第22話 『世界最強』の男と『モテる』男

「……ふざけるな!!」


 飛琉真は力雄に飛びかかる。

 だが、その瞬間、飛琉真の眼前に広がったのは、大量の砂利だった。

 それは、飛琉真の目を盗んで力雄が握り込んでいたモノ。


「ルールはないんだろ? じゃあなにを投げてもいいわけだ」


「……ふん!」


 だが、そんな砂利など、『世界最強』である飛琉真にとってなんの意味もない。

 軽く腕を振るだけで、飛んできた砂利は全て吹き飛んでいく。


「……ぬぅ!?」


 しかし、腕を振るって砂利を吹き飛ばした瞬間には、また飛琉真に向かって砂利が飛んできていた。


「どんどんいくぞー」


 飛琉真は飛んできた砂利を腕を振るって飛ばすが、その瞬間にはまた飛んできている。


「コイツ……!」


 ただ闇雲に投げつけてくるだけではこうはならないだろう。

 飛琉真の動きにあわせて、動きを止めるように力雄が計算して投げているのだ。


「……ぬん! ぬん! ぬん! ぬん!!」


 飛琉真にダメージはない。

 だが、完全に飛びかかろうとしていた飛琉真の勢いは殺されていた。


 殺されてはいたが……別のモノが飛琉真に貯まっていく。


「ぬん! ぬん! ぬん……ぬぅうううううううん!!」


 それは、鬱憤だ。


「ナメるなぁ! 小僧がぁあああ!!」


 たとえ、まともに当たってもたがか砂利ごとき『世界最強』の肉体の前ではダメージにならない。

 もう、砂利を吹き飛ばすのを止めて、飛琉真はそのまま力雄に突撃することにした。


 それが、力雄の狙いだった。


「……っ!?」


 砂利に紛れて、大型のナイフが飛琉真の顔に向かって飛んできている。

 完全に、避けられるタイミングではない。


「何を投げてもいいよな? 砂利だろうと、ナイフだろうと」


 周囲の空気を弾くような激しい金属音が広場に響く。

 飛琉真の頭が、大きく仰け反っていた。


「…………っく」


 確実に。

 力雄があの力を上げるおじさんからもらった重量が10キロは超えるナイフは飛留真の頭に当たった。

 

 だが、飛留真はゆっくりとその仰け反らせていた頭を元に戻した。


「……く……くははははっはは!」


 そして、飛留真は額に手を当て、笑う。


「いい! いいぞ小僧! たかが砂利ごときを投げつけてきたときは落胆したが、今のはいい! 砂利の目くらまし! だが、何よりもあのナイフの重さとスピードよ!!」


 飛留真が額からはなした手には、血がべっとりとついていた。


「あまりの衝撃に一瞬意識が飛んだわ! 見よ! この『世界最強』の肉体に、血を出させた!! 銃でさえ、不可能であったのに! あのナイフの重さはどれほどだ! そして、どれだけのスピードで投げたのか!!」


 力雄の足下に、ナイフが刺さる。

 今まで、空中に浮いてたのだろう。


 飛留真の額とぶつかり、額に弾かれて。


 それが、やっと落ちてきたのだ。


「100は確実に超えているだろう……もしかしたら200は出ているかもな。あの重さのナイフを、そんなスピードで投げられるわけがない。なるほど、小僧。貴様も我と同じ、『世界最強』の肉体を持っているというわけだ」


飛留真の問いに、力雄は落ちてきたナイフを引き抜きつつ言う。


「……いや? そんな世間知らずのガキが持つような願いを俺が持っているわけないだろ。俺はただの『モテる』男だ」


「ほう、答えぬというわけか。答えぬというなら……その体に聞こう!」


飛留真が、再び力雄に突撃してくる。


「……しっ!!」


それにあわせて、力雄は引き抜いたナイフを飛留真に向かって投げた。


「効かぬわぁああ!!」


それを、飛留真はあっさりと拳で弾き飛ばす。


「恐ろしいまでの重さとスピードのナイフ! しかし、たかがナイフ! 気合いさえ入れればナイフごときでこの最強の肉体に傷を付けられると思うな!!」


完全に力雄に肉薄した飛留真が、腰を落とす。


「ぬぅううううううううん!!」


飛留真が踏み込んだ地面から、砂利が巻き上がる。


豪腕が竜巻のように力雄の腹部にめり込んだ。


「剛衝破!!」


「っっっっ!!!」


力雄が、大砲で撃たれた砲弾のように広場の奥、林に向かって飛んでいった。


「……ふむ。なるほど」


大股で歩きながら、飛留真は飛んでいった力雄を追いかける。


「不可思議だ。本当に。不可思議だとしか言いようがない」


力雄は、地面に横たわっていた。


体中に泥と草木がついていて、ビショビショのボロボロになっている。


「立て、小僧。効いていないのだろう」


だが、そんな力雄を見て、飛留真はそう指摘する。


「……バレたか」


力雄は、むくりとその身を起こした。


「あんなに手応えがなかったのは、はじめてだからな。殴ったのに、殴れていない。まだ羽毛の方が感触があるような感覚だったぞ」


「効いていないわけじゃないけどな。見ろよ。体中泥だらけだ。『モテる男』として最大級のダメージだよ、これ」


力雄の軽口に、飛留真は顔をしかめるだけだ。

先ほど、力雄を殴ったのは、飛留真にとって全力の一撃だったからだ。


力雄の『力』を自分と同じ『世界最強』の肉体であると飛留真は考え、だからこそ全力で殴ったのだ。


なのに、力雄にダメージはいっさいない。

それに、確かに殴ったのに飛留真に力雄を殴った感覚がなかったのだ。


「小僧。貴様はいったいなんなのだ? 我と同じ『世界最強』の力では、あんな事は出来ない。我にはあんなことは出来ない。殴られたことをなかったことにするようなことは……」


「だから、何度も言っているだろ?」


力雄は、体を起こしただけで、まだ地面に横たわっていた。

水たまりが出来ていて、泥だらけの、ぐちゃぐちゃの地面に。

今日は、別に雨なんて降っていないのに。


「俺は、『モテる』男だ」


力雄は、そのまま水たまりを、泥水を持ち上げる。


「ぬぉっ!?」


泥水は、飛留真の足下にも広がっていて、まるで網のように飛留真を覆い、包んでいく。


「っ! っっっ!?」


「アンタが『力』の持ち主だとわかって、尊稲ねーちゃんの道場を探しているってわかって、帰ってお払いを頼まれたっていうサスマタを調べてさ。どうも、アンタの『力』が単純な筋力だって思って、いろいろ準備なんてしてみたわけだ」


濁っていてよく見えないが、泥水の中を飛留真がもがいている。


その足下にはブルーシートが広がっていた。


「ブン殴られたら、これくらいは飛ぶよな、ってところに穴を掘って、ブルーシートをかぶせて、その上に泥の水たまりを作って……普通だったら何時間かかるんだろうな、これを作るのに。俺は『モテる』から簡単に作れたけど」


飛留真が、膝を落としていた。


もう、もがいてもいない。


「まぁ、聞こえていないよな。アンタの限界も、分かった。そろそろ終わりだ」


力雄が持っていた水に力をこめる。


だが、その直前に、飛留真の体を覆っていた泥水が突然弾けた。


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