第11話 生徒と教師
「……うっ?」
白と黒の混濁が、少しずつ形になっていく。
(……えっと)
自分が気を失っていたのだと理解して、力雄はゆっくり周囲を見渡した。
しかし、暗い。よく見えない。
「……いてっ!?」
体を起こそうとして、力雄はおでこをぶつけた。
「……どこだ、ここ?」
力雄はぺたぺたと手で触ってみるが、冷たい金属の感触と、ごわごわしたシートのような感触しかない。
「いったい……うっ!?」
後頭部と、胸に痛みを感じて、力雄はそれぞれを押さえる。
「えーっと。とりあえず……俺は、階段から落ちたんだよな?」
気を失う前のことはぼんやりと覚えている。
階段を下りようとしたら何かに足を掴まれたような感覚がしたのだ。
(……いや、足を掴まれたというか、コンクリートみたいなモノに固められたというか……)
とにかく、足が固定されたかのように動かなくなったのだ。
それで完全にバランスを崩してしまい、力雄は満足に受け身をとれないまま落ちてしまったのだ。
「……じゃあ、なんでこんなところに……?」
わけがわからない。
(とにかく出たいな。なんかここは息苦しい)
力雄はとりあえず自身の上部にある金属を持ち上げてみた。
なんとなく、力雄は今自分が閉じこめられている場所は車のトランクではないかと思ったのだ。
であるなら、上か横がトランクのドアだ。
押しても開かなかったので、ペタペタと力雄は周囲を触る。
何か金属のパーツなどにも触れたが、それが何か力雄には分からなかった。
もしかしたらそれを使えば中からトランクを開けられるかもしれないが……
「……あー! 暑い! 早く出たい!」
力雄はもう、イライラしていた。
知らない、暗くて狭い場所に閉じこめられるのはストレスを感じるのだ。
力雄は自身の上部にある金属部分に両手を当てる。
触った感じ、この部分がトランクのドアだと思ったのだ。
「うぎぎぎぎ!」
力雄は力を込める。
ミシミシと周囲から音が聞こえてくる。
(『モテる力』! 上部の金属のドアだけを持ち上げる!)
ミシミシと聞こえてきた音は、バキン!と破裂するような音に変わり、聞こえなくなる。
少し冷たい風が入ってきた。
ドアが開いたのだ。
「……やっぱり車のトランクだったのか。なんでこんなところに……」
力雄はトランクのドアを開けて外にでる。
外は暗い。
力雄は自分を閉じこめていた車を見た。
赤いスポーツカー。
これの持ち主は……
「重作先生の車……だったよな? なんで先生の車に?」
あのさわやかなイケメンが赤いスポーツカーに乗っていて、女子たちはキャーキャー言っていたのだ。
モテる男はスポーツカー。
という情報を力雄はインプットしていたので、よく覚えている。
「学校か、ということはそんなに時間は経っていないのか?」
周囲を見渡し、そこが見慣れた自身が通う高校だと力雄は把握する。
丸一日寝ていたということでもなければ、周囲の明るさから気絶してからさほど時間は経っていないと思われる。
「木足先輩は……?」
自分がトランクに閉じこめられていたというなら、一緒にいた守はどうなのだろうか。
グルリと見渡し、光が漏れている建物を力雄は見つける。
「……あそこかな?」
主に外での体育に使うボールや、グラウンドを整備するためのライン引き、トンボ、スコップなどが置いてある倉庫だ。
そこから、スマホのライトのような微かな明かりを見つけて、力雄はそちらに向かう。
体育倉庫の鍵ははずれていた。
もう、学校には誰もいないはずの時間である。
運動系の部活が使用した後、しっかりと施錠されているはずだ。
なんとなく、イヤな予感がした。
そのまま扉を開けるのではなく、横開きという構造上少しだけ開いている扉の隙間から力雄は中をのぞき見た。
(……木足先輩と、重作先生?)
重作先生と守が向かい合って立っている。
重作先生はスマホを持っていて、守に向けていた。
どうやら、このライトが扉の隙間から漏れていたのだろう。
重作先生が、何かを守に言っている。
声は不思議と聞き取れなかった。
何かでかき消されているかのような、か細い声になっているのだ。
だが、その重作先生の声は守には聞こえたのだろう。
しぶしぶと言った様子で、守はうなづくと、制服のシャツのボタンに手をかけた。
「え……?」
思わず声が漏れた。
中の声が聞こえないように、力雄の声も聞こえないのだろう。
そのままゆっくりと、守はシャツのボタンを外していく。
なにが起きているのか分からない。
ただ、守が服を脱いでいるのは分かった。
重作先生の前で……教師の前で生徒が制服を脱ごうとしているのは分かった。
「なにを……!」
力雄はとっさに、体育倉庫の扉を開けようとした。
しかし、開かない。
鍵はかかっていないはずなのに、まるでコンクリートで固められているかのように、体育倉庫の扉は開く気配がない。
「……何でだ!!」
まるで、あのときの、火事の時の机や窓みたいだ。
異様に、異常に体育倉庫の扉は開かない。
力雄は思い切り体育倉庫の扉を蹴飛ばしてみた。
ガン!という音さえ鳴らない。
蹴られたことさえ、この扉は認識していないようにさえ思える。
守のシャツのボタンが、全て外れた。
シャツの間から、薄い青色のブラジャーがはっきりと見えた。
守の目から、涙がこぼれているのがはっきりと見えた。
「……うぎぃいいい!」
力雄は、守の涙を見た瞬間。しゃがみこんでいた。
しゃがみこんで、体育倉庫の壁の下。
コンクリートで出来た土台を掴んでいた。
(『モテる力』! 開かないなら……持ち上げる!!)
力雄はそのまま体育倉庫を土台、基礎の部分から持ち上げた。
50センチほど持ち上げて、力雄は下ろす。
50センチと言えども、コンクリートで出来た建物を落としたのだ。
すさまじい衝撃を発しながら、体育倉庫は地面に落ちた。
でも、それでも体育倉庫の扉は外れなかった。
通常なら体育倉庫ごと破壊してもおかしくはないのに。
だが、内部にいた人間を動かすことには成功した。
「な、なんだ!? 地震か!?」
そう言いながら、重作先生が体育倉庫の扉を開ける。
片手で、軽々しく。力雄がなにをやっても開かなかったのに。
扉を開けて、外にいた力雄を見ると、重作先生はその慌てていた顔が見る見るうちに険しくなっていく。
「……太刀宝? なんで、お前がここに? お前は止まっていたはずだ」
その重作先生の手には、なぜか学校の指定ではない色の体操服が握られていた。
「太刀宝……くん? 太刀宝くん!」
ブラジャーを隠すように手でシャツを止めていた守が、外にいた力雄の姿を見つけると駆け寄ってきた。
まるで感極まるような守の声に首をかしげていると、重作先生が横を走り抜けようとした守の肩を掴む。
「『止まれ』」
と、重作はそう言った。
その瞬間。
守は電池が切れた人形のようにビタリとその動きを止めて、そのまま地面に倒れてしまった。
「……木足先輩?」
守が倒れるのを、力雄はただ見ることしか出来なかった。
なにが起きているのか、さっぱり分からない。
「しっかりと『止めていた』はずなのにな。まぁ、いい。もう一度『止めれ』ば済む話だ」
そう言って、重作先生は力雄に手のひらを向けた。
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