第8話 望日はお父さんの裸なんて見飽きてるの!
三章 雨露霜雪! お風呂と緋乃とお父さん!
「緋乃……本当に、緋乃なのか……あぁ……」
そう言って、トキロロ村の長、生王 紅丹重(いくるみ くにしげ)は生王緋乃を力いっぱい抱きしめた。
「おじいちゃん……緋乃帰ってきたよ……帰ってきたんだよ……」
こうして、孫娘との再開を果たした祖父。
その彼は、安らいだ面持ちで俺たち二人に言った。
「あなた方二人には何と申し上げたらよいか……本当に、感謝の言葉しかありませぬ……」
――何もありませんが、どうぞ、この村でゆっくりしていってくだされ。
俺と望日は合流を果たした後、生王緋乃という少女に連れられるがまま、彼女の家があるトキロロ村へと向かった。誤解を招かないよう先に言っておくが、俺はこの緋乃という少女を信用したわけではない。緋乃という少女を信用した望日を信用したのだ。
――俺は望日を信じるって決めたから。
――太陽を見せてくれるっていう望日の言葉を、信じるって決めたから。
緋乃は豪雪の中、感覚的に村の位置が分かっていたようで、俺たちは道中迷うことなくこの村に辿り着くことが出来た。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃいますか……お父さん!」
望日はそう言ってくれるが、俺はまだ猜疑心を持ったままである。だからこそ、俺はまだこの村に逗留するかどうか決めかねていた。
「外は、寒かったことでしょう。まあ、まずは風呂にでも入って体を温めて下さい」
どうにもその言葉は、俺には甘言で釣ろうとしているようにも聞こえた。そこまで疑う必要はないようにも思われたが、この村はどこか不穏な空気が漂っている――そんな気がした。
「……お気遣いどうもありがとうございます」
用心するに越したことはないけれど、せっかくの好意を無下に扱ってはならないという気持ちもあり、俺たちは結局、このトキロロ村にしばらく居させてもらうことにした。
「そうと決まれば早速! お風呂お風呂っと!」
「緋乃! お二人を浴場まで連れて行ってやりなさい」
村長はそう言って緋乃に案内役を頼んだと思ったら、「では、ごゆっくり」と言って扉の向こう側へと姿を消した。
「緋乃も一緒に入ろうよ!」
「いや……でも緋乃は……」
「入ろう! 緋乃も寒かったでしょ!」
出会ってすぐに裸の付き合いを強要されることに抵抗を示す緋乃であったが、望日の猛烈なアプローチによって観念したようだった。
「じゃあ……ちょっとだけ……」
「よしっ! じゃあ一緒に洗いっこしようね!」
望日は上機嫌で、着ていた服を一枚一枚あっという間に脱ぎ捨ててゆく。
「ちょっと待て待て! ここは脱衣所じゃない!」
慌てて望日を抑え込む俺、隣に居る緋乃は莞爾として笑っている。
――やっぱり怪しいなんてのは、俺の思い違いだったか……
どうも旅の疲れで危険に対する意識が高かったのかもしれない。さっきの吹雪の中での恐怖体験も影響しているのかもな……
そんなことを考えながら、俺は緋乃に質問を投げかける。
「んで、男湯ってのはどこにあるんだ?」
「ごめんなさいなんだけど、そう言うのはないんです……」
申し訳なさそうに俯く緋乃。それを見た俺は咄嗟にフォローを入れる。
「いや……ないなら、いいんだ。それじゃ、二人は先に入ってくれ。俺は後から入るから」
だが、俺の思惑通りに行かないのが常である。
「お父さん何言ってるの? 一緒に入るに決まってんじゃん」
望日がなんの躊躇いもなくそう言ってのけた。
「前も言ったけど、望日はお父さんの裸なんて見飽きてるの! お父さんの見られるのが苦手なアレだってもう見てるんだし!」
確かに、望日には今さら隠し立てすることなど何もない。
「いやでも、緋乃ちゃんが……」
「緋乃だって良いよね! 別にお父さんが一緒でも!」
「うん……別に、緋乃は……いい……」
――いいのかよ!
俺は驚愕した。しかし、どうやら俺の前ではまだ緊張して上手く話せないようで、緋乃はもじもじしながら恥ずかしそうにしていた。
「本当にいいのか?」
「……うん」
さすがに向こうがそんな態度だとこちらまでなぜか緊張してしまう。だが、前にもお伝えした通り、俺は幼女に性的興奮を覚えるような人間ではない――絶対にだ。
まあ、父としての監督義務ってやつだ。俺は、銭湯に娘を一緒に入れる父親だ。なんの問題もない、うん。
自分を必死に説得し折り合いをつけようとする俺だったが。そのような俺に構うことなく、二人の幼女は嬉々として浴槽にダイブする。
「うわー! ひろーい!」
「望日! どっちが長く息を止めれるか勝負!」
「望むところ!」
ドボンと大きな水しぶきを上げながら、望日と緋乃は水の中に身を投じる。二人はすっかりこの大きな浴場に魅了され、乱痴気騒ぎである。
幼女特有の若肌が水を弾き、光沢を帯びたように輝いている。その瑞々しさは取れたての果実のように清新だ。
――やっぱり、ミイラ少女には見えないよなあ。
望日も緋乃も一度は体が朽ち果てた身。それなのにそれを全く感じさせない潤いのある柔肌をしている。
「ぷっはあ! お父さんも一緒にやろうよ!」
「ここはプールじゃないんだぞ! もう少し落ち着きなさい!」
望日の保護者として俺は望日を叱責する。そう、これも父としての威厳ってやつだ。
「はーい! じゃあ、緋乃と比べっこする!」
そう言ったかと思うと望日は、緋乃の膨らみかけの乳房に優しく触れる。
「やっ……望日……そこはっ……」
「ふむふむ、これはなかなかのものですな……」
発展途上ながらも、緩やかな傾斜の丘陵がそこにはある。望日はさながら鑑定士の如く、緋乃の胸部を分析している。
――いやいや、俺は何をまじまじと見ているんだ。
自制心をはたらかせてさっと俺は目線を逸らす。だが、引き続いて、緋乃の悶える声が浴場に甘く反響する。
「んっ……くっ……望日っ!」
緋乃もやられてばかりというわけではないようで、攻防は逆転し、緋乃が望日に先ほどの仕返しだと言わんばかりに反撃する。
「ちょっと痛いって! いやっ! だめっ! そこはくすぐったい!」
楽しそうに戯れる二人、俺はその姿を微笑ましく見守っていた。
「お父さん! 何やってるの! お父さんもこっちに来て!」
「仕方ないなあ……ちょっとだけだぞ!」
そう言って幼女と一緒に水遊びに興じる跡川朱冴、十五歳。
――こんな生活がずっと続けばいいのに……
俺は今までの退屈な人生を思い出し、どれほど自分が無益な日々を過ごしていたのかを痛感した。人生ってこんなにも楽しいんだな――あと、娘と入浴するのも悪くないな。
そんなことを考えながら、俺は湯船に浸かり疲れを癒していた。
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