第4話 旧校舎の掃除
「いやぁ、昨日はすごかった。あんな大金を見たのは初めてだぜ」
昨日のことを思い出し力雄は笑みを浮かべる。
あの後、力雄はお賽銭箱にあった封筒とお酒を美代子に渡した。
太刀宝神社のお賽銭一年分に相当する封筒の中身に、美代子は驚愕していた。
「けど、なんでばあちゃん、あんなに悲しそうな顔をしていたんだろうな?」
あれだけの大金だ。
力雄は美代子が喜び、なんならそのまま昇天してしまうのではないかとも思ったのだが、驚いたあとの美代子は冷静だった。
冷静、というより冷めたどこか悲しい顔をしていた。
その顔が、どうにも気になって、今日一日。力雄はそのことばかり考えていた。
「……帰るか」
力雄は立ち上がる。
美代子のことも気になるし、それになにより神社の賽銭箱も気になる。
昨日大金が入っていたのだ。
同じことが何度もあるとは思えないが、気にするのはある意味人間の本能であるともいえる。
立ち上がった力雄の腕を、誰かが掴んだ。
「待ちなさい。どこに行くつもりですか?」
掴んだのは、木足 守(きあし まもり)。昨日力雄のワックスのことで注意してきた風紀委員長だ。
「どこにって……家に」
「帰れるわけがないでしょう? 君は今日、この旧校舎の掃除をしなくてはいけないのだから」
守が、ニコリと笑う。
「昨日あれだけ注意したのに、また整髪料を付けてきて……」
そう、力雄は今日もワックスをつけて登校したのだ。
それを守に見つかり、力雄はまたワックスを落とされて今度は放課後に使っていない旧校舎の掃除を命じられたのだ。
今は旧校舎のまわりのゴミを拾っていたのだが、そろそろ帰らないと神社の掃除が間に合わなくなると力雄は立ち上がったところだった。
「……そんなに毎日僕の事を見ているんですね。木足先輩のような綺麗な方に見つめられていると思うと嬉しいです、今度海辺にお散歩デートでも……おふぅ!?」
守の拳が力雄のわき腹に突き刺さる。
衝撃が肺にまで伝わり、力雄はその場に崩れ落ちた。
「……そういった下らない冗談は嫌いなんです。昨日の事を本当に反省していないようですね」
守はただ冷めた目で力雄を見下ろす
「……冗談じゃなくて、本当に綺麗だと思っているんですけど」
守は何も言わない。
「先輩のその夜空のように煌めくまっすぐな黒い髪も、雪のような白い肌も、切れ長な目も、全て美しいと思います。まるで天女のようで、もっと仲良くなれたら本当に嬉しいなって……」
殴られた痛みに顔をゆがめながら、力雄はしゃべる。
本当に、守は綺麗な人だと力雄は思うのだ。
是非とも仲良くなりたい。
モテる男として、それは当然の欲求だった。
「……はぁ」
守は、大きく息を吐く。
「……電気」
そして、ぼそっとつぶやいた。
「……はい?」
「君は知っている? 脳に電気を流すと人の性格を変えることができるそうです。大脳とかそんな所にブスッと刺して……実験してみる価値があると思いませんか?」
にこりと守がほほえむ。
その笑みが、冗談で言っていると思えなくて力雄は息を飲んだ。
「え……はは、いや、は、はは……」
力雄は守から目をそらす。
「とにかく、ゴミを拾い終わったら次は雑草とりです。それが終わったら帰ってもいいのでもう少し頑張ってください」
「えっと実家の手伝いがあるので本当にそろそろ帰りたいのですが」
「冗談は嫌いだと言いませんでしたか?」
一歩、守が力雄に近づいてきた。
びくりと力雄はふるえる。
本当に、力雄は帰って神社の掃除をしたいのだが、守に信じてもらうのは難しそうだ。
「すみません」
あきらめて、力雄は掃除することにした。
旧校舎の周りは広いが、力雄は掃除に慣れている。
一時間もすれば雑草は粗方取り終えるだろう。
そのあと神社の掃除をするのは難しいかもしれないが……元々、今の季節は神社の掃除を毎日しなくてもいいのだ。
「……そういえば木足先輩は何をするんです?」
立ち去ろうとしている守に向かって力雄は声をかける。
「旧校舎の中を掃除します。外は任せましたよ」
手にしていた旧校舎のなかに入る鍵を見せながら守は去っていた。
その背中を見つつ、力雄は草取りを始めた。
「……ふぅ」
半分ほど雑草を取り終えて、力雄は息を吐いた。
時間は三十分も経過していない。
思ったよりも雑草の数が少なかったのだ。
もう一踏ん張りと立ち上がり、体を伸ばす。
「……そこで何をしているんだ?」
声をかけられ、力雄は振り向いた。
「重作先生」
声をかけてきたのは数学教師の重作 助太(しげさく じょうた)だった。
細身で優しい顔をした、女子生徒に人気の先生だ。
こんにちはと挨拶をして、力雄は今の自分の状況を説明する。
「木足さんに言われて掃除をさせられていたのか……ゴミ拾いをしたならもう十分だろう。木足さんには先生から言っておくからもう帰りなさい」
重作先生は力雄に帰るように言う。
「いいんですか!?」
「ああ、太刀宝は実家の手伝いをしているんだろ? 早く帰りなさい」
「ありがとうございます!」
重作先生に言われて、力雄は教室へと戻る。
鞄などを廊下に置いたままにしてきたのだ。
手に着いた泥を落とし、汗を拭き、鏡で自分の姿を確認したあと、力雄は帰宅することにする。
今日も守に強制的にワックスを落とされたため髪はぺちゃんこになっているがどうしようもない。
「……やっぱり挨拶だけでもしていくか」
守と仲良くしたい、というのは力雄の本心なのだ。
なら、このまま帰るというのは悪手のはず。
神社の掃除のため早く帰宅したいというは本当なのだ。
今ならまだ重作先生もいるかもしれない。
先生からも説明されれば守も嘘だと思わないはずだ。
靴を履き替えて外に出て旧校舎の方に向かおうとしたとき、力雄は異変に気がついた。
「……ん?」
旧校舎の方が騒がしい。
それに、煙がでているのがわかる。
「なんだ?」
力雄は駆け足で旧校舎のほうに向かった。
「……んな!?」
そこで力雄が見たのは、煙が立ち上る旧校舎だっった。
周りには部活中だった生徒たちがいる。
「下がりなさい!」
先生たちがやってきて、見ていた生徒たちを下げさせる。
その先生の中に重作先生も見つけて、力雄は話しかけた。
「重作先生!」
「……ん?ああ、太刀宝か。どうした? 帰ったんじゃなかったのか?」
慌てて走ってきたのか、重作先生は全身に汗をかいていた。
息も切れている。
「先生、木足先輩はどうしました?」
力雄の質問に、重作先生はよどみなく答える。
「見ていない。生徒会室にはいなかったからな。どうした?」
「……生徒会室? 木足先輩は旧校舎の掃除をしていたはずですよ?」
「……え?」
唖然としている重作先生の顔を見た後、力雄は旧校舎に目を向ける。
木足が旧校舎の外に逃げているなら、生徒たちの誘導は木足が行っているはずだ。
なのに、ここに姿もないというのは……
力雄は、旧校舎の普段は閉じているはずの扉が開いているのを見つけた。
「……あ、おい! 太刀宝!」
それを見つけた瞬間。力雄は旧校舎に向かって駆けだしていた。
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