第9話 モテる男の放課後掃除その2

「おはよう。久しぶりね。体調はどう? またまた大活躍だったみたいね、太刀宝くん」


 美命を助けたあと、まだ海水の温度が低かったため低体温症になっていた力雄は、また病院に数日入院する事になった。


 美命は体を温めたあと家に帰れたのだが、力雄はつい先日も入院していたばかりである。


 そのため、美命よりも遅れて退院することになったのだ。


 そんな久しぶりの登校日に、力雄は校門で生徒の風紀をチェックしている守に話しかけられた。


「おはようございます。木足先輩。木足先輩は今日もお美しいですね。先輩に声をかけられただけで普段よりも元気になれる気がします」


 そうやってにこやかに返事をすると守はジロリと力雄を睨んでくる。

 しかし、守を助けてからこのような事を言っても以前のように殴られたり叱られたりはしなくなった。


 ただ呆れたような顔をするだけである。


 きっと、照れているのだろうと力雄は思う。

 照れなくても、守が綺麗なのは事実である。


 ここは、照れなくても言いようにもっと誉めるべきなのだろう。

 それこそがモテる男の務めである。


「先輩がいつも校門にいてくれるおかげで、僕は学校に来るのが楽しみになるんです。先輩の声を聞くために、先輩のお姿を見るためだけに、僕は学校に来ていると言っても過言ではないのです」


 そう言って力雄は守の手を取る。

 この前は、この時点で意識を失わされたが、守はただ大きく息を吐くだけだ。


 成長している。

 モテる男として。


「……えっと、太刀宝くんは、私と一緒にいれるのがうれしいのかしら?」


「はい。もちろん。この一瞬は僕にとって何よりも尊い、幸せの時間なのです」


「そう……なら、今日の放課後、空いている?」


 守が突然、力雄のスケジュールを聞いていた。

 それの意味することを考え、力雄はすぐに返事をする。


「え? はい!もちろん! 空いてますよ! 空いてなくても空けますよ!」


 力雄の返事に、守はにこりと微笑んだ。


「そう。じゃあ、今日の放課後、生徒会室まで来てくれるかしら?」


(これは……間違いなく……! デート! 放課後デートだ!)


 力雄は喜び勇んで守に必ず行くと返事をした。




「……っていう流れだったんだけどな」


「どうかしたのかしら?」


 と、力雄の隣で守が首をかしげる。


 放課後。

 力雄は約束通り生徒会室にやってきた。

 そして、そこにいた守と会った。


「……そのあと、なんで僕は校庭で草むしりをしているんでしょうか?」


 鎌を手に持ち、力雄も首をかしげた。

 そんな力雄に守は答える。


「ほら、この前の火事で掃除が最後まで出来なくなったでしょう? 雑草を伸ばしたままだと虫とか多くなるから早めに刈らないと、ね」


「いや、そういった事情は分かりますけど、なんで僕が……」


「私と一緒にいるだけで幸せなんでしょう? ね?」


 そう言って、守は微笑んだ。

 あまり見せる事のない守の微笑み。


「……やります!」


 それは、力雄をやる気にさせるのには十分だった。


「じゃあ、よろしくね。終わったら生徒会室に来て。私は書類の整理をしているから」


「お任せください!! 先輩!」


 気合い十分。

 力雄は張り切って草むしりを開始した。

 そこにいるのは、紛れもなくモテる男を自称するチョロい男だった。



 ぶちぶちを草を刈り、まとめて捨てて。

 そんな事を繰り返していると、運動部が練習しているところまで来てしまった。


 男子に混じり、女子もシャツと短パン姿で走っている。

 シャツからでも分かる胸の膨らみ。

 プリンとしたお尻に、艶やかな太股。


 ぐへへと心の中で思いながら、力雄は草を刈っていく。


 ちょっと、今までの場所よりペースが落ちているのは仕方ないだろう。




「あ、こんなところに変質者がっ!?」


「誰が変質者だ!」


 ひどすぎる言いがかりに反応して力雄は振り返る。

 そこにいたのは、力雄の幼なじみの美命だった。

 美命も、短パンTシャツ姿である。

 陸上の練習をしていたのだろう。

 ちなみに、もうおぼれた影響などは完全に無くなっているようである。


「なんだ、美命か」


「なんだとはなんだ。この変質者め」


「変質者じゃねーよ!」


「ぐへぐへ言いながら女の子たちをヤらしい目で見ていたでしょう? 変質者じゃん」


「見、見てねーし、言ってねーし」


 力雄は草刈りに集中するフリをして美命から目をそらす。


「見てたし言っていたよ? 知ってた力雄? 女の子はね、男子からのイヤらしい目線は全部分かっているんだからね? 百パーセント、的中出来るの」


「いや、それは分かった時に言っているから百パーセントになっているだけで、それ以外も男は見ているからな?」


 よく聞く女性の定説に、力雄はここぞとばかりに反応する。

 常に男性からの目線に反応するなんて、そんな超人的な事出来るわけがないのだ。


「つまり、イヤらしい目線を感じたら間違っていないって事でいいんだよね?」


 だが、美命の的確な反論に、力雄は口ごもる。


「あれあれ? どうしたのかな? 何か言い返すことはないのかな? 女の子を変な目で見ていた変質者さん?」


「いや、それは、あれだ、それはだな……」


「やっぱり変な目で見ていたんだ。あーあ……昔から一緒だとは言え、身の危険を感じるなぁ……」


 そう言って、美命は自分の胸を守るように押さえる。


「……いや、それはない」


 力雄はきっぱりと言った。


「何でよ!」


「何でって。おまえを変な目で見る訳ないだろ?」


「そんなのわかんないじゃん! 兄妹みたいに暮らしていたって、血のつながりはないんだし……」


「いや、血のつながりとかじゃなくて」


 力雄は、額に手を当てて、大きく息を吐く。


「おまえ、胸ないじゃん」


 美命の右ストレートが正確に力雄の腹部に突き刺さる。


「……殴るよ?」


「っ……殴って……から……言うな」


 息をするのも苦しい。

 力雄は腹部を押さえる。


「てか、力雄はこんなところでなにしているの?」


「普通に会話を続けるんだな。ちょっとまって、マジで苦しいから」


 いったん呼吸を整えて、力雄は息を吐く。


「木足先輩からのお願いで、草刈りをすることになったんだよ」


「……へぇーそう」


 美命が口を尖らせる。


「……どうしたんだ?」


「別に? 何でもないけど。何でも」


「いや、それは何でもある態度だろ」


「ただ、力雄みたいな変態が木足先輩に迷惑をかけているんじゃないか心配になっただけだし、この変態!」


「かけてねーし! むしろお誘いをいただいたんだよ!まぁ、やっと俺のモテ活が実を結んだ結果かな。ここまで一年。長かった……」


「そうか。もう一年もそんな馬鹿げたことしていたのか……」


 はぁ、と美命は額に手を当てていた。


「昔はもっと尖っていたのに……いや、あの頃よりはマシなのか。多分」


「簡単に俺の黒歴史に触れないでくれないかな?」


 一年前、というか中学生の時は、力雄にとって思い出したくない時期なのだ。


「いや、どっちかと言うと今の方が黒歴史じゃないかな?」


「どこが黒歴史だ! このパーフェクトなモテ期を、輝かしい青春の思い出にすることはあっても、後悔することはないだろう! あとは美命の部屋にあったマンガを参考に、壁ドンからの『……俺だけを見ろよ』のつぶやきで完璧に木足先輩の心は鷲掴みだ! 年上の美人先輩にモテるなんて、男の勲章だろう!?」


「そんな事リアルにしたら通報だからね! 通報! 掴まるよ? というかいつの間に人の部屋のマンガを読んでいるの!?」


 美命が力雄の首を絞める。


「ゴメ……ゴメンな……」


「……あ、通報といえば」


 ぱっと美命は力雄の首から手を離す。


「力雄は知っている? あの火事の話」


「急に話を変えるんだな。まぁ、いつもの事だけど。で? 火事って、どの火事だよ」


 ごほごほと力雄はせき込む。


「力雄が入院することになった火事だよ。あれ、どうも放火されたみたいだよ」


「……放火?」


 こくりと美命はうなづく。


「うん。私も先輩たちから聞いた話だけどね。最近いろんな場所でボヤ騒ぎもあっているみたいだから……気をつけてね」


「気をつけるって何で」


「だって、木足先輩のお手伝いってさ。前みたいな感じじゃない。放課後に、掃除ってさ」


 美命の眉が下がる。


「大丈夫だよ。もう旧校舎もないし、今日は草むしりするだけだから……いや」


 力雄が何かに気づいたようにハッと手を打つ。


「どうしたの?」


「いや。放課後、草むしりが終わったら部活している皆も帰るよな? 年頃の男女が放課後で二人きり……何も起きないわけがなく……ぐへっ!?」


 美命の左回し蹴りが的確に力雄の右わき腹を抉った。


「おま……これ、肝臓が……」


「じゃあ私は練習に戻るから、バイバイ」


 崩れ落ちる力雄の介抱もせずに、そのまま美命は去っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る