第5話

「ねえ、しろちゃんはいないの」

怪我をしてテントのベッドで暇そうにしている少女に本日何回目かの同じ質問をされた。そんなこと、俺だって知りたい。

「俺も探してるんだけど、早く帰ってこないかなあ」

そう言いながら、視線を合わせてベッドの横にひざを折る。彼女には左足がない。怪我が悪化して、切断を余儀なくされた。それを白が説得し、生きる方の道を示したのだ。その白がいないとなると、少女は途端に不安がって今にも泣きだしそうになっている。

おろおろとしていると背後からテントをめくる音がした。

「なーに幼女泣かしてんだ、ノク」

「ルース!」

茶化しながらテントに入ってきたのは、ルースだった。のっしりと大きな体でゆっくりとベッドに近づいてくる。白と一緒に行動することの多いルースは少女のこともよく知っている。

ルースは少しだけ、強面である。しかし、かわいいものや小さいものに滅法弱いことはここでは有名だ。彼自身隠すこともなく公言している。

「ユエちゃん、ちょっとこいつ借りてもいいかい?」

そういうと、少女は「仕方がないわね」と白の真似をするように、小さな腕を組んだ。それを見て、二人で笑う。


テントの外で、少女に小さく礼をした。思わず泣きそうになってしまっていたのだ。ルースが来なかったら、ユエちゃんが笑わせてくれなかったら、涙をこぼしていたのかもしれない。心が折れてしまいそうになっていた。

「やっぱり、こっちにもいないか」

いないのは誰かなんて、話さなくても分かった。医療テントの中は悲壮だ。彼女がいないだけで、医療者はいなくなってしまう。付け焼刃の住民が真似事をしているに過ぎないのだ。テントの中で彼女の重要さは、痛いほどわかっていた。よくテントに出入りして行動を共にしているルースも、きっと同じなのかもしれない。

「いないよ。昨日の夕方、送り出してから姿を見てないよ。ちょっと体調悪いかもなんて言ってたから、いつもより早く帰したんだ。こんなことなら誰か一緒に帰しておいたらよかった。もしくはあのままテントで介抱したらよかった。そしたら、こんなことには」

頭を抱えて項垂れる俺の背中を、大きな掌がひっぱたく。

「馬鹿野郎、全部結果論じゃねえか。……って、あいつならそう言う。俺も、そう思う。こうしてたら、ああしてたら、なんて俺らは何回も問答してきただろう。答えが出たことはあるか? ねえだろ。今を生きるしかねえんだ、俺らは」

ルースは俺と目線を合わせた。その為に地面にひざをついている。こういうところが、お前らは似てたんだ。ルースには、伝えないでそう思った。お前らはどこか似ているんだ。こうやって、相手に無意識に希望を持たせてしまうところとか、縋り付いてしまいたくなるほど強い意志を持っているところに、惹かれてしまう。

「そうだね。ありがとう」

ルースは「おう」と応えると、手持ち無沙汰に手の中で手遊びしていた湾曲した何かを、思い出したように声を上げた。

「そうだ、あの子に用があるんだった。お前のせいで忘れるところだった! 辛気臭い顔してるんじゃないよ、仮にも救護班だろうが、シャキッとしろよ」

忘れてたのは自分のせいじゃないか、そうは言えずに二人で医療テントに戻った。


ひどいけがをした。がけから、おちたの。それをおねえちゃんがたすけてくれた。でもわたしのあしは、きらなくちゃいけなくなった。

「残してあげられない。ごめんね」

おねえちゃんは、なきながらそういった。

「かわりに、友達にたのんで足の代わりを作ってもらえるようにしておくよ。今まで通りとはいかないと思うけど、歩けるように。だから、申し訳ないんだけど、君の足をくれないかな?」

おねえちゃんはそういって、いたいだけでうごきもしない、わたしのあしをもらってくれた。

ねつがでるのも、つらくなるのも、みんなこのあしのせい。

おねえちゃんが、なんとかしてくれるんだったら、わたしのあし、あげてもいいよ。


「本来の目的、忘れてたよ」

そう言って、ルースはユエちゃんのベッドへ戻った。簡易的なパイプ椅子にのっしと腰かけて、ユエちゃんに手遊びしていた何かを見せた。プラスチックのような、湾曲した何かは力を入れると少ししなる。その先端は丸く削られており、もう片方の先端は削った竹のような素材で足を通せるようになっている。

「ちょっと、おにいさんに足、見せてくれるかな? 白にくれてやったんだろ? 前の足。赤く腫れて、痛かったやつ。次の足は俺が作ったから、気に入ってくれるといいんだけど」

そう言って、彼女を口説いていた。ユエちゃんは咲くように笑むと、大きくうなずいた。

「あ、でも、ノクはだめ! ルースだけ!」

布団を胸元まで手繰り寄せて、必死に隠れる少女を見てルースは笑いをこらえた。ああ、だめだ。ここにたったひとりいないだけで、こんなにも苦しいとは。その一人が残した少女を鏡のように見てしまう。こんな小さな少女を拠り所にしてしまう自分が情けなかった。

「そう言わないでよ。今日は俺が白の代わりなんだから、許してね?」

そう言って、パーテーションを引っ張ってきた。ベッドの周りに設置すると、「仕方ないから特別ね」と少女は人差し指を唇の前に持ってきて「内緒」と指に口づけた。


彼女のために廃材の中から探したらしいそれは、うまく彼女の足にフィットした。しなる木の帯で膝の関節を固定する。やわらかい皮膚に直接当たらないように、包帯で守ってからだ。さらに装具の上から包帯で固定する。

「よし、じゃあテストだ。立つぞ」

そう言って、ユエちゃんを優しく起こすルース。しかし、彼女はリハビリをしてはいたものの、長いこと「立って」はいないのだ。

「気持ち悪くなったり、目の前が暗くなることがあるから、そうなったらすぐに言ってね」と白に教わったことを、二人に伝える。ルースは慎重に彼女の軽い体をゆっくりと地面に下す。

そうっと、手を放す。俺もルースも、自然と両腕が前へ出た。彼女がこけてしまわないように、すぐに掴まってもらえるように、すぐに手が伸ばせるように、だ。

彼女は、数秒ふわふわと立って、ふっとくずおれた。それをすかさず抱き留める。そのままベッドに横たえて「ルース、足持ち上げて!」と素早く指示を出す。彼女の手首と首筋に指を置く。鼓動は少し早いが、すぐに正常に戻っていく。急に立ったことで血圧が低下したのだろう。手首の動脈に脈拍が戻ってきたのを確認して、一息ついた。血圧が少しずつ戻ってきている。

少女の両足を担ぐように持ち上げていたルースに、下してもいいと伝えると恐る恐るベッドの上にそろえて下した。表情にこそ出ていないものの、きっと驚いているのだろう。

「大丈夫、血圧も戻ってきたから、安心して。こうなるのは前から説明してあったんだよ。白からこんこんとね。俺にもどうしてこうなるのか、教えてくれてたんだ。だから、もう大丈夫」

どっと、地面にそのまま腰を下ろすルースに驚いたが、その肩を叩いて笑いかけた。俺だって初めて見た。どの知識も白から教わったことばかりだ。どれもこれも、彼女から。相手を安心させる術も、どういう風に話すべきかも、白のコピーだ。だから、俺には白にはなれない。それくらい、あいつは大きい。俺ができることなんて、たかが知れている。もっと教わりたいことがたくさんある。だから、早く帰ってきてほしい。白がいないテントを守るのは、思ったより重大なことで難しかった。

「お前だって顔、真っ白じゃねえか」

苦し紛れにルースに言い当てられた。そうだ。俺だって、平気なもんか。

「お互い様だろう」

そう言って笑ってやった。虚勢くらい、張らせろよ。

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