた。




 歩き続けてどれだけの時間が経っただろう。歩き続けても、まるで終着点がみえない。


――本当に《幽暗花》ってのは見つかるんだろうか。


 歩くペースがゆっくりなこともあるが、それでも景色はさっきと変わっているような気がしない。まあ、そこは緋乃を信用して進むしかないのだが。


 そう考えていたところに、緋乃が望日に話しかける。


「……望日はどこからやってきたの?」


「遠い遠い世界、この《ガランサス》よりもっと南のほう」


――まあ、未来の世界だから今と違うんだけど……


 そのことは黙っていた望日、緋乃はへえーと興味深そうに望日の話を聞いている。


「緋乃はこの《ガランサス》を出て他の世界も見てみたいなって思ってたんだ。


……でも、こうやって村が大変になって、そんなこと言ってられなくなって」


「その話はきんしー! もっと楽しい話しよ!」


「そうだね! 望日、お腹すいてない?」


「すいてる!」


 じゃあ……といって緋乃が取り出したのは、錆びた釘……のようなものだった。


「うわっ……」


 望日は露骨に怪訝な顔をしたが、緋乃はそれを気にする様子もなく、そのまま望日の口元に持って行き、


「はい、あーん」


 そのまま、鉄釘を望日の口に入れてしまった!


「もぐもぐ……」


 緋乃によって口の中に運ばれた面妖なモノをそのまま咀嚼する望日、しばらく味わった末に彼女は言った。


「おいしい! でも、ご飯も欲しいね!」


「へっへっへ! おいしいでしょ! これが噂の、小女子なのです! 保存食にもってこいなのです!」


 そう言って小女子のくぎ煮を自慢しふんぞり返る緋乃、望日は悔しそうにして言う。


「ぐぐぐ……望日だっておいしいものいっぱい知ってるもんね!」


「ハンバーグとか! エビフライとか!」


「普通すぎるよ、望日! そんなのおいしいに決まってるんだよ! そんなの言ったって仕方ないもんね!」


「ぐぐぐ……オムライスだっておいしい!」


「じゃあピザ!」


「ラーメン!」


「カレーライス!」


 全く何の争いをしているのか分からない二人、侃々諤々の議論は続く、


「望日はピーマン食べれるもん!」


「緋乃はトマトだって食べれるし!」


「いや、緋乃はどうせ食べれないね!」


「望日だってピーマン食べれないんでしょ! 緋乃には分かる!」


「言ったなー!」


「言ったよ!」


 おいしい食べ物を紹介していたハズがいつの間にか食べられる自慢にすり替わっていた。


「はぁ……はあ……」


「……っく……はぁ」


 遂には、何で争っていたのかさえも忘却してしまった二人。せっかく小女子を食べて補充したカロリーもこの言い争いで消費してしまったんじゃないかと思われるくらい二人は弁舌を振るっていた。


「なかなか、やるね。緋乃……」


「望日もね……」


 小休止する二人、食事を済ませた後の談話として、望日が何気なく質問する。


「そういえば、緋乃はどうして前はあんなミイラになってたの?」


「そ、それは……ちょっとね」


 ここで緋乃は真相を赤裸々に望日に話すことを躊躇った。というのも、緋乃は《幽暗花》を摘むどころか、《幽暗花》の花すらも見ずにこの《ガランサス》で氷漬けになってしまっていたからである。


「ちょっと? どうしたの?」


やっぱり、《幽暗花》のある場所に着く前に雪崩に巻き込まれて意識を失ってしまった、なんて愚かしい真実を伝えるのは憚られた緋乃はこう言った。


「そう、《雪人》に遭ったんだよ。《幽暗花》のあるところにあいつが現れたんだよ!」


「うげっ! 《雪人》って本当にいたんだ! お父さんの妄想だと思ってた!」


 なんて酷いことを言う娘だ、と思った緋乃であったが、それと同時に自分が発言したことで見たこともない《雪人》について語らなければならないということを知る。


「んで、結局その生き物ってどんな生き物だったの?」


「んと……んとね……」


 すぐに回答することなく言葉に詰まっている様子の緋乃を見て、望日は緋乃を煽るようにして言った。

「ふーん……緋乃はやっぱり《雪人》見てないんだー」


「見たもん! 見たんだってば!」


「じゃあ、どんな感じだったの?」


「それは……」


 望日に追い詰められてゆく緋乃は安易に《雪人》の名前を出したことは失策だったかと感じる。もう白状して話してしまおうかと考えたその時……


「あわあ……」


 あまりにも突然のことで挙措を失い、周章狼狽する緋乃。望日の背後には入道雲のように縦に峰をなす白の巨躯が忍び寄っていた。


「…………? どうしたの? 緋乃」


「う、しっろ」


「…………?」



 緋乃の動揺を感じとって不審がる望日、その後ろに迫っていたのはまさしく




――《雪人》だった。



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