第18話 最強の男
最強。
最も強いと書いて、最強。
この世界で一番強い種族の雄に生まれたならば、それは望んで当然の願望だ。
だから、望んだ。
あのとき、妙な雰囲気のおじさんに。
『力をあげる』とか言うおじさんに。
俺は望んだ。
最強の力を。最強の肉体を。
「お、お前……なんだ? なんでこんなことを」
鍛え抜かれた、だが先ほど俺が簡単にひねりつぶした男たちの一人が、息も絶え絶えに聞いてくる。
当然の答えを。
この国の治安を守る集団の一員なのに、そんなことも分からないらしい。
嘆かわしい。
「……一つは、おまえ達はそこそこ強く、そしてメンツを最も大切にしている集団だからだ。だからこそ、丸腰の男一人に全滅させられたなんて、公表出来るわけがない。故に、問題にもならない。だからこうして俺は足を運んだ。おまえたちを叩きのめした。そしてもう一つ。なんだ、という問いには、俺はこう答えよう」
俺は、両手を広げる。
これは、宣誓だ。
世界に対して。
この世の全ての男に対して、俺は言う。
「俺は世界最強の男だ」
そう答えて、俺は去る。
俺に対して、手も足も出なかった、この国の治安部隊。
その修練所を。
『世界最強』その俺を追ってくる者なぞ、いなかった。
当然だろう。
用意した拘束具も、電撃を放つ捕縛のための銃も、鍛え上げた彼ら自身の肉体も。
全てが俺に、『世界最強の肉体』を持つ俺に通用しなかったのだから。
世界一モテる男の朝は早い。
早朝からランニングをして体を起こし、
井戸の水で体を清める(本当はシャワーを使いたかったのだが、毎日朝からシャワーなんて贅沢だ、という理由でシャワーを使わせてもらえないための妥協)
ワックスは、もう完全に使わせてもらえなくなったので、せめて寝癖はないように櫛で髪を解かす。
最後に、サッと香る程度に香水を振り、準備完了だ。
「そんなモノ、オナゴじゃあるまいし振るんじゃないよ」
そのまま意気揚々と玄関から出かけようとした力雄を睨みつけるように、美智子おばあちゃんが力雄に言う。
「……いや、『モテる男』になるためにこれは必要な事で……」
「はいはい。まったく、なんで『モテる』なんて軟弱な事を言うようになったのか……」
力雄の言葉を美智子おばあちゃんは遮る。
「『モテる』事は、決して軟弱なんかじゃ……!」
「軟弱だろう? 中学のあのときと真逆じゃないか」
美智子おばあちゃんの言葉に力雄は口をつぐむ。
中学のあのときの事に、力雄は正直触れられたくないのだ。
そんな力雄を見て、美智子おばあちゃんはふっと笑う。
「まぁ、アンタが軟弱だろうがどうでも良いことだよ。私には。所詮アンタはこの家の子じゃないだ。私が口うるさく言う事じゃないねえ」
ニヤニヤと笑いながら美智子おばあちゃんは居間に戻っていく。
「ばあちゃん」
そんな美智子おばあちゃんを力雄は呼び止める。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
毎朝のお決まりの挨拶を終えて力雄は向かった。
学校ではない。
学校に向かう前に、力雄はすることがある。
モテる男がするべき活動。
モテ活だ。
「おはようございます」
「あら? 力雄くん? 久しぶりじゃない? 確か、また入院したんだって?」
驚いたような顔をした後、うれしそうに微笑んでくれたのは、力雄の近所に住んでいるお姉さん。
盾石 尊稲(たていし といな)だ。
ほんわかとした雰囲気が縁の入ったメガネでさらに強化されているような、そんな包容力があり、そばにいるだけで癒される女性だ。
「はい。はずかしながら……」
「美命ちゃんを助けるためにしたそうだけど……無茶はダメよ? もし力雄くんに何かあったら美命ちゃんが悲しむんだからね?」
めっ。と尊稲は力雄を叱るが、叱るというには優しすぎて、照れてしまうくらいだ。
「それで、どうしたの? こんな時間に。まだ学校まで時間はあるでしょう?」
「いえ、いつも通りお手伝いをしようと思いまして。最近入院とかしていてお手伝い出来ていなかったでしょう?」
力雄の言葉に尊稲は、座っていた椅子から立ち上がる。
「あ、ああ。大丈夫。そんな事しなくても。力雄くんだって忙しいでしょう?」
「いえ、させてください。これくらい。このケースはこっちですよね?」
そう言って、力雄は明らかに通路に置いたままになっていたケースの一つを持ち上げる。
「いつものところでいいですか?」
「……もう」
軽々とケースを持ち上げた力雄を見て、尊稲は嬉しそうに表情を崩す。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
尊稲のような綺麗なお姉さんに笑ってもらえて、力雄も嬉しくなってしまった。
力雄がケースを片づけている間に、尊稲は再び、机の上に置いてあるパソコンに向かう。
「……でも、今日はまた一段とケースが多いですね。竜八はどうしているんですか?」
力雄の同級生で、尊稲の弟である人物の名前を力雄は出す。
竜八は今、力雄とは別の町にある高校に通っている。
「あの子は学校が遠いから。朝は早いし、夜は遅いし。それでも手伝ってはくれているのよ? ただ、最近ちょっと注文が多くて片づけきれなくて」
「へぇ、それはよかったですね。売れているんですね。尊稲さんがデザインしたビール」
ケースの中には、白い洒落たデザインのビール瓶が入っていた。
尊稲の仕事は、デザイナーだ。
しかも、よそからの委託ではなく、自分で何をデザインするかを決め、それを商品化して販売までするのだ。
販売は主にネットであるが、実店舗。つまり力雄たちがいる尊稲の仕事場でも購入することが出来、仕入れているビール瓶の数からも、中々売れ行きは良いようである。
「ありがたいことにね。実際そのビール、おいしいから。白い雪みたいな口当たりと、白桃のようなフルーティーさが受けていて」
「へぇ。でも、やっぱり尊稲姉のデザインが良いからでしょ」
「まぁ、そうね」
力雄の言葉に、尊稲がにこやかに答える。
肯定しつつも、どこかに謙遜を感じさせるのが尊稲の魅力だろう。
実際、尊稲のデザインは評価されるべきものではある。
ビール以外にも、木製のアクセサリーや、置物、麻で出来た服などが並べられているが、一つ一つが全てハンドメイドの一点モノため、安い金額ではないのに、付けられている値札は古びていない。
売れているという証である。
「いつか尊稲姉の商品で全身コーディネートしてみたいな」
5桁の値札がついている上着を手に取り、力雄はため息をつく。
尊稲のデザインを考えれば、その上着は決して高くないのだが、高校生で、さらに決して裕福ではない力雄に手が出るかと言えば厳しい金額だ。
「あら。いつも手伝ってくれるし、力雄くんのお願いならいつでもするわよ? お駄賃だと思えば……」
尊稲の申し出に、力雄は首を横にする。
「いや、ちゃんと働いて収入がもらえるようになったら買いにきます。まだ、お駄賃をもらえるほど働いてないし」
そう言って、力雄は尊稲の後方をじっと見る。
尊稲のお店の裏には、階段がある。
その先には、道場があるのだ。
もう、つぶれてしまった、武術の道場が。
「……お金のことはいいってお父さんも言っていたから、気にしなくていいよ?」
「いや、でも……やっぱり、ケジメっていうか」
「ケジメっていうなら、もう十分だし。それに、本当のケジメは、力雄くん、しっかりつけているでしょ?」
尊稲の言葉に、力雄は首を振る。
「いや、まだ全然……」
「出来てなくても、なろうとしていることがケジメだよ」
力雄の否定の言葉を、尊稲は遮った。
その口調が、いつもよりも真剣だったので、力雄は思わず尊稲を見つめてしまう。
優しそうなメガネの奥の瞳は、背筋がピンと正してしまうほどに力強い。
「……もっとも、それが『モテたい』って発想になるなんて、お父さんも思わなかっただろうけどね」
そんな軽口を言って、尊稲は目を細めた。
「尊稲姉ちゃん……」
緊張が緩和し、力雄は思わずガクリと体の力を抜く。
「私はいいと思っているけど、美命ちゃんがグチっていたからね。なんか学校の先輩に手を出しているんだって?」
くすくすと尊稲が笑う。
「美命のやつ……何を言って……」
「すっごい美人さんなんだってね、その先輩。それで、どうなの? うまくいきそう?」
尊稲が、目をキラキラと輝かせて話をねだる。
こういった話にはやはり興味があるのだ。
興味を持たれた、のであるならば、しっかりと答えなくてはならないと力雄は顎に手を当てる。
「……まぁ、バッチリですね。なんといっても……僕ですから」
キラリと、必殺スタースマイルを尊稲に放つ。
もちろん、尊稲に効果はない。
あはは、と呆れた表情を浮かべるのみだ。
「あー、これは美命ちゃんが心配するのも分かるわー。中学の時よりマシだけど、これはイタい」
「……中学の時の話はしないで、尊稲姉ちゃん」
スタースマイルのまま、力雄は頭を下げる。
中学の時の力雄は、本当に黒歴史なのだ。
ましてや、ここは道場が近い。
いやでも、その歴史を思い出してしまう。
その歴史を思い出したくなくて、力雄は話題を変えることにする。
もっとも、それが実は力雄にとって本題なのであるが。
「あー……ところで、さ。尊稲姉ちゃん。最近、変なおじさんに会わなかった?」
「変な男子高校生は目の前にいるけど」
あははと尊稲は笑う。
「……っ。いや、その、変な高校生じゃなくておじさんなんだけど……あと、尊稲姉ちゃんの目の前にいるのは、可愛い弟成分溢れる美男子高校生だよ?」
「可愛いは認めるけど、美男子はよけいかな? 力雄くん。でも、おじさんね……おじさんって年齢の人はよく来るけど、変な人は……いや、変な人も来るか。でも、私のお客さんやビジネスの相手って、そんなのばっかりだし」
尊稲の仕事はデザイナーだ。
その客や仕事相手というのは、やはりそれなりな人物が少なからずいるものである。
「あー……俺が言いたいのは、その、ぼさぼさの髪で、変な日本語のTシャツを着ている、妙な存在感のあるおじさんなんですけど」
「んー……ああ、そのおじさんなら、この前見たよ」
思い返すように目を上に向けていた尊稲は、ぽんと手を打った。
力雄は、ごくりと息をのむ。
「……いつ? それと、何か言われなかった?」
ぎゅっと手を握り、でも表情には何も出さないように気をつける。
「いつって、2~3週間くらい前かな? 何も話してないよ」
尊稲の答えに、力雄はほっと息を吐いた。
「あー、でも、そのおじさん、力雄くんの家の方に向かって歩いてたなー。何? そのおじさんに、何かされたの?」
何かされた。
そう聞かれ、思わず力雄はびくりと反応してしまう。
「へ? い、いや。何も。ただ、怪しいおじさんがいるって聞いて。尊稲姉ちゃんも気をつけた方がいいよと思って」
「……ふーん。そっか」
怪しむように尊稲は力雄を見ている。
そんな尊稲に、力雄はあははと笑顔を浮かべるだけだ。
「あー……ほら、尊稲姉ちゃん、可愛いし、気をつけたほうがいいですよ? 本当に。変なおじさんに声をかけられても、絶対無視しないとダメ……ですよ?」
ぐっと握り拳を見せて、力雄は言う。
その、力雄の態度に、何かを諦めたように尊稲は息を吐いた。
「……分かった。気をつける。でも、力雄くん」
尊稲は、力なく、にこりと笑う。
「何か悩んでいるなら、相談してね。もう道場はないけど、力雄くんは私の可愛い弟弟子なんだから」
その笑顔は、まだ道場があった力雄が中学生の時に見せていたモノと代わりはなく。
「……ありがとう」
と、力雄はお礼を返すことしか出来なかった。
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