第4章

八月十七日、バカンスも一区切りのついた月曜日は憂鬱を体現する雨雲に覆われた。

この日は非常に忙しい日となった。西岸本線が正午以降明朝まで点検のために不通となり、その代替輸送のツケがミッドランドに回ってくるのだ。この点検とは間違いなく、テスタ・ロッサの速度試験のためのものである。カレドニア鉄道はそこかしこで速度試験の宣伝をし、ディーゼル機関車を用いたアルビオンを運行したミッドランドを伝統的な蒸気機関車で再び抜き返すと宣言した。あの鉄道院が公式に認めている競争だ。利用者達もいよいよミッドランド側、カレドニア側に立って外野からやかましく言い始めた。判官贔屓な人々は皆カレドニアに賛同し、ミッドランドのやり方をバッシングした。できることならば蒸気機関車で立ち向かいたい、そんなことはミッドランドも百も承知である。連日、多くのオペレータたちがベルクシュプールに「機関車よこせ」とないものねだりをし続けていた。

ロッソ・スプリンターに招待された二人は、午後にロンドンを発つ列車に乗った。二十四時までにグラスゴーにつくにはこれが終列車である。朝から振替輸送の対応にばたばたとしていた二人だったが、どうにか急行には間に合うことができた。

「混んでるな」

「三列車分の乗客がいるのよ。この程度ならまだいいわ」

「振替輸送なんてよくあることなのか?」

「ミッドランドでは戦後初めてね。北の主幹線(ノース・メイナーズ)が不通になるなんて台風や降雪程度ではありえないもの」

「……もしかして、怒ってますかアッシャさん」

窓の外からアッシャは顔を戻さない。

この日のミッドランドはカレドニアの輸送を一手に引き受けたため、売り上げこそおおいに上がったが、それに見合わない対価を払わせられたのだった。

 リヒトは前々日、ヘルマンに召集され、リヴァプールからマンチェスター、リーズまでの振替輸送のダイヤ作成を託された。港町リヴァプールで荷揚げされた西岸本線経由で運ばれる荷物を、東岸本線を通す遠回りに書き直させられた。初めて書いたダイヤグラムが実際に使われるということで、明朝までかけて書きあげた。綿密に組まれている東岸本線には隙がほとんどなく、周りの刻示士たちが次々に振替の線を加えていく様子は圧巻だった。

今二人の乗る急行も臨時列車扱いとなり、二十四両の長大編成を二台の機関車で引っ張っている。途中、グランザムとドンカスターで六両ずつ切り離し、本来は乗りいれることのないグラスゴーまで三両が向かう「多層階列車」になっている。

「……遅いなあ」

「……これが振替輸送よ」

アッシャはつまらなそうに言った。珍しく乗客に交じって私服を着て来たというのに、煤煙のようにどす黒く見える。普段は明るい色の服が多いのに、今日は紺色のワンピースだ。しとしとと霧雨が降り続き、気分もますます重くなる。本来、七時間程度の行程を九時間以上かかる予定だ。しかも、グランザムで客車の切り離しをした時点で十分以上の遅れが生じている。

「ちょっと寝るわ。ヨークにつく三十分くらい前に起こして」

「う……、うん」

「あと、寝れるうちに寝ておいた方がいいわ。今夜はたぶん徹夜よ」

「そうなのか?」

「あ、わたしが寝ている時に寝たら刺すからね」

そう言うと、帽子を深くかぶって顔を完全に隠した。リヒトは昼寝もできないのか、そう思うと気が重くなる。食堂車に行こうにも混んでいるに決まっている。三十分近く、つまらなく窓の外を見るが、麦畑が延々と続くばかりだった。

「……アッシャよりも早く起きればいいんだろ?」

リヒトも一時の眠りを堪能しようとした。アッシャはもう寝ただろうとそちらを伺う。寝言なのかわからない小声で恨み言を吐いていた。

いつしか、外は土砂降りになっていた。


「…………カレドニアいつか潰す」

リヒトは振り替え輸送をなめていた。遅れは途中の駅で回復なんてするものか。待避線に入って一時間、列車はまったく動かない。

アッシャはあれから少しして健やかな寝息を立てて眠りに落ちていた。コンパートメントから出て、通路から見えるのは南行きで待たされている貨物列車だった。

「なんで、郵便列車が先に行くんだよ、クソッ! 間に合わなかったら無駄骨じゃないか」

西岸本線からロンドンに向かう郵便列車は多く、これはロンドン到着が定時になっている。これを先行させるためにはリヒトたちの列車が被害を受けていたのだった。

「これだったら、ミッドランドも本線を止めてやれば……、できるわけねーよな。……はぁ」

リヒト自身、それは嫌だったのだ。何故完成されているはずのダイヤグラムをたった一日のために全部書き換えをしなければならなかったのか。どんな力が働いたのかは想像もできないが、信号所の刻示士たちは全員が寝る間も惜しんで仕事をしたのだ。同様のことを今度は線路容量の小さい西岸本線に振替えるというのはパニックになるだろう。


ドンカスターでリヴァプール行きと補助機関車を切り離すと、遅れを取り戻すかのように時速七十マイルで列車は快走する。その揺れは心地よく、つい眠ってしまいそうになる。

ゆるやかな減速。次第に列車の揺れが大きくなる。ゆるやかな峠の途中で列車は歩くほどの速度に落ちていた。

空転だろうか? 機関車の動輪と線路の間の空回り。坂の途中や走りだす時で発生する現象だが、この速度で空転を起こすとなると……。まずいと思うや否や、リヒトは通路に飛び出した。

車端に走る。ドア横の目立たない所にハンドルがある。客車の持つ独立したブレーキだ。

「坂道で機関車が空転したら逆走になっちまう。それを止めるのが貨車独立のブレーキだ」

おっさんが何度か言っていた。雨の日の峠越えの恐ろしさ。前方から不気味なまでに大きな、金属のこすれる音が聞こえてきた。ブレーキの摩擦音がそれに追従する。列車は一瞬平衡状態に保たれるが、落下する感触がぞわり、と襲ってくる。

おそらくオペレータは焦って機関車のブレーキだけをかけてしまった。それでは止まれない。数百キロポンドのウェイトが客車にのしかかることになる。

まずい、逆走する……!

レバーに手をかけ、思い切り引っ張る。しかし、まず使われることのない非常ブレーキ。梃子が錆ついているのか作動位置まで届かない。

「くそッ、車掌はどこにいるんだ!」

「そんなことより、もっとレバーを長く持って!」

梃子にもう一つ手が重ねられた。しなやかで細い腕。

「アッシャ! 寝てたんじゃ」

「いいから! 三分後ろを貨物列車が走って来るわ。止めないと死ぬわよ!」

リヒトよりも、おそらく誰よりも白い顔をしている。

「せーの、で引っ張るわよ。わたしを引っ張って」

アッシャはリヒトをおしのけてブレーキを掴む。

「いや、一緒に引いた方がいい」

アッシャの手の上にリヒトの手を重ねた。アッシャは頷く。

「……いくわよ、せーのっ!」

思い切り引っ張ると、ものすごい勢いでレバーが動いた。二人はどしんと尻餅をつく。

ゆっくりと下り始めていた列車、その中ほどからいきなり制動がかかった。がくんっ、と大きな揺れが客車を襲う。ほんの少しずれて、第二波がくる。

「車掌も前の車両で引いたようね」

「これで止まるか?」

「止まっても、さっさと後ろの列車を止めないと!」

アッシャはまだ心配をしていた。直後、列車全体にブレーキが働きだす。オペレータが正常な判断に戻り、客車にブレーキをかけたのだ。数ヤード下って、列車は完全に沈黙を保つ。

「リヒト、わたしは車掌に話をつけて来るわ。あなたは発煙筒をもって後ろを止めに行って!」

「わかった」

ブレーキレバーの横には発煙筒がつけてある。土砂降りの線路に降り立ったリヒトは、すぐに発煙筒に点火した。赤い色の混じった煙がすぐに噴き出す。

アッシャが後続を気にしていたことの意味が理解できた。もう坂の下まで貨物列車がやってきたのだ。重い貨物列車は山を越える時には勢いが必要である、そういえばおっさんがそんなことを言っていたような気がする。発煙筒を見て、その列車も急ブレーキをかける。旅客列車に比べ、その音はとても耳障りだった。貨物はおもったよりも速度を出していたようで、あわや追突するのではないか、と思うくらいの距離まで迫って、停車した。


現在二十時過ぎ。もう間に合わないと思いながらコンパートメントに戻る。すると、アッシャの姿が見えなかった。車掌に何かを話してくる、そう言っていた。今のうちに少しは寝れるのではないだろうか? 雨にぬれるだけでどうしてこんなに疲れるのだろう。そんなことを考えていると列車は再び動き出した。アッシャは今寝ていない。だから刺される心配もない。

列車が動きだすと、すぐに心地よい揺れが眠りの世界へとリヒトを拐した。


運転再開から十五分が経った。車掌に、「ロッソ・スプリンターに間にあうか?」と聞いたところ、おそらく無理だろうという返答が帰ってきた。

「どうにかならないかしら?」

「そう言われましても……すみません」

さすがに意地が悪かっただろうか。外は土砂降り、時間は二十一時も近い。先程の空転でオペレータも既に注意力をそがれているだろう。この先まともな運転は望めない。

「いいえ、わたしも言いすぎたわ。それより、無線貸してくれないかしら?」

「それは、構いませんが」

「悪いわね。それと、その間外してもらえる?」

「そうですね、お客様の様子を見てきます」

使用の理由を聞くこともなく、そそくさと車内の見周りに出て行ってくれた。

「こちら、臨時グラスゴー行きです。司令に代わって頂けるでしょうか?」

コンダクターの乗務以外で、自分から司令を呼び出したのは初めてだった。

『こちらアイヴァットだが……突然どうした?』

「回復運転がこのままだと見込まれそうにないんだけれど、ロッソ・スプリンターの発車が遅れるってことはあるかしら?」

『それはあり得ない』

本線を封鎖する試験列車は、通過した区間からすぐに運行を再開する。グラスゴー発車が遅れることは許されないのだ。

「このままだとたぶん七十分以上遅れることになるわ」

『何が言いたい?』

アイヴァットはそうは言っているが、おそらくすべてお見通しなのだ。

「……回復運転を希望するわ」

『その列車は旅客列車だ』

「それはわかっている。でも、このままじゃロッソ・スプリンターに乗り遅れてしまうわ」

『遅れるのは振り替え輸送を押しつけたカレドニアの責任だ。しかし、それはへたをするとお前一人の責任では済まない』

リスクは大きい。本線は列車で詰まっており、成功するかは運次第だ。それでもばれてしまうとただでは済まない。それでも……。

「それでもいいです。やらせてください」

 ヘルマンはたった一言『好きにしろ』というと無線を切った。車掌室を出ると借りた礼を言い、前方へと向かう。客車は十二両、機関車は峠を越えたために一両に減らされている。これならば一人だけでの操作が可能だ。

 こんなことがあるかもしれない、とポケットから顔を隠すための伊達眼鏡と帽子を取り出す。自らやると言ったのはこれが初めてで、おそらくこれきりになるだろう。リヒトが眠っている間に、すべてを片づけてみせる。

 

「……きなさい、ちょっと!」

「……寝せてくれよ」

「起きなさいってば!」

目を開けると、目の前いっぱいにアッシャの顔があった。近い。

「もう間に合わないって。このままエディンバラの寮に泊まろうよ」

「間にあわない、って時計を見なさい」

「二十三時四十分。カレドニアの試験開始まであと二十分だよね。本来、俺たちがグラスゴーに到着した時刻」

「ええ、そうよ」

「結局、一日事故は起きなかったのか?」

「さっきの坂での停車が事故にあたらなければ、なかったわ」

よかった、テスタ・ロッサには間に合わなかったけれど、刻示士たちが苦労した振替輸送は上手く行ったんだ。

「はぁ? 間にあわなかったって? 窓の外を見なさいよ」

三時間は寝たのだろうか。あのペースで走っていてはせいぜいよくてニューカッスルだ。揺れの感じから三十マイル程度でゆっくり走っている。まだ本線は混んでいるのだろう。

「暗くてよく見えないや」

「見て。ここがどこか」

『皆様、あと五分で終点グラスゴーに到着いたします。列車は五分の遅れとなりましたことをおわび申し上げます。長旅お疲れ様でした』

遮るように車内放送が流れた。

いま、終点って言ったか!?

「ええ、五分遅れで到着ですって」

「いったいどういうことなんだ?」

「つまり、わたしたちは間にあったということなのよ」

「……そんなことって」

「と言われてもね、回復運転だったのよ。あれから」

六十五分の遅れを取り戻した、ということである。つまり、ダイヤよりも一.五倍近くの速度で走ってきたということだ。

「はあっ? あり得ないでしょそんなこと」

馬鹿げている。そんな上手い話があるものか。

「と言われてもね、もう終点よ。ロッソ・スプリンターのチケット、持っているわね?」

「お、おう」

列車はコンダクターの言うとおり、たったの五分遅れでグラスゴーに到着した。ホームに降り立つと雨は止んでいる。雲の切れ間からは満月が顔をのぞかせた。

「……何かしら、あの人だかり」

「おそらく」

「いえ、言わなくていいわ」

ラジオ局のマイク。カメラの焚くフラッシュ。その輪の中から聞き覚えのある声がする。

「あら、来ましたわね、アッシャ・プリムローズ」

「あなた……誰だっけ」

「記憶力がないのですかこれだからミッドランドは」

本当に誰だ、とリヒトは思った。

声ではおそらくカルティナ・ピリスだと分かっていたのだ。

だが、リヒトが会ったことあるのはカレドニアのコンダクター姿のカルティナだ。彼女はまるで女優のようなドレスを纏い、髪を結いあげていた。更に眼鏡もない。本当にこの人はコンダクターなのだろうか……?


アッシャとカルティナとの喧嘩が収まると、別のコンダクターに案内された。ミッドランドの人間とはいえ、今日の二人は立派な「お客様」である。リヒトがこのコンダクター側の立場にあるのであれば、やはりきちんと案内するだろう。

「あら? 食堂車も連結されているのね」

「のこりは全部一等車だぞ」

今日のために特別に用立てされた編成は、普段のカージナルに比べてとても豪華だった。

機関車テスタ・ロッサの次位に連結されるのは、ダイナモメーターと呼ばれる公式の速度試験車両である。カレドニア鉄道のオペレータ達やベルクシュプールの技師がこれに乗り込み、テスタ・ロッサの様子を見る。

本来は機関車とダイナモメーターさえあれば計測はできる。しかし、ここからがすごい。

一等車四両、食堂車二両、そして一等個室車三両。余計なものは一切廃して臨むのが速度試験のセオリーだが、客車が十両もつながれている。

「いえ、十一両みたいよ」

「なんだって?」

既にコンパートメントに腰を落ち着けた二人だが、発車までまだ時間があるというのにホームがにわかに騒がしくなった。

隣の回送線を、機関車に引かれた赤い客車が通り過ぎる。そして最後尾に連結された。

「あれは何なのよ」

他の客の相手でもすればいいものを、カルティナはわざわざアッシャ達の個室に顔を出した。

「展望車って言うの。一番後ろが通り抜けできない代わりにガラス張りになっていてね、ほかの窓も全部大きくなっているのよ」

「金かけてるなぁ……」

リヒトは僻みを通り越して感心してしまう。

「今日は展望車を開放いたしますわ。せっかくだから足を運んでみたらいかがかしら」

カルティナはそう言うと、リヒトに展望車のパンフレットを渡してきた。いつのまにこんなものを作っていたのか。サービスで言えば互角だった両者だが、こんなものを連結されてはどうしようもない。豪華さで言えば一応「アルテシア」もこの展望車に負けてはいないが、いかんせんアルテシアはのんびりとした寝台夜行である。このような新車は当分導入されないだろう。

「展望車を含めて十一両、カレドニアは何がしたいのかしら?」

「どういうことでしょうか」

「あなたは知らないかもしれないけれど、一等車は二等車や三等車に比べて重く作ってあるの。それをたくさんつないで豪華さをアピールしているようだけれど、枷になっていることは考えないのかしら?」

アッシャの嘲笑。この豪華列車自体を小馬鹿にしていた。

「より多くのお客様に見ていただきたいと思いまして」

「それならいい方法があるわ。コミューターの客車なら一両に二百人は詰め込めるはずよ」

「そ……、そろそろ発車です。せいぜい、快適な旅をお楽しみくださいませ」

カルティナは最後まで笑顔を崩さずにいた。見上げたプロ根性である。

「言いすぎじゃないのか?」

「あれでいいのよ。カレドニアばかり新型機関車とか展望車とか、そろそろミッドランドにも寄こせって思わない?」

「確かにそうだけど」

「あと、この編成全体ってアルビオンの十六両よりも重いのよ。これで西岸本線が走れるとは思えないわ。……時間ね」

アッシャが時計を見る。甲高い汽笛が夜の帳を走る。出発だ。

西岸本線は西海岸に沿って敷かれた路線、というわけではない。もともとは東岸本線同様に海岸線に沿って線路が敷かれたが、内陸に都市が発達したり、短絡線ができたりと様々な要因によってその要素は名前だけに残された。

特に、ペニン山脈を貫く路線としての特徴は、まったく東岸本線とは違ったものであり、風光明美な車窓と、数百フィートの高さを一気に駆け抜ける勾配こそが西岸本線の真髄と言えよう。この坂を克服するために、テスタ・ロッサを含めたカレドニア鉄道の機関車は皆大型で、それぞれ大出力のボイラーをもっている。

とはいえ、グラスゴーからカーライル、マンチェスターに至るまでの北半分は比較的直線の多い平坦線だ。リヒトの見立てでは、この区間で記録を作るつもりだ。

優雅にグラスゴーを出た列車、「ロッソ・スプリンター」は強力なヘッドライトで暗闇を快調に照らしだし、速度を上げ続けている。 

「ねえ、リヒト。乗り心地をどう思う?」

「どう、ってアルビオンと変わらないような」

そう言うと、まるでリヒトが何も分かっていないという顔をする。

「展望車に行きましょう。それで、色々と分かるわ」

特に何かが起こるまでは休める、そう思っていたのに台無しだ。

 アッシャは先に行って席を確保しているという。食堂車で何か食べ物をもらって来いと言われ、しぶしぶ向かう。

食堂車はとても混んでいた。すべての食べ物、飲み物を自由にしていいということもあるが、速度計を見るために多くの乗客が集まっていた。どこかでみたことのある人間に合わないか、それだけが心配だった。

 できるだけ目立たないように、サンドイッチを二人分手に取っていく。


展望車のドアは、驚いたことに自動で開いた。車内と車外をつなぐドアは自動の物も増えているが、車内通路のドアで自動のものは初めて見た。

アッシャが座っている濃緑のビロード地のソファもさることながら、絨毯や窓にはめ込まれたステンドグラス、天井の小型のシャンデリア。豪邸のような空間だ。

「コンパートメントよりも座り心地もいいわ」

「本当に勝手に入っていいんだろうか?」

「開放するって言うんだから、ここに来ない方がもったいないのよ」

だが、深夜も一時半を過ぎている。こんな時間には誰もここを訪れはしない。さっきからカルティナがせかせかと通路を走りまわっていた。手には何枚もの毛布を抱えており、速度記録の瞬間を待ち切れずに眠ってしまったものが少なからずいるからだろう。

「でも、ここは速度計ないし、この深夜じゃあ景色も真っ暗だもんな」

「そうね。景色もそうだけれど速度試験で速度計がないと困る人多いわね」

「アッシャはいいの? ここにいても」

リヒトはテーブルにサンドイッチを置いた。アッシャは遠慮なくほおばって、二切れ目をわしづかみにする。

「速度ならわかるわよ?」

嬉しそうに言った。ほかの食べ物も持ってくればよかったか。

「あんなに大きな窓があるんだから、オペレータ連中もここでくつろげばいいのに」

「大きな窓って、確かにあるけどさ」

「どこの本線でもマイル標識が立っているわ。四分の一マイル走るのに十秒かかったら一分あたり一.五マイル進むでしょ?」

「ああ、時速九十マイルだな。って、それを目測でやってんの?」

「ええ。鉄道員は一分や二分くらいなら誤差なく計測できなきゃだめよ」

確かに計測間隔がおよそ十秒程度ならできそうだ。それに、今回の試験は国内最高速度の更新が目標だ。時速百五マイル程度では確認をしなくてもよいだろう。

「ねえ、リヒト」

「なんだい」

「ついさっきランカシャーを通過したわ。あと二時間くらいは百マイルを超えることもないからわたしは部屋で休むけど、貴方はどうする?」

アッシャは本当に眠そうで、直後大きなあくびをする。無理もない。もうこんな時刻なのだ。アッシャはもう一切れわしづかみにして展望車を出て行く。そして一人取り残された。


リヒトまでもうとうととし始めたころ、列車はついに西岸本線の最高点(サミット)を超えた。長く急な下り坂のアシストを受けて記録を出そうというものだ。更に、重い客車が必要となる区間でもある。わざわざ食堂車や展望車を繋いだ編成を引くのは、その重さが加速への手助けになることを予見していたからだった。エーフィアは最初、このやり方に反対をした。

「ダイナモメーター一両だけを牽いて走ればいいじゃないか」

と。しかし、この意見は聞きいれられるはずもなかった。カレドニア鉄道は絶対的な勝利が欲しいのだ。グラスゴーを発つ時間、西岸本線の封鎖、そして下り坂を走る時刻。これらはすべて計算されたものであり、この坂の先、レスターの駅における通過速度測定のためだ。

ダイナモメーターでの測定よりも、わざわざ駅を通過する速度を測るのか、これは単純な理由である。この駅は非常に通過する列車を撮影しやすい構造になっているのだ。それも、十二両編成がきれいに収まるような構造に、である。

エーフィアはその地点で最高速度を出すように厳命されていた。多少速度が足りなくとも、パフォーマンスとサービスに重点を置いたカレドニアらしいやり方だ。

「全く、面倒な注文をしやがって」

サミットでは速度が六十五マイルまで落ちていたが、二分とたたずに八十マイルまで上がっていた。蒸気圧にはまだ余裕がある。火は血潮のように赤く燃え、煙突から白煙が黒い世界へと放たれる。前方に見えるのは、青く燈った進行信号だ。矢のように後ろへと流れて行った。

直線に入る。遠く、レスターの町の明かりが見えた。

エーフィアはギアを上限に入れる。レギュレータも全開。未知の全力走行に切り替わる。

瞬間、クンッと後ろに追いやられる。心強い加速が列車に降りかかる。本来、この速度ではひどく揺れるが、テスタ・ロッサに限ってそれは起きない。弾丸のようなデザインのボディの上を、風が素直に流れていく。先頭から運転席までカバーで覆われていて、空気の抵抗になるものはまったくない。展望車までの客車すべて、一本の矢のように風を貫く。速度は百マイルに達し、それでも速度の上昇は止まらない。

百二……百三……百四……。

エーフィアは前を見つめる。月の照らす軌道を、列車は踏みしめていく。このままであれば、百十マイルさえ超えるだろう。これならば、絶対的勝利もたやすい。そう確信した。確実に、現在のアルビオン、カージナルを凌駕する記録を残すことはできる。だが、この列車はグラスゴー発のロンドン行き。どんなに早く走っても、ミッドランド鉄道との競争とは関係ないものなのだ。あくまでもデモンストレーション。これは、速度記録との孤独な闘いなのだ。


「……百六……百七……」

カウントアップの声で目が覚める。そのまま寝落ちてしまっていた。

「百八……百九……」

アッシャが数字を読み上げている。

「百八って、速度記録か!?」

百八。国内記録の数字だった。

「あっさり超えたわ。よくもまあ、寝ていられたものね」

「だって……」

「百十マイルを超えるわ。百十一……百十二……」

「どこまで行くと思う?」

「どうかしら? もうすぐ下り坂が終わるから、そこからが勝負ね」

アッシャの速度の読みが少しだけ早いのか、百十マイルを超えた時、前方から歓声があがる。無論、二人しかいないこの展望車では、そんな声は起きなかった。言った通り、列車は下り坂から平坦線に出る。重力によるサポートはここまで。ここから、蒸気の切れるまでがテスタ・ロッサのポテンシャルが発揮されるのだ。平坦線に入ると加速は鈍くなった。しかし、頭打ちではない。時速百十三マイル。行く手は徐々に明るくなり、レスターの町を通過しようとしていた。あと五マイル先にはカーブがあり、三マイル先から制動をかけないと大変なことになる。

テールライトが照らす先には、確かに最速への轍が見えた。


エーフィアはブレーキレバーに手をかけていた。ギリギリまで速度を上げたい。当分、誰も絶対に超えることのできない速度を樹立しておきたい。

レスターの駅の明かりが見えてくる。この速度をきちんと撮影できるのかは知らないが、少なくとも百十マイル以上で通過するのだ。文句はないだろう。

その時、はるか前方に何かを感じる。

何か、来る。対向列車か。ヘッドライトをハイビームに切り替える。

「……待てよ、西岸本線は完全封鎖しているはずだ」

こんな時に、いったいどんな列車が北へ向かうというのか!

「おい、ピリス! 対向列車だ!」

『はい。…………はい!? エー様どういうことでしょうか?』

「いいから座らせろ! 揺れるぞ!」

通信機に怒鳴りつける。だが、一気にブレーキを引くことはできなかった。対向列車との風圧を考えると、急な速度変更は事故を引き起こしかねないのだ。

そうだ、対向列車はレスターの駅で停車するに違いない。きっとそうだ。退避するべきだ。

対向列車のヘッドライトを凝視する。ほどなく分岐を渡っていくはずだ。

だが、その希望は裏切られる。オーバースピードで分岐を直進。向こうも相当な速度だということに初めて気がつく。

脱線するかもしれない、その不安がレバーを握る手に力を込めさせる。もう少し、レスター駅を通過したらブレーキをかけるから!

一秒、そしてまた一秒。とても長く感じるその時間を対向列車はどんどん近付いてくるのだ。こちらよりも早く走っているような錯覚にさえ陥った。あんなに早く走れるものなのか?

レスターの駅のホームに差し掛かる。

残すところ十秒。ロッソ・スプリンターは現在最高速度で走っているはずだ。

ホームの端にロッソ・スプリンターが突入するのと同時に向こうの端に対向列車が侵入した。このままでは、相対速度二百マイルオーバーでのすれ違いになる。はやくブレーキをかけてくれ。エーフィアはそう願った。そうしたらこっちもブレーキをかけるから! 直後、駅舎の照明がはじめて対向列車のシルエットを映し出した。機関車の牽引する、三両の客車。四両編成のその列車はエーフィアの見たことのない色を纏っていた。正面は黒く塗られているが、ボディはもっと明るい色だ。白く浮き上がっても見える。

一瞬ではそこまで判断するのが精いっぱい。轟音をあげて、二列車はすれ違いに入る。


それは二秒に満たぬ邂逅となった。すれ違いの衝撃はすさまじく、食堂車ではいくつかの食器が床に落ちた。相手の列車が通り過ぎると、レギュレータを閉め、ブレーキをゆるくかける。速度はみるみる百五マイルまで落ちた。この先、七十マイルまで落とし、通常の速度およそ六十五マイル程度で終点のセント・パンクラスへ向かうことになる。

あの列車は、ロッソ・スプリンターよりも絶対に早かった。エーフィアは暁に慟哭する。


五時二十分。ゆっくりとロッソ・スプリンターはセント・パンクラス駅に到着した。ダイナモメーターでの測定結果、国内最高速度である時速百十五マイルを引っ提げて。

列車が完全に停車する前に、アッシャはホームに跳びおりた。エーフィアの元へ走り寄る。

「あの対向列車は何よ」

「ああ……プリムローズか。俺にもわからん」

「百十マイルオーバーで走って行ったわ。あれもスプリンターなの?」

「いや、カレドニアの列車じゃない」

「カレドニアの列車じゃない?」

「テスタ・ロッサは百十五マイルで走っていた! それよりもあの列車は早く見えた! 完全に俺たちの負けじゃないか! 何のための高速試験だ、クソッ……。すまない、帰ってくれないか」

狼狽するエーフィアの顔を見て、アッシャは素直に喜ぶことはできなかった。

いったい誰が、エーフィアのプライドを叩き割ったのだろう。確かにロッソ・スプリンターは大成功だ。しかし、肝心のオペレータの肝をつぶした。あの機関車はいったい……。

「でも……、もしかしたらチャンスかもしれないわね」

アッシャは、一瞬だけ捉える事の出来たあの機関車のことを忘れることができなかったのだ。あの機関車だったら、ミッドランドを勝利に導いてくれるかもしれない。


 ロッソ・スプリンターが運行されてから十日が経つ。運行当初はこれでミッドランドにも新車が来ると皆が勇んでいたが、そう上手くはいかない。現状、ミッドランドではプラン九十五のディーゼル機関車を最大限利用することしかカージナルに追いつける方法はないのだ。乗客からの苦情はまだまだ多いものの、少しずつ走破時間は短くなっているのだから。

「でも、のこり二週間。みんなも数日もすれば焦るでしょう」

アッシャは何故か達観していた。秘策をもっている、そう言わんばかりに。

その言葉どおり、十日後になってミッドランド鉄道は大騒ぎとなったのだ。

機関車がいくら待っても来ない。予定されているわけではない物に頼っている姿も滑稽だが、この日から検査を終えたテスタ・ロッサがカージナルに返り咲き、いきなり五時間二十分での走破をしてしまったのだ。最高速度は百マイルオーバーであり、クルーとグラスゴー間の平均速度は時速八十五マイルに達した。この日のアルビオンはカレドニアに五分劣るも、自社記録である五時間二十五分を打ち立てたが、深紅の弾丸相手にはもうどうしようもなくなった。

十六時。キングス・クロスで肩を落としていたアッシャとリヒトはアイルに呼ばれた。

「二人とも、このあとの予定は?」

「とくにないわ」

「明日のアルテシアまで非番です」

「そうか、それなら、ちょっと付き合ってくれないか? やっと新型機が来るらしい。ベルクシュプールに呼ばれたんだ」

新型機。この言葉に心が躍る。ようやく、あと四日を残しての登場のようだ。

「行くわ」

「俺も行っていいんですか?」

もちろん、とアイルは快諾する。あの事故の一件以来、少しこの人が怖かったが、いつのまにかミッドランドのエースであり、勝利をもたらす希望だと思えるようになっていた。

「助かる。二人はロッソ・スプリンターを知っているからな。見極めてほしかった」

「任せなさい」

アッシャが胸を張って言った。


一時間後にキングス・クロスの中央改札に集合、そう言われたので一度着替えて来ることにした。リヒトは胸が躍る。乗務の疲労はどこ吹く風、着替えて中央改札へ向かうと、そこには普段のアッシャには考えられないような地味な格好の彼女が居た。上下ともに黒だ。

「遅かったわね」

「……アッシャだよね?」

「ええ。ベルクシュプールに行くのは大体こんな感じよ」

「眼鏡……、目は悪かったっけ?」

「そんなことないけれど……」

野暮ったいメガネに長い髪をごまかす帽子。一目ではアッシャとは分からない。

「すまない、少し遅れてしまった」

集合時間の五分前、アイルがやってきた。

だから、早着ですって。五分前が基本なのかこの人たちは。

「じゃあ、行こうか」

アッシャがどうして変装のようなことをしているか、聞きそびれた。


 はじめ、リヒトは『ベルクシュプール』が何かわからなかった。

聞くところに、機関車をテストし、製造する工場のことだという。もともとは植民国に作った大規模実験施設を現地語でそう言ったそうで、その国で育まれた優れた技術に敬意を込めてそう言うのだそうだ。ちなみに、鉄道院管轄である。

「でも、わざわざベルクシュプールまで行くのは珍しいですよね」

通常であれば、鉄道院からキングス・クロスまで運んでもらい、引き渡しとなる。

「そうか? 特急牽引機ではよくあるけどな」

「あとは、時間がない時なんかはよくあるわ」

何せ、四時間後、二十一時発のアルテシアで使うつもりなのだ。受け取ったらすぐに列車の準備に入らなければならない。

「でも、いきなりアルテシアに使えるような機関車なのでしょうか?」

「大丈夫よ。あれだけの機関車ならアルテシアでもアルビオンでも」

「あれだけの機関車?」

アッシャはまるで新型機を知っているみたいな言い方をする。


三人はコミューターで最寄駅に向かい、高い防壁に沿って歩き出した。ロンドン郊外とはいえ、この物々しい場所は機関車を作っているようには到底思えなかった。アイルの先導で、三人はベルクシュプールの門をくぐった。中には何十棟と工場が連なっており、時折大きな音がする。見るものすべてが新鮮で、どちらを向いていいのか分からない。

「おい、二人ともあんまりきょろきょろするな」

アイルが注意した。リヒトはともかく、アッシャも落ち着かない様子であたりを伺っている。まるで何かを探しているようだった。時折、リヒトに隠れるようにしていたのはなぜだろう。促されるままに、どんどん最深部へと向かっていった。

「ここに来い、と言われたんでね」

アイルは訳知り顔である工場の入口を凝視する。観音開きの中に線路は続いており、一両だけがこの中におさまっているのだろう。工場の大きさを見る限りでは、これが限度だ。

「じゃあ、開けるぞ。手伝え、サーフィールド」

「わかりました」

閂をはずし、重い木戸は体重を全部かけてもなかなか動かなかった。そんな戸も、少しだけ動くと、あとは勢いにまかせて開いて行く。西日が窓を通じて、そこにある機関車を照らし出す。

「これか! ミッドランドの救世主は」

わざとらしくアイルが声を上げる。その救世主を駆る己への鼓舞だ。

「……あれぇ~?」

しかし、アッシャの反応はちぐはぐで、この場にそぐわないものだった。紅茶と思って飲んだら、オレンジジュースが入っていたような。そんな想定外のものを目の当たりにしたような。


二十一時。定刻通りにアルテシアはキングス・クロスを発った。機関車とオペレータをわざわざ変更しての運行である。

「でも、よかったよな。新型機が来て」

「……ええ」

リヒトとアイル、ミッドランドの鉄道員達は、歓声をもって新型機を迎え入れた。ただ一人、アッシャだけは薄くほほえみを浮かべただけだったが。

「さっきからどうしたんだ? これじゃない、みたいな顔をして」

「リヒト、覚えてる? あの機関車のこと」

「あの機関車?」

「レスターでロッソ・スプリンターとすれ違ったあの、銀色の奴よ!」

アッシャはあのとき確信したのだ。あの機関車はテスタ・ロッサよりも早い。ミッドランドはあの機関車を得るべきだ、と。

今アルテシアを引っ張っている、ウルトラマリンブルーの機関車はアッシャが望んだそれではないのだ。

「それで、その機関車がミッドランドに来るって?」

「じゃなきゃベルクシュプールは不平等で訴えられるべきね」


こんなに楽な運転はいままでなかった。アイルはそう感じていた。

自動給炭機が装備され、各種機器がオペレータの使いやすい位置にまとめられている。更に、初めて使ったが、等速運行装置がついているのだ。これはテスタ・ロッサにもついていないものだ。自動車のハンドルのようなマスターコントローラ(マスコン)がついているが、このマスコンには五刻みの数字が振られていた。この数字をあわせると、速度通りに走れるというものらしい。加減速も自動化されているようで、前方にだけ気をつけていればほとんど自動運転だった。

また、運転室は非常に静かになった。密閉性が上がったということもあるが、様々な点で抵抗が小さくなったのだろう。見た目はほとんどがスワロー・アークと変わらないが、ボイラーの前の方に、デフレクターと呼ばれる板が設置されている。これが煙の流れをコントロールし、騒音も小さくしているのだ。ウルトラマリンブルーのボディを金色が縁取り、デフレクターには名前を象徴するツバメのレリーフがかたどられていた。動輪も大型化されたのか、これまでよりも楽に走っているような気がする。

ヨークまでの所要時間はダイヤに沿って走っていたために五時間かかったが、そのうちに何度か時速八十マイルを超えていた。これならいける。そう確信したのだ。


ヨークを超え、アイルはスワロー・エンゼルの性能を試そうとしているようだった。

「もう九十マイルね」

車窓をながめてアッシャが言う。

「これなら、この機関車でも勝てるんじゃない?」

さすがにこの状況ならアッシャも機嫌を直してくれるんじゃないか。リヒトはそう思った。

東岸本線でも一番長い直線区間。ここにはいると更に加速に入る。百マイルを目前に、列車はトンネルに侵入する。

トンネル内では管内気流が生まれるために、そこまで高速で走ることは基本的にあり得ない。日付も変わったこの時間帯では対向列車もまばらだから良いが、日中では五十五マイルの制限が発生するトンネルもある。

アルテシアは三マイルほどの長いトンネルを二分ほどで通過する。

 

バァンッ!


トンネルを通過した直後、大きな破裂音がした。リヒトにもわかったようだ。何事かと窓から外を見渡すが、おそらく何も見えなかっただろう。

「ねえ、アッシャ。いまの……」

 恐れていた事態が起きた。好きに競争をすればいいとは言うが、鉄道院が好きにさせる訳がない。最後まで言葉を聞かずにコンパートメントを飛び出した。機関車まで二両。通路を全速力で走り抜ける。わたしたちは今乗客だ。よその客は悪いがお構いなし。

 右手でベルトを確認する。忘れずに持っていてよかった。機関車次位に連結された荷物車には誰もいない。おそらく、外からの発砲音だろう。一刻も早く安全を確認しなければいけない。

 スワロー・エンゼルの炭水車には確か通路はついていないはずだ。であれば、前部ドアは施錠されている。確認するのも面倒だ。通路を走りながら撃鉄を引き起こし、ほぼゼロ距離で引き金を引いた。

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