第7話 好きなのは、小女子(こうなご)だって言ったの!

「やっぱり、さっむ!」


 望日は歩く。雪を掻き分け、除雪して……父である跡川朱冴を捜索する。


だが、一向にこの吹雪が弱まる兆候はなく、捜索は難航していた。視界の悪い雪原を自分の勘を頼りに進むしかなく、自分が本当に前に進んでいるのかさえ怪しくなる。


――こんな時、一緒に頑張れる仲間がいたらなあ。


 そう心で言った矢先の出来事であった。


「ん? なんだこれ?」


 望日が見つけたのは、白皙の少女。年は望日と一緒か少し大きいくらい。雪の中から氷漬けの少女を見つけるなんて、まったく自分は運が良いのか悪いのか。


「おーい! 生きてますかー!」


 望日はその少女の形をした氷の塊に声をかける――しかしながら、反応は無い。口は無造作に開いたまま、瞳も瞼が凍って閉じることもままならない。腕も完全に氷結し、関節がまともに駆動する気配は一切ない。店先に置いてあるマネキンのように、虚ろな視線を寒空に向ける少女。


――一言でいえば、超不気味。


まるで、この空間だけが時が止まったかのように静謐な時間が流れている。


「これもまた、ミイラ少女ってやつなのかな?」


 凍傷でミイラ化した少女を見て親近感を覚えた望日は、なんとかこの少女を助けようと考えた。傍から見れば当然、救いようがない状態ではあったが、望日には水を操ることができるという特別な能力がある。この能力を上手く活かせば、この娘を死の淵から救ってあげることができるかもしれない。


――もちろん、確証はない。


――だけど、やってみる価値はあるだろう。


実際に、いくつか凍死した人間が奇跡的に生き返るという例が報告されており、望日の行う処置によっては、ミイラ少女を蘇生させることが出来るのかもしれない。


 もちろん望日にそのような蘇生経験はなく、実際ぶっつけ本番の出たとこ勝負だったことは否めない。


「よし、これで、こうやって……」


 ドクター望日による大手術は淡々と進み、瞬く間に終了した。

彼女の当意即妙の治療の甲斐あって、凍結したミイラ少女は再びこの世に生を受けることとなる。


「…………」


 少女は無言のまま望日を見つめる。今の状況が理解できないようで、その理解できていないことすらも理解できていないようだった。

「ほーら、私があなたのお母さんだよー! もう怖くないよー!」

 望日はと言えば、年端のいかない少女に向かって全力でインプリンティングしようと試みていた。朱冴がいたら確実に面罵されていたところだが、その朱冴は居ない今、望日のペースを止める者はいない

「ほーら。あなたの好きな、白いご飯だよー!」


 そう言って周りの雪をかき集め、少女の前に突き出す。


「ほーら。おいしいおいしいおもちもあるよ! お団子もあるよー!」


 周りには雪しかなかったために、白い食べ物しか羅列できない望日であったが、それに少女がようやく反応を示した。


「……な……ご」


「……? 今、なんて?」


 不意に重い口を開いた少女に対して望日は耳を傾ける。


「好きなのは、小女子(こうなご)だって言ったの!」


生王 緋乃(いくるみ ひの)という少女がいた。氷点下三十度の極寒の中を彷徨い、凍死してしまった哀れな少女。

だが、唯一幸運だったのは、跡川望日というミイラ少女に出会ったこと。この二人が出会ったことは、偶然であったがその出会いが二人の運命、延いては跡川朱冴の運命さえ、変えることとなるということをまだ誰も知らない……


「小女子って?」

「小さい女の子って書いて、こうなご!」

「小さい女子って言ったら……」

「そう、あなたみたいな……」

「うぎゃー!」


 言下に大きな悲鳴を上げる望日。少女はその望日の様子を見て相好を崩す。


「ふふふっ、小女子ってのは魚の名前だよ。ほんと、面白いね!」


 すっかり元気になった少女を見て安心する望日。手術は大成功を収めたようだ。


「そう言えば、名前は?」


「跡川望日。望日ちゃんって呼んでいいよ。ちなみにあなたの命を救ったのは紛れもない、この望日ちゃんなのです。感謝してよね、ほんと。あと、どうしてもって言うなら、一生私に仕えてくれてもいいよ」


 恩着せがましいにもほどがあるような物言いの幼女だったが、それを含めて少女は望日のことを気に入ったようで、


「望日ちゃんか……そして私の命を救ってくれたのか……ありがとう。でも、残念ながら一生仕えるかどうかはもう少し考えさせてほしいかなあ」


 真面目に望日の提案を吟味してくれるなんて予想せず、望日は咄嗟に話題を逸らすように、何気なく問うた。


「そういえば……そっちの名前は? なんて言うの?」


「ああ、緋乃(ひの)のことね。緋乃は……生王 緋乃(いくるみ ひの)って言います。緋乃ちゃんって呼んで!」


 望日はそれを聞いた途端、自分でもはっきりと分かるくらいに引きつった笑みを浮かべていることが分かった。だから当然、生王の方もただならぬ気を感じて問い返した。


「え……緋乃、何か変なこと言っちゃった?」


「いや……なんでも、ないよ。なんでも……」


「いや、絶対にあるね。緋乃ちゃんには分かる!」


「いや、望日ちゃんには分かる! 絶対に何もないよ」


「本当?」


「本当、本当。この雪のように白い望日ちゃんの心に嘘なんてないよ!」


「嘘っぽいんだー、緋乃には分かるもん!」


 押し問答を繰り返す二人、両者はお互い一歩も譲ることはない。


「望日は何もないって言ってんじゃん!」


「じゃあ、なんでさっき変な顔してたの!」


「そんなの知らない! 知らないね!」


「誤魔化すんだー! ずるいんだー!」


――暫く会話のドッジボールが続き、この遭難という危機的状況をもろともせず、体力の続く限り言い争いをしていた。


「はぁ……はあ……」


「……っく……はぁ」


 遂には、何で争っていたのかさえも忘却してしまった二人。そこで生まれた友情。


「なかなか、やるね。緋乃……」


「望日もね……」


 幼女同士の手加減なしの口論は引き分けという結果に終わり、気息奄奄の二人。そこに新たに息を切らした人間がやってくる。


「ぁ……はぁ……みひぃ……やっと……見つけた……」


「あ、お父さん! こんなに寒いのに汗びっしょりじゃん!」


――気持ち悪っ!


 そこには娘に変質者を見るような目で見られ、落胆する父の姿があった。


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