第3話 太刀宝神社

「……狐にでも化かされたか? こんな場所に住んでいるってのに?」


 先ほどの何やら不可思議な出来事に笑いながら力雄は目の前の山を見た。

 太刀宝山。

 そして、その山頂にあるのが太刀宝神社。

 力雄が住んでいる町を見渡せる太刀宝山の頂に建てられたこの神社は、千年ほどの歴史がある由緒正しき神社である。


「……こんな場所に住んでいるから逆に危ないのか。とりあえず、ばあちゃんにお払いでもしてもらおうか……変なのがついていたら大変だし。未来のモテモテ男子に何かあったら世界中の女の子たちが……」


「力雄! またアンタはこんなチャラついたモノを買って!」


 山のすぐ脇にある力雄が住んでいる平屋の玄関の扉を力雄が開けると、力雄の頭にプラスチックのケースが直撃した。


「痛ぇ! なにすんだよ! ばあちゃん!」


「なにすんだ! じゃないよ! まったく……学校から連絡が来たかと思ったら、そんなモノを頭につけて行って……」


 はぁっ……と大きな、力雄に聞かせるためにわざと大きな声でため息をついたのは、腰の曲がった高齢の女性。


 太刀宝 美代子である。


「くそぅ……将来イケメンフェイスになる俺の頭にタンコブが……」


「神社の子供にチャラついたモンは必要ない。どうしてもそんなチャラついたモンをつけたいならさっさとこの家から出ていきな!」


「……あのなぁ、ばあちゃん」


「言い訳は聞かない。とりあえず帰ったんならさっさとお社の掃除をしてきな。美命はちゃんと部活に勉強に真面目に学生をしているってのにアンタときたら……」


 ぶつぶつとつぶやきながら美代子は戻っていく。

 その、曲がった背中に力雄は声をかける。


「ばあちゃん!ただいま!」


「……お帰り」


その美代子の声は、少しだけ優しいモノだった。




 力雄は一人で太刀宝山を登っていく。

 力雄の住んでいる町を悠々と見渡せるこの山は、通常歩いて登れば一時間はかかる。


 だから、力雄はいつも走って登っていた。

 耳には、イヤホンをつけて最近流行っているらしい洋楽をかけている。


 洋楽を聞きながら走るのはモテる男の必須条件だ。

 走りながら、力雄は先ほどできたタンコブに手を添える。


(……くそぅ。誰だよわざわざ家にまで連絡してきたのは……この将来モテモテフェイスに傷を付けやがって、絶対にゆるさん!)


 走って登れば三十分ほどで山頂だ。

 怒りに任せて登ればすぐである。


 季節は夏。


 ぽたぽたと落ちる汗を力雄は首にかけていたタオルで拭き取りながら到着した山頂にある神社をみた。


 太刀宝神社。


 歩けば一時間はかかるこの神社に、人の気配はない。


 境内はあらゆるモノがボロボロと崩れ、惨めとしか言いようのない状態になっている。


 その、いつもと変わらない惨状に力雄はふんと鼻息を出すと、さっそく境内の軒下から箒を取り出して掃除を始める。


 といっても、人がほとんど来ない場所だ。


 これが秋となれば大量の落ち葉を掃除する必要があるが、今は夏だ。


 掃除などしなくてもほとんど汚れないし、実際に来るのは一週間に一度くらいでも良いのだろうが……力雄は毎日掃除をしている。


 美代子に言われても、言われなくてもだ。


 なぜなら、力雄はこの神社が嫌いだから。


(お参道もボロボロ境内もボロボロ、狛犬たちは崩れる寸前。いつもながら最悪だな)


 ため息が自然と漏れる。


 こんな汚らしい神社、存在する理由はないだろう。

 力雄は心からそう思うのだ。


 だから、力雄は掃除をする。


(こうして、少しでもまともにしないとな。こんな状態だと何をしても手遅れかもしれないけど、せめてあと三年。俺が高校を卒業するまでは……こんなオンボロでも形だけは保ってくれないと)


 掃き掃除を終えて、今度はお社の中を雑巾掛けだ。

 力雄はそっとポケットに手を添える。

 ポケットには、先ほど投げられたヘアワックスが入っていた。


(捨てはしないんだよな。どんなに気に入らなくてもさ。俺を捨てたアイツ等と違って)


 そう。力雄は捨て子だ。


 五歳の頃、実の親に育児放棄され太刀宝神社に、美代子に引き取られたのだ。


 美代子は、厳しかった。


 五歳の頃から神社の手伝いはさせられていたし、しつけも十二分に施された。

 それは優しさなのだと、力雄は今では知っている。


 井戸から水桶を引っ張り出して、雑巾を付ける。


 井戸水の冷たさが心地いい。


 力雄は雑巾をぎゅっと絞る。


 もうガラスも割れてしまい、吹きさらしになっているお社の扉を力雄は開ける。


(……あれ? 誰か入ったか?)


 何ともいえない、微かな違和感を力雄は感じ取る。

 別にお社に鍵などかけていない。

 だから誰でも入れることは入れるのだ。


(まぁ、ちょっとした登山とかする人はいるからな。涼みにでも入ったか)


 力雄は特に気にせずに雑巾掛けをしていく。


 そこまで大きなお社ではない。

 力雄一人でも三十分もあれば終えることができる。

 最後に、ご神体の埃を落とそうとはたきを持ったとき、力雄は気がついた。


 高級そうなお酒が一本、なぜか隠すようにご神体の裏においてある。


(へぇ、珍しいこともあるもんだな。こんな時期に御神酒の奉納なんて)


 力雄の記憶では、お正月以外に何かを奉納されたことはない。


(お金持ちでも近所に引っ越してきたか? そんな話は聞いていないけど。というか、じゃあもしかしたらお賽銭も?)


 力雄はご神体の埃を払うと、賽銭箱の中身も確認してみる。


「……マジか」


 思わず声がでた。分厚い封筒が一つ。

 ドンと置かれている。


「……マジかマジかマジか」


 口早にそう言いながら、後かたづけをして、力雄は高級そうなお酒と封筒を抱えて山を下りていった。


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