仮面

 返事は無かった。


 真っ暗な家の中に向かって言った言葉は私の悩みと混ざって頭の中で小さな渦を作った。

 玄関で靴を脱いで上がると自動で家の電気がつく。いつも通りの無機質なモノトーンの室内が酷く淋しく感じた。

 リビングと台所の間の壁に掛かっているシンプルな時計を見ると、三つの黒い針が指すのはどれも『6』だった。

「六時半じゃお母さんもお父さんも居ないのは当たり前か……。それよりも、オークションは九時からだし会場近いからまだ間に合うし行こ。」

 階段を上がって自分の部屋の扉を開ける。

 部屋に入ると左にあるクローゼットの抽斗から白い地に蒼色の大きな蝶と、その周りに花とダイヤが付いている目元だけが隠れる仮面を取り出し、付けた。

 抽斗を閉めて、今度は抽斗の上の扉を開け、奥の方に手を伸ばすと革のアタッシュケースを引っ張り出した。その中を開けて確認すると、今までで貯めた、即金で何でも買えてしまいそうな程の大量の札束がびっしりと詰まっていた。


 アタッシュケースを持った制服姿の仮面の少女は家を出て、夜のオークションへと歩いて行った。


 会場は、この街で1番大きな文化会館で、参加者の席は中央のステージを囲み、見下ろすように造られている。

 会場に着くと、三つの入り口にそれぞれ2人、オークション関係者がつき、パドル(参加者一人一人に渡される番号付きの札)の受け取りを待つ人で長い列が建物沿いに出来ていた。そして、参加者は皆身分を隠すための目元だけが隠れる仮面を付けていた。参加できるのは会場の席の数だけなので、最後尾に向かうリーゼは段々と不安になっていった。


 会場の周りには木や花が植えられており、それを眺めて時間を潰していると、その間に列はどんどん進み、リーゼの番になった。リーゼのパドルには『2100』と書かれていた。

 そして、リーゼが会場に入ると扉が閉められた。

 そこには広いロビーがあり、落ち着いた朱華はねず色の薄暗い光で満たされていた。

「本日はどんな商品が出るんでしょうね。」

「私、若い肉が出るとついさっき誰かが話しているのを聞きましたのよ。」

「そうか、私は数が多いと聞いたのだが。」

 様々な人の今日の商品への期待、憶測の混ざった噂話を聞きながら、リーゼはロビーを進んで行った。

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