第42話 捜索

 可笑しい。


 ホムンクルスが部屋を出てから数時間が経過したというのに、未だに帰ってこない。下に食べ物を取りに行っただけなら、もうとっくに戻っているだろう。

 見れば、時計の短針は午後八時を指していた。


 ままならない思考が焦燥に塗りつぶされ、不安が首をもたげる。


「ホムンクルス······」


 一人は怖い。嫌だ。

 気が付けば、俺はすがるようにホムンクルスの姿を探していた。別に好意を抱いているわけではない。アメイラの代わりを求めているわけでもない。ただ、あの貼り付けたような無表情に見守ってもらいたかった。


 この状況で、一人はつらすぎる。


 意識すれば、ホムンクルスとの間に繋がるパス······回路のようなものを感じる。どうやら死んではいないらしい。案外厨房にいたりするのかも知れない。


 そう思って厨房に向かうために部屋を出ると、"お盆に夕食を乗せて"俺の部屋へと歩いてくるフレイが視界に入ってきた。


「あっ···シオン」


「フレイ、あれから何日経った?」


「一日半よ。······やっと出てきてくれたのね?そしたらまず、ご飯食べないと」


 ぎこちなく笑って俺にお盆を渡そうとするフレイ。

 つまり、ホムンクルスは厨房でご飯を受け取っていないということだ。仕事熱心なフレイが、そこら辺の確認をしないはずがない。


「···っ!!フレイ、俺の奴隷何処行ったか分かるか?!」


「何よいきなりっ」


 フレイは俺に怒鳴られて一瞬肩を震わせたが、すぐに質問に答えてくれた。


「二時間くらい前に出かけていったと思うけど」


「出かけた?二時間前?」


 不意に悪寒がよぎった。考えまいとしても、最悪の場面を想定してしまう。嫌だ。これ以上は。


「ちょっと悪い!!」


 フレイを押し退けて一度部屋に戻り、床に放置されていた剣を腰に提げる。そのまま部屋を飛び出て、全速力で廊下を走った。


「ちょっとシオンッ?!」


「悪い!!」


 再びフレイを押し退けて階段を下り、玄関を飛び出して外へ。夜の冷たい風が肌を撫でるのも気にせず、素早く周囲を見回した。


 等間隔で配置される魔導電灯が暗闇の中から大通りを眩く照らす。夜になっても人通りは衰えを見せず、昼間と変わらない賑わいを見せていた。その中からピンポイントでホムンクルスを探し出すのは困難を極めるだろう。

 あいつはとても目立つ銀髪だが、同時に低身長だ。一度人混みにまぎれてしまえば、途端に見えなくなってしまう。


 どこだ? どこだ?


 食べ物には目がないあいつのことだ。ひょっとしたら、俺と二人で訪れたことがある飲食店にでもいるのかもしれない。

 そう思って、近くにある飲食店を片っ端から訪ねていく。だが、思い当たる店を全てあたっても、ホムンクルスは見つからなかった。


 なら、アメイラの家に?


 エイラがギルドマスターに引き取られたことはまだ伝えていないから、心配になって様子を見に行ってしまったのかもしれない。


 "いてくれ"


 そんな願望を抱いてアメイラの家に向かうが、悲しいくらいにもぬけの殻だった。誰一人いやしない。俺が判断を間違わなければ、ここには秘密を抱えた家族二人が、幸せに生活していたんだ。それを···。


 視界が狭まる思いだ。

 ここでホムンクルスにまでいなくなられてしまったら、俺はどうすればいいんだ?一人で、何ができるって言うんだ?


 言葉を失うほどに広い王都を駆けずり回る。思い返されるのはホムンクルスとの生活だった。


 楽しくて、何故かイライラが募って、だけど放っておけなくて。別に好きではない。好意を抱いている相手は、未だにアメイラだ。だけど、隣にいると安心する。


 もう、誰かに離れていってもらいたくない。お願いだっ、どこにいるか答えてくれ!


 走り回って息が上がり、変に思考が落ち着いた頃、ふと思い出した。


 ホムンクルスが、契約主の居場所がわかると言っていたことを。俺も、あいつとのパスが認識できる。なら、あいつの居場所の逆探知だって可能なんじゃないか?


 何でもいい。可能性があるのなら何にでも縋りたかったから、強く念じた。


 "お前は今どこにいる?"


 一瞬の静寂。

 後、何かが覚醒するような感覚を覚えた。そう。言うなれば、ホムンクルスだけに対応する第六感だろうか?


 まるで、脳裏にもう一つの視界が焼き付くように、地図が刷り込まれるように、あいつの居場所が把握できた。逆探知は成功したらしい。


「路地裏?」


 そして、ホムンクルスの居場所を確認して、困惑した。あいつは路地裏にいるまま、動いていないようだ。なぜだ?


 いやっ、いい。


 万が一あいつに危険が迫っているのなら、俺は助けたい。


 体の向きを百八十度反転させ、足を動かし······


『引き返す』


 咄嗟に足が止まってしまった。刷り込まれた恐怖が体を支配し、動けと伝える意志を跳ね返してしまう。忌々しいほどに嫌悪するスキルだけど、発動するたびに命を拾ってきた事実があるからこそ、動けなかった。


「あっ······」


 嫌だ。何でもいい。俺が向かう先、つまりホムンクルスがいる場所に命の危機があるのだから、向かいたい。

 お願いだっ、動け!


 俺には、逆境に立ち向かう度胸がない。逆境を跳ね返す力もない。そして、覚悟もない。でも、動いてほしかった。

 動けないのなら、今は恐怖でもいい。アメイラたちの死に際を思い出し、凍りついた足を溶かしていく。


 一歩、動いた。


「ぉ、ああああああ!!!」


 自ら死に向かっていく。そんなおぞましい事実を絶叫で打ち消し、ひと目も憚らずに全力で走った。


 脳内で何度も鳴り響くスキルの声を無視して路地裏を進むと、ホムンクルスの反応が強くなっていく。走る時間が増すごとに道は狭まり、汚くなっていく。治安が悪くなっていく。


 それでも道を曲がり、奥へ向かい、不意に開けた場所に出て······


「なぁ、男爵サマが言ってたのって、こいつであってるよな?」


「あぁ、そいつがあの服屋から出てきたのは確認したからな。間違いない」


 屈強な男たちに取り押さえられたホムンクルスを発見した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る