第10話 掃除が終わり

 それから、力雄は草むしりを続けた。

 夕暮れ近くになると部活の練習をしていた生徒たちも帰りはじめ、数が少なくなっていく。

 美命が所属している陸上部もそろそろ練習が終わるようだ。ストレッチを始めている。


「お待たせ……またずいぶん刈ったのね」


 力雄の横にある大量の草が入ったゴミ袋を見て守は感嘆の声をあげた。

 一人で一袋分でも刈れば十分だろうが、力雄は五袋刈っている。


「いえ、これくらい。慣れているので」


 キラリと光るような笑顔で力雄は返事をする。

 必殺、キラースマイルだ。

 

 もちろん、守に効果はない。


「じゃあとりあえすゴミ捨て場に持っていきましょう」


 そう言って守は草の入ったゴミ袋を持とうする。


「大丈夫です。僕が持って行くので」


「この量だと何往復かしないといけないでしょう? もう遅いし私も……」


 守の言葉を無視するように、力雄はひょいと五袋とも全てを一人で軽々と持ち上げる。


「……太刀宝くん?」


「さあ、行きましょう」


『モテる力』を使えば、これくらい軽いモノだ。


力雄はゴミ袋を抱えてさっさとゴミ捨て場に運んでいった。




「失礼します」


 そう挨拶をして力雄と守は職員室の扉を開ける。

 ゴミ捨て場の鍵を返しに来たのだ。



「ご苦労様。こんな遅くまで大変だったろ」


 鍵を受け取りながらにこりと重作先生が笑う。

 女子生徒に人気のある先生だけに、その笑顔はとてもさわやかだ。


「いえ、それが私の仕事なので」


 重作先生の笑顔に、守も笑顔で答える。

 とても綺麗な笑顔で、洗練された美しさがある。


「それに、今日は太刀宝くんも手伝ってくれたので」


「お、そうか。太刀宝もありがとうな。生徒会でもないのに手伝わせてな」


「いえ、別に……」


 教師にお礼を言われるのに慣れなくて、力雄は少し言葉に詰まってしまった。

 どちらかというと、今まで困らせてきた方なのだ。

 力雄は。


「……お、そうだ。せっかくだしジュースでも飲むか? スポーツドリンクだけどな。手伝ってくれたお礼だ。木足もどうだ?」


「いえ、そんな……」


 守と力雄は重作先生の申し出を断ろうとするが、重作先生はすでに職員用の冷蔵庫に向かって歩いていた。


「気にするな。今日はもうほかの先生もいないしな。生徒も帰ったし大丈夫だよ」


 そう言いながら重作先生は紙コップにスポーツドリンクをついできた。

 自分の分もついだようだ。

 三人分。


 片手に二つ。片手に一つ。


 ヨタヨタとしながら持ってきている

(危なっかしいな。震えすぎだろ)

 と力雄はそんな感想をいだいた。

 

 その時だ。


「おわっ!?」


 重作先生が、盛大にこけた。

 コントか。と思うようなこけかただ。

 結果、力雄は頭から重作先生が持ってきていたジュースをかぶることになってしまった。


「いや、すまんすまん」


そう言って、重作先生がタオルで力雄の頭から足まで拭いていく。


「いや、大丈夫です」


 教師に謝られながら、拭かれては怒ることも出来ない。

 守も床にこぼれたスポーツドリンクを雑巾で拭いている。


「シミ……にはなってないようだな。でも気になるようならクリーニングに出すか? 代金はもちろん払うが」


「いえ、大丈夫です。洗えばなんとかなります」


「そうか。でも気になるようなら教えてくれよ……っと。すっかり遅くなったな。どうする? 先生が家まで送っていこうか?」


 もう外は暗くなっていた。力雄は守と目を合わせる。

 力雄の家はそこまで遠くない。多少暗くても家に帰ることは出来る。

 だが、力雄は守の家まで知らない。


「どうします? 木足先輩? 僕はどっちでも大丈夫ですけど……」


 なので力雄は守の判断を仰ぐことにした。


「私もまだバスはあるので大丈夫です。ありがとうございます。重作先生」


「そうか。分かった。じゃあ遅くなる前に帰るんだぞ。先生は戸締まりしていくから」


 そう言って重作先生はジュースを拭いていたタオルと守が持っていた雑巾を受け取り、流し台に持って行く。

 洗うのだろう。


「それでは失礼します」


 重作先生をおいて、二人は外に出た。


「……災難だったわね」


 重作先生にスポーツドリンクをかけられた箇所を気遣うように見ながら守は言う。


「まぁ、大丈夫ですよ。これくらい洗えば平気ですし」


「そう……太刀宝くんって、思ったよりも強いのね」


「強い?」


「ええ。あんな風にドリンクをかけられたのに、ちっとも怒ってなかったじゃない。ただにっこりと笑って動揺もしてなくて」


「いや……あれは誰でもそうでしょう? 別にシミになるようなモノでもないし、ちょっと冷たかったくらいなんですから……」


「誰でも……そうかもね」


 そう言って、守はふっと息を吐く。

 その横顔は、どこか寂しげで、儚い。


「……先輩?」


 その表情が気になって力雄が首をかしげると、守はそれにふれさせないように笑みを作る。


「強いと言えば、太刀宝くんって思ったよりも力持ちなのね。あんなにたくさんのゴミ袋を一人で軽々運ぶなんてびっくりしたわ」


(……触れないほうがいいんだろうな)


 そう思い、力雄は守の話題転換に乗ることにする。


「鍛えてますからね。見ますか? 僕の筋肉を!」


 ニカっと笑い、袖をまくって力雄は力こぶを作って見せる。


「……へー結構すごいのね」


「触りますか?」


 力雄は笑顔でずいっと守の眼前に自分の力こぶを持って行く。


「いえ、いいわ。ありがとう」


 守はすっと後ろに下がる。


「そんな……この筋肉に触らなくて……いえ、お触りをしなくて本当にいいんですか?」


「なんで言い直したのよ。それ以上はセクハラで訴えるわよ?」


 守の細く尖った目を見て、力雄はすっと袖を戻す。


「……ごめんなさい」


「謝ればいいわ」


 守はスタスタと歩いていく。

 口調とは裏腹に、そこまで怒っていないようだ。いつもの守だ。

 さきほどの儚い雰囲気は消えている。


(……やっぱり木足先輩はこうでなくちゃ)


 力雄は守のあとをついて行く。


「で、さっき鍛えているって言っていたけど、別に太刀宝くんは部活も何もしていないのよね? 何のために……」


 守の質問に、力雄はニコリと微笑む。


「それはもちろん。ステキなお嬢さんを守るためですよ」


 キラリと心の中で星マークが出るような笑顔を守に見せる。

 必殺、スタースマイルだ。

 もちろん。守に効果はない。

 守からは大きなため息をもらってしまった。


「本当に、そんなにふざけてばかりだといつか痛い目に会うわよ?」


「ふざけてはいないんですけどね」


 そんな話をしている間に、二人は階段まで来ていた。


「僕が鍛えているのは守るため……モテるためですよ?」


「それがふざけているって言っているのよ……」


『モテる』ことふざけていると思われるのは力雄にとって心外だった。

 先に階段を下りはじめていた守に追いつこうと少しだけ力雄は足を早めた。


 その時だった。


 突然。力雄の足がもつれた。


「え……おわっ!?」


 勢いよく、力雄は頭から階段を落ちていく。


「……太刀宝くん!?」


 守が、悲鳴のような声を出して力雄の名前を呼ぶ。



(……い……たい?)


 視界が白く変わっていくのを感じながら、力雄はそのまま意識を失った。

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