異常と変身

 そうして始まった平凡な一日は退屈な4時間の授業が終わると同時に変わってしまったらしい。


 昼飯の卵のサンドイッチを食べた後、頭の中が、脳漿が脳味噌を撫でる様なぐるぐると、ムズムズとした不思議で不快な感覚が頭の中を駆け巡り、やがてそれは神経を通って身体中に広がり、肌にまで染み出てきた。あぁ、気持ちが悪い…。取り敢えずお手洗いへ行き、ふと、目の端に鏡が……。

 鏡には全くの別人が映っていた。美しいサラサラなロングヘアはふわふわとした癖のあるセミロングの髪に、白かった肌は小麦色へと変わっていた。私はナルシストでは無いが、自分の見た目が自分らしくてそれなりに気に入っていたし、やはり、自分では無くなってしまうかもしれないのは怖かったので、自分の元の姿をぐるぐると不快な頭に描き、戻りたいと強く願った。すると、元の綺麗なロングヘアに白い肌の姿に戻ることが出来た。すると突然、先程まで身体中を覆っていた不快さがまるで元から無かったかのように消えた。


 そして今に至るという訳だ……。


 正直思い当たるところといえば父の実験なのだが、父はこんな酷いサプライズはしない。最初にこの実験において危ない点、失敗するとどうなるか、今のところの失敗する確率などを詳しく教えてくれる為、あまり信じられない。


 それならば、誰だ……。この実験を知り、行っていたのは私の父だけの筈。情報が漏れ、完成品が盗まれたとしか考えられないが、一応帰ったら聞いて--


 ここまで考えた時、突然、先程と同じ不快感に襲われる。あぁ、気持ちが…悪い…目眩がする……。そして私は意識を失い、鏡の前で倒れた。




 どれほどの間気を失っていたのだろう……。


 閉じていた瞼をゆっくり開けてみるとそこは気を失う前とは違い、見回す限りの白だった。とは言っても、雪ではない、人工的な眩しい白だった。


 暫く見回してみたところ、隅にある影から、ここはそんなに広くはなく、どちらかと言うと狭い部屋だということがわかった。でも、それ以上は探ることが出来ない。手足と腹部が何かで固定、拘束されている。


 ここは何処だろう。


 なんの為に拘束までして狭い部屋に──


 そういえば、父は実験をしたときに成功した実験体に異変が起きないか確認するために実験体をいつも何も無い部屋に閉じ込め、経過を観察すると言っていた。誰に実験されたのかは分からないが、その人は父と同じく研究者なのだと予想したところで私は気付き、驚いた。


 あぁ、なんだ、この拘束は私には無意味ではないか。なんでこんなに困っていたんだろう。


 そして、私は再び変身する。


 自分よりも小さなものに、自分の知っている中で、自分より小さくなるように──


 何故か、全く気持ち悪さは無かった。


 目を閉じ、開けるといつもと見ている風景が違った。


 拘束していたのは金属だった。それを鏡のようにして姿を見る。私はベージュの斑模様に白の斑が入った、レックスの飼っている猫に変身していた。動物に変身することが出来たことに驚き、思わず声を出した。


「私、人だけじゃなくて動物にもなれるんだ……。あれ……?」


 しかし、その猫から出てきたのは猫の鳴き声ではなく、リーゼのいつもの声だった。


 そして、さっきまでは見えなかった鍵のない扉から人の姿に戻って急いで外へ出た。

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