第5話 モテるためなら例え火の中火事の中

 力雄は走る。

 間違いなら問題ない。

 今は倉庫のような役割をしている旧校舎は、廊下に荷物が置かれていて、一本道になっていた。


 煙は上に登っている。

 まだ下まで来ていない。

 煙を吸わないように、ある程度まで探したら戻ろう。

 そう思って力雄はさきほど顔を拭いて濡れていたタオルを口に当てながら旧校舎を進む。

 そして、三階。そろそろ煙がひどくなり、炎の熱も感じるような場所まで来たとき、力雄は見つけた。


「……先輩!」


 守がいた。

 大量の椅子や机の下敷きになっている。


「……太刀宝くん?」


 弱々しい声で、守が力雄を呼んだ。


「大丈夫ですか? なんでこんな大量の机の下に……」


 力雄はすぐに守に駆け寄った。


「……掃除をしていたら急に机が倒れてきて……抜け出そうとしたけど全然動かなくて……」


 先ほど、力雄に掃除をさせていた時と違い、守はやけに弱々しかった。

 火事の中一人きりだったのだ。

 心細かったのだろう。

 力雄は自分の胸を叩いた。


「わかりました。俺に任せてください。絶対に先輩の事は助けますから!」


 燃えるような、必殺のファイヤースマイル。

 もちろん、守に効果は無い。


 気を取り直して、力雄は正面を見た。

 守に覆い重なっている大量の机や椅子の向こうから煙が出ている。

 熱も感じた。

 おそらく、あそこが燃えているのだろう。

 時間がない。

 力雄は急いで守の上に乗っている机に手をかける。

 多少腕力には自信がある。

 そこら辺の奴になら負けない自負が力雄にはあった。


「……うぐぐぐぐ! なんだこれ!?」


だが、力雄の腕力でも、机はまったく動かなかった。


 まるで全ての机が溶接され床にくっついてるかのように、ガンとしてその場を動かない。


「じゃあこっちは!?」


 動かない机をあきらめて、より軽い椅子を動かそうと力雄は手に持つ。


「……っ! ダメだ! なんだこれ!?」


 力雄はいったん椅子から手を離し、大きく肩で息を吐いた。

 炎の熱でこの大量の椅子や机がくっついたのだろうか?

 通常では考えられない重さの机と椅子だ。


「あの、太刀宝くん。誰か別の人も呼んで、助けを……」


 守の言うことはもっともだ。

 早く守を助け出さないと危ない。

 力雄は窓を開けようとした。


「……ん!? なんで、こっちも開かないんだよ!!」


 熱でゆがんだのか、窓は動こうとしない。


「……くそ!」


 力雄はすぐにあきらめて守の方を向く。

 炎が見えた。


 時間がない。


 消防車まだ来ないのだろうか。サイレンの音はまったく聞こえない。

 力雄はまた守のところに戻ると、守の上に乗っている机を掴む。


「ぐぎぎぎぎ……!」


 早くこの異様に重い机たちをどけないと、守が危ない。


「あ、あの太刀宝くん。いったん戻って別の人を……」


「無理です。たぶん、それじゃ間に合わない」



 もう、炎は守のすぐそばまで来ているのだ。

 戻って、守がいることを伝えて、ここに来る。

 すんなりと行けば間に合うかもしれないが、力雄が旧校舎に入ったというのに、誰も追ってきていない。

 先生たちはしっかりと力雄が入っていったのを見ているはずなのだ。


 守がいると伝えても、誰も付いてきてくれない可能性はかなり高いだろう。


「じ、じゃあ消火器とか……」


「ありませんでした」


 荷物などで閉鎖されていた廊下があったせいだろう。

 ここに来るまでに消火器などを力雄は一切見ていない。


「そ、そんな……」


 どうしようと守の顔が絶望に浮かんだときだ。

 焼け落ちた天井の破片が、守たちに向かって落ちてきた。


「きゃあ!?」


 落ちてくる炎の固まりに守が目を閉じる。

 しかし、何も衝撃がない。


 おそるおそる守は目を開ける。

 そして、上を見上げると、机を持ち上げようとしていた力雄が、いつのまにか守をかばうように机に手を突いて背中を丸めていた。


「太刀宝……くん?」


「大丈夫、ですか? 木足先輩」


 力雄の背中から炎をまとった天井の瓦礫が落ちてくる。

 守はこくりと息を飲んだ。


「……わ、私のことはもういいから逃げなさい。このままだと、君まで……」



「大丈夫です。俺が助けますから」


 にこりと笑うと、力雄は再び机を動かそうと力を込める。

 必殺ファイヤースマイル再びである。


「ぐぎぎぎ……!」


 押して、引いて、あらゆる角度から力雄は机を動かそうと力を込める。

 しかし、机は動かない。


「太刀宝く……げほ! げほ!」


 守のところにまで煙が来たようだ。

 力雄は自分の口に当てていたタオルを守に渡す。


「これを使ってください」


 守は目の前にあるタオルをじっと見て、それから力雄の方を向く。


「な、なんで……」


 守はぎゅっとタオルを握りしめた。


「俺が使っていたやつなんでイヤかもしれないですけど、こんな状況なんで……」


「なんで! 私を助けようとするの!?」


 悲鳴に似た守の声に、力雄は目を丸くする。


「君と私とは何もないでしょう? 友達でもなんでもない! だから、助ける理由もないんだから、さっさと私をおいて……」


「何もないからですよ」


 力雄の返事に、今度は守が目を丸くした。


「何もないから……でも、だから、ここで俺が木足先輩を助けたら、木足先輩は俺と仲良くしてくれますよね? 俺とデートしてくれますよね?」


「な、何をバカなことを言っているんだ、君は!?」



「バカな事じゃないです。俺は、木足先輩とデートがしたい。木足先輩に、俺の事を好きになってもらいたい」


 そう言って、力雄は再び守の上に乗っている机を持ち上げようと力を込める。


「ぐぎぎぎぎ!」


「そ、そんな下心で助けられても私は君の事を好きになったりしないし、デートもしない! いいから君だけでも早く逃げて……」


「い、や……です! 仮に木足先輩が俺の事を好きにならなくても……ここで木足先輩を助けたら俺はヒーローじゃないですか。燃えさかる火事の中、女の子を助けたヒーロー……そんなのモテる決まっているでしょう? 老若男女、皆からモテモテだ!」


「バカじゃないのか君は!?」


「バカじゃない! 俺はモテたいだけのイケメン男子です!」


 そう、力雄はモテたいのだ。

 あらゆる女性から。


 あらゆる人から、力雄は好意を持って欲しいを思っている。


 モテるためなら……命をかける。


「ぐぎぎぎぎぎ!!」


(ここだ! ここが正念場だ!)


 机をがっしりと両手でつかみ、力雄は全身全霊力を込める。


(木足先輩を助ければ俺はモテる!  この机をどかせば俺はモテる! この机を動かせば俺はモテる!)


 炎はどんどん大きくなる。

 力雄の体中からポタポタと汗のしずくが落ちてくる。


「……あつ!?」


 守が悲鳴のような声をあげた。

 炎が守がいるところまで迫ってきているようだ。


 時間がない。

 守のような美少女にやけどをおわせるなど、モテる男としての力雄のプライドにかかわる。


(動け動け動けぇえええ! 俺は、俺は……)


 力雄は叫ぶ。


「モテるんだぁあああああああああああ!」


 力雄の雄叫びに呼応するように、机が宙を舞った。

 同時に、大量に積み重なっていた机や椅子達も飛ばされ、その勢いで炎も消える。



「……た、太刀宝くん?」


 あっけにとられたように守は力雄を見ていた。


「……行きましょう、木足先輩。さあ」


 にこりと微笑みながら差し出された力雄の手を守は自然と掴んでいた。


 その後、守を旧校舎の外まで連れ出した力雄はその場で意識を失ってしまった。


 煙を吸い込んでしまったからだろう。


 そのまま、救急車で運ばれた力雄は数日間入院することになるのだった。

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