第20話 『世界最強』の来店

「……ふぅ。そろそろ閉めようか」


 うんっと伸びをして、尊稲は外をみた。

 もう、日が落ちようとしている。

 時間もちょうど頃合いだ。

 今日はデザインの仕事がよく進んだので気分が良かった。


(……力雄くんが来てくれたからかな?)


 弟のような少年のことを思い出し、尊稲はふっと微笑む。

 もう、弟子でもなんでもないのに、こうやって顔を見せて、さらにお店の手伝いまでしてくれる。


(本当に、変わったよね、力雄君。中学生の時は、手伝いなんて絶対にしてくれなかったのに)


 中学生の時の力雄は、一言でいうなら……そう、グレていた。

 グレるといっても、悪い仲間とツルんで何かをするというタイプかじゃなくて、道場で鍛えた身体能力で、誰彼かまわず喧嘩をうるような、そんな少年。


 それが変わったのは、尊稲の父親が死んだ時ぐらいからだろう。


 詳しくは尊稲も知らないが、いろいろな出来事が、力雄を変えてしまったそうだ。


「それで『モテる男になる』なんて言い出すとは思わなかったけどね」


 くすっと、尊稲は笑う。

 異性にモテようとする事は、悪いことではない。

 でも、それは堂々と声にすることではないと尊稲は思う。


 だが、それでも昔の力雄よりは、今の力雄の方が素敵だろう。

 

 一人でお店を経営している尊稲にとって、たまに手伝ってくれる力雄は、本当にありがたいのだ。

 経営面からではなく、心理的に。


「美命ちゃんとかは、今の力雄くんに不満があるみたいだけどね。でも、そういえば……」


 今日の力雄は、ちょっと中学生のときみたいだったな、と尊稲は思った。


 あの、だれでも喧嘩を売る、見境なく喧嘩を売りつける、日本刀のようなギラギラとした雰囲気。

 中学生の頃に比べたら、もちろんかなりマシではあったが、その片鱗が確かに今日の力雄から感じていた。


「……何かあったのかな?」


 そういえば、近頃いろいろ物騒な話を聞く。

 特に、力雄が通っている高校の付近で。


「大きな狼みたいな犬を見たって話もあったっけ? あとは……」


 今日ビールの発注を受けた、もと政治家の事務所も、なにやらピリピリとしていた。


 実際に、ちょっとピリと静電気のような感覚を覚えたくらいだ。


「……変なことが起こりませんように」


 父と、それに近くにいる力雄の家の神社の神様に向けてそういうと、尊稲は店を閉めるために扉に向かう。


 ちょうどそのときだった。


 ぬっと、筋骨隆々の大男が店に入ってきた。


「……邪魔をする」


(……厄介だな、この人)


 大男を見た瞬間。

 尊稲は大男の人となりを察する。


 疑わしそうに周囲を見ているくせに、堂々した態度。


 自分を正しいと思っている、何事も自分のいうとおりに進まないと気が済まない自己中心的な人物。


 それが、大男を見た尊稲の感想。

 話もせずに見た目だけで人の内面を判断するのはよくないが、自己中心的な人物は道場の関係上たくさん見ていた。

 そういった人物の自尊心を折るのが道場の仕事でもあったのだ。

 だから、この評価に間違いはないと尊稲は確信している。


「あー申し訳ございません、お客さん。今日はもう閉めちゃうんですよ」


 何か問題が起きる前に、店から追い出した方がいい。

 そう尊稲は判断したのだが、大男は尊稲の話を聞いていないのか、キョロキョロと店を見渡すだけだ。


「あのー……?」


「ここは古武術の道場をしていると聞いたのだが……」


「あーそれはもう止めたんですよ。父が他界してしまって……」


(……そっちか。やっぱりメンドクサそう)


 愛想笑いを浮かべながら、尊稲は内心ではため息をつく。

 もう、数年も前に止めた道場について訪ねてくるのだ。父の知り合いではないし、男の様子から見てもまっとうな用事ではないとすぐにわかる。


「……そうか、残念だ。しかし、そうなるともうこの町に強者は……」


 はぁ、とため息にしては大きすぎる息をはくと、大男は尊稲に目を向けた。


「……ほう?」


 そして、じろじろと、上から下まで尊稲のことを舐めるように見てくる。


「な、なんですか?」


 気持ち悪い。

 いやな雰囲気だ。


 一歩だけ、大男から距離をとる。


「……ふむ。父と言っていたということは貴様はここにあった道場の娘と言うことだな?」


(……初対面の人に向かって、貴様って)


「そうですが、何か?」


 険呑な声を発して、尊稲は答える。


「いや、『世界最強』である我にふさわしい女だと思ってな。その体つき、実にそそる」


 と、大男はニヤツきながら堂々と言った。


「……っ!」


 異性からそういった感情で見られることは多い尊稲だが、ここまでストレートに性欲を向きだしにされることはそんなにない。

 少し言葉につまり、だが、すぐに持ち直す。


「そうですか。お断りですね」


「貴様に拒否権などあるわけがないだろう? この『世界最強』が望んだのだ。大人しく我のモノになるがよい」


 ニヤニヤしながら大男が手をのばしてきた。

 それを、尊稲はパンとはじく。


「……触らないでください。警察を呼びますよ?」


 明確に拒否を示し、警察を呼ぶと言ったのに、大男は笑みを浮かべたままだ。


「このまま帰らないなら、本当に……」


「呼ぶがよい。なんなら、治安部隊に連絡してもよいぞ? 来るかはわからんが……」


「なにを言いたいんです?」


 いぶかしむ尊稲に、大男は笑みを深くする。


「やはり知らんか。まぁ、一般人は知らぬだろう。この町の治安部隊は昨日我が潰した。警察を呼んだところで……警官の100や200問題はない」


「なっ!? そ、そんなわけ……」


「治安部隊なぞ、先の大戦で出来た軍隊上がりにすぎん。プライドが高いだけの集団だ。『世界最強』の我に勝てる道理なぞあるわけがない」


「世界最強って……さっきからなにを言って……」


「ふむ……では、見せよう」


 大男がそういうと、近くにあったビール瓶を一本手に取った。


「我は『世界最強』この手はどの生き物よりも強く。足はどの生き物よりも早い。その最強の手で握れば、こんなビール瓶など……」


 大男がビール瓶をぎゅっと握ると、そのビール瓶がすべて大男の手のひらに包まれてしまった。


 瓶が割れる音もせずに。


「な、なにを……」


「……ふん!!」


 さらに力強く大男が瓶を握る。


「……ほら、見てみろ」


 そして、大男が手をひろげ、その中身を尊稲に見せてきた。

 それを見て、尊稲は絶句する。


「な、なにそれ……」


 男の手のひらには、ビールの瓶の色をしたビー玉があった。そのビー玉には、蓋の王冠が埋まっている。


「ビール瓶をビー玉に変えることもたやすい。この握力があればな」


 尊稲は、さらに数歩大男から距離をとった。

 もっと距離をとるべきなのだろうが、もう、背中は壁についている。


「これが我。これが『世界最強』だ。どうだ? 我のモノになりたくなっただろう?」


 大男がじわじわと尊稲に近づいていく。


「……なるわけないじゃない」


 この男に勝てないと、尊稲はわかった。でも、じゃあ男のモノになるかは、別問題である。


「ふははははは……そうか……なら無理矢理でも我のモノにしてやろう」


 大男の手が、尊稲に迫る。


(……早い、それに強い!)


 先ほどのように、払い落とせないだろう。

 その手の早さと力に圧倒されてしまい、尊稲は動けなかった。


 尊稲は、ただ身をぎゅっと固める。


 大男の手は、尊稲の衣服を簡単にはぎ取り、その尊厳を傷つけるだろう。

 尊稲にふれることが出来れば、だ。


「……誰を誰のモノにするって?」


『世界最強』を自称する大男の手は、止められていた。


「……ぬぅ? 貴様は……」


「俺をさしおいて、尊稲ねーちゃんに手を出すんじゃねーよ、おっさん」


 世界一『モテる』男を自称する男。力雄によって。

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