第21話 『世界最強』の男の始まり
剛石 飛琉真(ごうせき ひるま)
彼は強い男になりたいと思っていた。
誰よりも強い男に。『世界最強』になりたいと思っていた。
そこに、理由を聞かれるとなら、ただなりたいと思ったからとしか答えられないが、でも、彼はそれを望んだ。
しかし、彼が『世界最強』を目指してどんなトレーニングをしても結果が出ることはなかった。
『世界最強』という彼の望みは、近づくことさえ叶わなかった。
そんなときに、飛琉真の前に現れたのが、おかしな日本語のTシャツを着たおじさんだった。
彼は言った。
『力をあげる』と。
「知らないって答えたのにな。イヤな予感がしていたから念のために来たけど……本当にいるなんてな」
治安部隊を潰し、最後にこの町で最強と噂されている古武術の道場へと飛琉真はやってきた。
昔通おうとした事もあったが、恥ずかしい話、道場の門を開くことさえ出来なかったのだ。
その道場はもうすでに軟弱にも潰れていたのだが、そこにいた道場の娘を飛琉真は気に入ってしまった。
顔はめがねをかけ、優しそう……もとい、弱そうな顔をしていたが、その娘の体は実にそそられるモノだった。
出ているところは出ていた、なおかつしっかりと鍛えられている肢体。
『世界最強』の女の一人にはふさわしいと飛琉真は考えたのだ。
なので、当然のように飛琉真は女性を自分のモノにしようとしたのだが……邪魔が入った。
邪魔をしているのは、学生服を着ている、少年。
「さっきの小僧か。なぜここに……? いや、そんなことより、なぜ貴様は我の腕を掴んでいる?」
不可解そうに、飛琉真は言う。
実際、不可解だったのだ。
なぜ、こんな少年が自分の腕を掴めるのか、掴めているのか飛琉真は不思議だった。
飛琉真の今の腕は、いや、肉体は『世界最強』だ。
殴れば障子の紙を破くよりもたやすく、コンクリートの壁に穴をあけるし、蹴れば大木でさえ一撃でその根ごと吹き飛んでいく。
女性がしたように、熟練した技術を持ってすれば、一度くらいは飛琉真の手を弾く程度は出来るかもしれないが、飛琉真の腕を掴み、その動きを止めることなど、出来るわけがないのだ。
なのに、少年に掴まれている腕を、飛琉真は動かすことが出来ないでいた。
「なんで掴んでいるかなんて、簡単だろ? 尊稲ねーちゃんは素敵な女性で……俺は『モテる』からだ」
「……わけのわからないことを……!?」
意味不明な返答をする少年に、飛琉真は苛立ちを覚えた。
『世界最強』の男に、そんな感情を持たせてしまうなど、それだけで万死に値する。
なので、その生意気な顔を潰してしまおうと飛琉真は掴まれている方と逆の手で少年を殴ったのだが……その手も、少年に掴まれ、止まってしまう。
「こ、小僧……っ! お前は、一体……!?」
「……尊稲ねーちゃん」
「……は!? な、なに!?」
飛琉真が自分のモノにしようとしていた女性が、驚いたように少年に返事をする。
「ちょっと道場の前の広場を借りていい? コイツに話があるからさ」
「い、いいけど……」
尊稲と呼ばれた女性の返事を聞き、少年が生意気にも飛琉真を見て、笑みを浮かべる。
「……じゃあ、おっさん。続きは道場の前で、だ。それとも、『世界最強』のおっさんは、誘いにも乗れないビビりなのかな?」
「……どこでそれを……? まぁ、いい。その広場とやらに足を運んでやる」
飛琉真の返事を聞き、少年が手を離す。
飛琉真は念のために自分の腕の調子を確かめたが……なんの問題もなく動く。
(……なぜ、動かせなかったのだ?)
疑問はあるが、少年はそのまま店を出ていこうとする。
「ら……力雄くん!」
そんな少年に、尊稲が声をかける。
「あの、その……」
「大丈夫だよ。尊稲ねーちゃん。あ、あとこれは喧嘩じゃないから」
くすりと、力雄と呼ばれた少年が笑う。
「これは、尊稲ねーちゃんを守るためだから。だから、師匠も許してくれるでしょ?」
そんな会話のやりとりをして、少年、力雄は店を出ていき、そのあとに飛琉真が続いた。
「……なるほど、貴様はこの道場の元門下生……か」
「門下生ってほど練習はしてなかったけどな。でも、俺が一番強かった」
当然のように、なんの気負いもなく、力雄は言う。
そして、それは事実なのだろう。
そうで無ければ、『世界最強』の腕を掴むことなど、出来ないのだから。
「つまり、貴様に勝てば、この道場の看板は我のモノということか」
「看板なんてもうないけどな……さて、着いたぜ」
石段を登り、少しして砂利が敷かれた広場に出た。
その奥に道場があり、確かにそこにはもう看板の跡があるだけだ。
「……場所はこっちが決めたからな。ルールはそっちが決めていいぜ?」
「ほう……? どうやら、貴様はこういったことに慣れているようだな」
力雄という少年の見た目は、現代の高校生ぽい軟弱なモノなのだが、先ほどからの立ち振る舞いは、荒れ事に慣れているものだ。
「……昔、ちょっとな。黒歴史だ。で? どうする? 腕相撲でもするか?」
「はっ! バカが。貴様もわかっているだろう。そんな軟弱な勝負は女子供がするものよ。ルールなどない勝負こそ至高。意識を持ったまま、立っているモノが勝者よ」
「……つまり、反則なし。気絶した方が負けってことでいいな? 勝った方は……」
「あの娘をもらう。看板は確かになかったからな。せめてそれくらいは持ち帰ろう」
飛琉真の提案に、しかし力雄は首を振る。
「それじゃあダメだな」
「……なに?」
「尊稲ねーちゃんは当然守るが……あんたにはその『力』を失ってもらう」
「……『力』だと? 貴様、なにを知っている?」
「あんたのその馬鹿力。おっさんからもらっただろ?『力』をあげるおっさん。それを、おっさんに消してもらう」
「貴様……なぜそれを知っている? 何者だ、おまえは!」
この、奇跡のような力について知っている存在に、飛琉真は驚き、問いつめる。
しかし、そんな飛琉真の問いに、少年はこう答えた。
「俺は、ただの『モテる』男だ」
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