第19話 モテる男の昼食

(……7人、か)


 尊稲の商品の片づけをしたあと、工作の道具を落として困っていた女子小学生を助けたりしながら、力雄は学校に到着した。


 もう、昼休みの時間だ。

 昨日のおかずを詰めただけのお弁当を食べながら、力雄はおじさんが言っていた言葉を思い返す。


(7人。俺の『モテる力』と同じような力を持った奴がいる……重作先生みたいな)


 重作が持っていた、止める力。

 触ったモノを全て止めてしまう力を相手に、力雄は先日、からくも勝利した。

 力雄の『モテる力』で重作の止めたモノを持てたから何とか勝てたが、しかし、ギリギリだった。


 実際、一度力雄は重作に全身を止められていたのだ。


 全身を止められた、ということはつまりそれは殺されていたようなモノではないか。


「……っ」


 あの日から、何度も思い返しては反射的に走る寒気に力雄は身を振るわせる。


 こうして、生きているからよかったが、死んでいたかもしれないという事実は、それだけで恐怖だ。


(……落ち着け。もう重作先生はいないんだ)


 あの日、おじさんが去った後、力雄は警察に連絡した。


 教師が倒れている。


 それだけを警察には伝え、力雄はまだ意識を失っていた守を連れてすぐにその場を離れたのだが、どうやら警察は力雄たちにとって都合よく処理してくれたらしい。


 重作は、次の日には学校を退職していた。


 それっきり、この件については何もない。


 てっきり、保安部隊に連行でもされるかと思ったが、事情聴取さえされないのだ。


 このことを考えると、さすがに力雄も分かる。

 自分が、国も関係しているとんでもないことに巻き込まれていることに。


(……でも、結局やることは変わりない。俺が望むのは『モテること』なんだから)


 だから。


(もし、俺のモテ活を邪魔するやつがいたら、排除する。絶対に……俺の周りの人は傷つけさせない)


 守も、美命も、力雄と同じような力を持つ者に狙われ、危険な目にあってしまった。

 もう、これ以上同じことは繰り返していけない。


(どこの誰が能力者か。別に仲間とかになる必要はないけど、せめて顔くらいは知っておかないとな。能力者同士は……いや、『御術』持ち同士は惹かれあう、か)


 おじさんが言っていた、言葉。

 確かに、力雄と重作は『御術』という能力を得てすぐに対決した。


(あと5人……いや、たぶんあと4人)


惹かれあう、と言うのなら……力雄には一人、心当たりがあった。


 確証はないが、おそらく間違いない。


 ただ、その人は危険性はないはずだ。

 だから、考えるのは4人だけでいい。

 その4人と、敵対してしまった時を考えるだけでいい。


(……『モテる力』か)


 また、あんなマンガみたいな戦いをしなくてはいけなくなったとき。

 この『モテる力』でどこまで出来るのか。

 重作が使っていた『止める力』。

 アレと同じようなことが出来る力が、今後も出てきて、そのときどうなるか。


(重作に勝てたのは、正直、運だ。モノを持てるだけの『モテる力』この力を使い道をもっと考えないと……)


 と、つらつらと考えていた時だ。


「……力雄? どうしたの?」


 美命が、力雄をのぞき込んでいた。


「……どうしたって、何も」


「だって箸が止まっているじゃん。それにすっごい難しい顔をしていたし。なんか、中学の時みたいだったよ?」


「……へ? 俺そんな顔していたのか? なにそれ恥ずかしい」


 力雄は慌てて頬を押さえる。

 それから、周囲を見渡すと、クラスメイトが力雄に注目していた。

 その目には、覚えがあった。中学生の時のような……距離のある、冷たい目。

 どうやら、本当に力雄にとっての黒歴史である中学生の時のような表情を学校で見せてしまったようだ。


「あ……あはは。大丈夫大丈夫。俺はいつものモテ男。皆のアイドル力雄くん……だよ☆」


 そういって、力雄は周囲の皆……主に女子に向かって必殺のスタースマイルαを放つ。

 もちろん効果はない。


 ただ、それで力雄がいつもの力雄だと思ったのか、周囲の皆は力雄から目をそらした。


「……ふぅ。助かったぜ美命。まさか俺が中学生の時みたいな表情をこの学びやで晒していたなんてな……」


「あのバカみたいな笑顔を見せるなら中学の時の表情の方がマシだったと思うけど……」


 なんて美命は嘆いているが、力雄はそうは思わない。

 中学の時の力雄は、力雄自身にとって許せないのだ。

 あんな願いは、黒歴史にふさわしい。


「……で、何を考えていたの?」


 美命の問いに、力雄は肩をすくめる。


「別に何も。どうやったらモテるかなって考えていただけだ」


「本当に、そんなことであんな顔をしていたの?」


 疑わしそうに、美命は力雄を見てくる。

 腐っても、幼なじみ。同じ屋根の下で暮らしている。


 美命相手に嘘をつくのは容易ではない。


「ああ、ウソじゃない」


 ただ、でも『モテること』を考えていたのは完全には嘘ではない。

 だから、美命も折れてくれた。


「……まぁ、いいけど。そういえば力雄の中学生の時で思い出したけど……」


「そんなことで思い出した話は聞きたくないけどな」


 せっかくの話題転換だが、中学を出されると話す気がなくなる。

 だが、美命の話の内容は、力雄にとってとても興味深いモノだった。


「おばあちゃんの話だと、近くにある治安部隊の道場が襲われたらしいよ。50人近くの隊員さんたちが全員病院送りだって。まだニュースとかには出てないけど」


「……へぇ」


 まさかな、という力雄の思考は、次の美命の言葉で確信に変わる。


「なんでも、化け物みたいに強い人だったって。捕縛ようのサスマタなんて、スプーン曲げみたいにぐにゃぐにゃでさ。あんまり気味が悪いから、悪霊とかじゃないかって治安部隊の人たちがお払いに来ておばあちゃんちょっと忙しそうだったよ」


 放課後。

 力雄は一人道を歩いていた。


(……ぐにゃぐにゃのサスマタ……ね)


 何度か触ったことがあるが、捕縛用のサスマタは、暴れる大人を押さえつけられるように、そんなに柔らかい材質で出来てはない。


 とてもじゃないが、曲げようなんて思える代物ではないのだ。


(もしかしたら、プロの格闘家とかなら、全力を出せば曲げられるかもしれないけど……)


 仮に、治安部隊の人たちが暴れている犯人を取り押さえようとして使ったのなら、悠長にサスマタを曲げる余裕なんてないはずだ。


 ましてやグニャグニャに曲げるなんて、確実に無理だ。


 普通の人間なら。


(……『モテる力』と同じような力の持ち主がやった。だとしたら、そいつはどんな『力』の持ち主か……治安部隊の道場を襲ったなんて、マトモな奴じゃないよな……)


 関係がないなら、それでいい。

 だが、『力』の持ち主同士が引き合うというのは本当のようだ。


 現に、治安部隊の襲撃なんて普通では手には入らない情報が、力雄の耳に届いている。


(……サスマタを曲げられるなんて、どんな『力』かな……あーあ。なんで俺がこんなことを)


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと力雄は目を上げた。

 男が一人、歩いてくる。


(……でけぇ)


 その男を一言で言うなら、それは筋肉だった。


 筋肉の固まり。


 背丈は2メートルはあろうかという、全身が筋肉の大男。


(……目があった)


 視線と視線が交差したのを、力雄ははっきりと感じ取る。


(話したくはないけど……)


 だが、目があった。

 そして、男が話しかけてきた。


「……少年。少し訪ねたいことがあるのだが」


 答えないわけには、いかないだろう。


「……なんですか?」


 ぶっきらぼうに力雄は答えたのだが、筋肉男は特に気にしないようだ。


「いや、この辺りに盾石道場(たていしどうじょう)という道場があるの聞いたのだが……マップで調べても出てこなくてね。どこにあるのか……」


 男性の体と比べると、やけに小さい端末を見ながら男性が肩をすくめる。


「……すみません。ちょっと分からないです。この辺に道場なんてなかったと思いますが……」


「……そうか。ありがとう」


 そう言って、男は歩いていく。

 その筋肉男の背中を、力雄はじっと見ていた。


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