第6話 『モテる力』の詳細は

 退院して次の日。力雄は神社に向かっていた。

 今日は祝日なので昼間から力雄は神社を掃除しよう思ったのだ。


「久々だからなぁ……荒れていないといいけど」


 ばあちゃんと美命は力雄のお見舞いで掃除をしていなかったらしい。


「ばあちゃんは年だから神社まで登らせるわけにはいかないし、命は部活もあるからな。しょうがないけどさ」


 神社の掃除は力雄の仕事だ。

 力雄がやりたくてやっていることだ。

 だから、二人がしていなくても、力雄は何も思わない。

 むしろ今、力雄はやる気に満ちあふれている。


「ふふふ、まさか手紙をもらうなんてなぁ」


 力雄は首に巻いているタオルを両手に持つ。

 それは、あの火事の時、守に渡したタオルだ。

 結局あのあとすぐに机をどかす事ができたので、守はこのタオルを使わなかったのだが、力雄が退院するときにわざわざ洗って力雄のところにまで持って来てくれたのだ。

 ご丁寧に、手書きのお礼状も添えて、だ。


「やっぱりピンチの時に颯爽と助けた俺にキュンときちゃっているんでしょうなぁ……ふふふ。来たか……ついにこの時がきたのか……そう、モテ期! 到来!」


 誰もいない参道で、だからこそ、力雄は大きな声で、ポーズを決めながら言っていた。


「長かった……ここまで……でも、ここで油断するな、俺よ。モテとは、これからが大事。そう、自分に対して好意を抱いてくれている女性を、どう扱うか。それが肝要! これからのプランこそ重要なのだ」


 守が力雄に好意を抱いているという前提で、力雄は計画という名の妄想を加速させる。

 そう、力雄が女の子から手紙をもらったのは、今回が初だ。

 もう、力雄はとてつもなく舞い上がっているのである。


「木足先輩は今日退院するからなぁ。さすがに今日は掃除があるから行けないけど、明日は会えるはず。明日木足先輩にあったら……まずは、そうだな、挨拶だな『おはようございます先輩。お元気でしたか? あなたの顔が見れないだけで、昨日は眠れなくなるくらい僕のハートが不機嫌なダンスを踊っていたんです』……ん? 違うな。これだど少女マンガでよく出てくる作中だとモテるキャラだけどヒロインとは結局くっつくことが出来ないタイプのキャラだ。ヒロインとくっつくのは……『おう、元気か? 今度は机に突っ込むなんてバカなことはするなよ?』……うーん、なんか違う。もっとシンプルに」


「おはよう。また会えて嬉しいよ。元気そうでなによりだ」


「そう、そんな感じにシンプルに……ん?」


 誰もいない参道。聞こえるはずのない声に、力雄は動きを止める。


「……やぁ。いろいろ大変だったみたいだね、少年」


 参道の先、神社の鳥居の横にある倒木に、数日前に力雄に力をあげると言っていた変なTシャツを着たおじさんが座っていたのだ。


 今日のTシャツは『お速うございますですね、車』

 と書かれている。


「……あんたは……」


「引き合ったんだろうけど、災難だったね。でもまぁ、そのおかげで力の発芽に成功したみたいだし、結果オーライなのかな?」


 あははとおじさんは笑う。


「……力の発芽って」


 力雄は自然と額に手を当てていた。

 この変なTシャツのおじさんが言っていた事。

『一週間の内に君が望んだ力が手に入る』

 その言葉を思い出す。


「どうだい? 君が求めた力。『モテる力』の使い心地は?」


 おじさんはニヤリと笑う。


「使い心地って……俺はなんか、その変な力を持っているのか? というか、アンタは一体……」


「おじさんはただのおじさんだ。力を与えるおじさんだ。そして、そう。君は今、力を持っている。『御術』と呼ばれる、奇跡の力。君が望んだ力。『モテる力』を持っている」


「持っているって……でも、いや、『モテる力』って、確かに木足先輩からお手紙は貰ったし、病院だと綺麗な看護婦さんから『君、お友達を助けたんだって、偉いね、カッコいいね』とか言われてチヤホヤされたけど、でもこんなのが『モテる力』って……」


 ニヤニヤと笑いながらおじさんは力雄の言葉に耳を傾ける。


「そんなことがあったんだ。うらやましいねぇ」


「うらやましいって、あんたが……」


「でも、それじゃない」


 おじさんの言葉に、力雄が眉を寄せる。


「それじゃないって……」


「少年。受け取れ」


急にそう言って、おじさんは持っていた杖を力雄に向かって投げてきた。


「へ? うわ! おっと」


何とかそれを受け止めた力雄は、ほっと息をつく。


「なにすんだよ、いきなり」


「ごめんごめん。じゃあ、それを返して」


「はぁ?」


 へらへらと笑っているおじさんは、てのひらを力雄の方に向けて返すように言っている。


 正直訳が分からないが、返せてと言われたら返してもいいだろう。


 ただ、本当なら歩いていき手渡しをするべきなのだろうが、ちょっとおじさんのへらへら笑っている顔がしゃくにさわった。


「ほらよ」


 力雄はさきほどおじさんにされたように、いや、若干強めにおじさんに向かって杖を放り投げた。


 その杖を、おじさんは立ち上がってすっと避ける。


「何して……」


 ゴシャン! と、すさまじい重低音が響いた。


「……は?」


 力雄は、完全に固まっていた。

 力雄が先ほど投げた杖が、倒木を割り、めり込んでいるのだ。


「おーさすがに百キロの杖をあんな速度で投げたら 木なんてこうなるよね」


 おじさんは楽しそうに笑っている。


「百!?」


 力雄は理解が出来なかった。

 なぜなら、さきほど力雄があの杖を受け取ったとき、力雄はあの杖から普通の木で出来た杖の……いや、それ以下の重さしか感じなかったからだ。

 完全に固まって驚いている力雄に、おじさんは嬉しそうに笑みを浮かべて言う。



「そう、これが君の力だ。どんなものでも持つことが出来る『モテる力』それを君は使えるようになった」


今にも吹き出しそうなおじさんの顔を見ながら、力雄は固まったままだった。


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