第39話 バレた
エイラのもとへ向かうまでの道のり全てが、アメイラとの小さな思い出で一杯だった。
アメイラはお金を使いたがらないから、俺が焼き鳥を奢ってやったことがあった。その時のことをネタに、何日もいびり倒したっけな。
そんな風に、一歩踏み出す度にアメイラが隣にいたことに気付かされて、アイクたちには悪いけど、それが一番悲しい。
正直、復讐なんて考えられる程前は見据えられない。心が、あの時のまま停滞しているようだ。
そんなことを考えながら数分間歩くと、アメイラの家に辿り着いた。鍵は持っていないから、周囲に人がいないことを確認して、エイラの名前を呼び掛ける。
「エイラ?エイラっ。俺だ、シオンだ。いたら開けてくれ」
ノックを重ねてからたっぷり数十秒が経過して、ゆっくり玄関の扉が開かれた。
「あれ?お兄ちゃん。お姉ちゃんは?」
絶対に泣かない。エイラの顔を見ても泣かないと決めていたのに、全ての覚悟はエイラを視界に入れた瞬間、崩れ去った。
「エイラッ、ごめんな、ごめんなっっ」
「え?お兄ちゃん?」
アメイラと同じ色の髪の毛。面影がある相貌。まるでアメイラと相対したように思えて、理性は罪悪感に押し流されてしまう。もしくは、エイラの姿にアメイラを重ねてしまったのかも知れない。
エイラを強く抱きしめると、我慢していた涙がぼうだとして下る。
「お兄ちゃん、中入ろうよ?ここだと皆に見られちゃうよ?ね?」
エイラは、まさか自分の姉が死んだとは思っていないようで、泣く俺に対してお姉ちゃん面をして頭を撫でてくるだけだ。
怖い。俺は、この子の幸せを粉々に砕く言葉を持っている。死んだと言う必要はないんじゃないのか?何の権利があっておれはエイラを泣かせるんだ。そうだ。どこかではぐれて、今は探していると言えばいい。そうすれば···
エイラが扉の鍵を閉めて家の中をパタパタと走り回る間、俺はそんなことを考えていた。本当のことを告げるのが怖くて、しかもおそらく俺はエイラを言いくるめられる状況にいるから、自分が傷付かないような思考に逃げているんだ。
「ねー、お兄ちゃん。今日はどれーさんこないの?」
「今日は怪我しちゃってて来れないんだ。ごめんな」
「えー、やだぁー!どれーさん、今日は絵を描くって約束したんだもん」
「そうだよなっ、そう···だよなぁ、」
唇の端が震えた。指先に力が入らなくなり、やはり視界が滲む。そんな俺を見て、エイラは首を傾げた。
「お兄ちゃん、どうしたの?どこか痛いの?」
「あぁ、そうみたいなんだ。ごめんな、ごめんなっ!俺、おれ」
これ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。罪悪感が苦しくて、誰かに分かってもらいたくて、エイラに抱きついてしまう。エイラは戸惑いながらも、そんな俺を突っぱねはしなかった。
情けない。十六歳にもなって、十歳に満たない少女の胸で泣くなんて。後頭部を優しく撫でてくれる手は小さくて、胴だって俺の頭とどちらが細いか分からないくらいには小さい。
こんな子供にまで嘘をつくのかと、そう考えると、酷く惨めに感じた。
「エイラ、よく聞いてくれ。あまり、言いたくないことなんだ」
「なぁーに?」
言いたくない。言いたくない。言え。言いたくない。言え!言え!
「アメイラが···」
「お姉ちゃんが、どうしたの?あっ、分かった。お兄ちゃん、お姉ちゃんに好きって言われたんでしょ?!お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと大好きって言ってたもん!」
「アッ、メイラ······!」
エイラの言葉が本当かどうかなんて分からない。だけど、もしアメイラがそんなことを言っていたのだと想像すると、今更全てが虚しすぎた。
エイラを抱きしめる腕に力がこもる。
「うっ、痛いよ。ねぇ、遊ぼーよー?」
「ごめんなっ、もう遊べないんだ」
「何で?」
「それは···」
それは、
「アメイラは、死んだんだ」
俺とエイラしか存在しない、狭い世界。平屋でボロくて小さくて、大切な世界が、その一言で停滞した。
エイラは何を言っているんだとばかりに首を傾げるが、先に吐いた言葉を否定しない俺を見て、やがて体を震わせる。小さな口が、小刻みに痙攣していた。
「え、え?お兄ちゃん?」
「ごめんな、守れなくて。俺が弱くて馬鹿だったから、何も出来なかった!本当に、もぅ」
「嘘っ!そんなのおかしいもん!嘘言ったらいけないんだよ!」
嘘ならどれだけ嬉しいことか。
「嘘じゃないんだ」
「嘘っ!嫌だ、嫌だ!!だって、そしたらパパもママもいないよ!エイラ、また一人になっちゃうよ!!」
もう、何一つ発する言葉が見つからなかった。あれだけ逃げ回った後だと、並べ立てた言葉全てが軽すぎる。だから、ただエイラを抱きしめる。
「お兄ちゃんのいじわる!離してよ!離してよ!」
腕の中でエイラがジタバタと暴れ始めた。俺の言葉を否定するようにもがき、離してと叫んでいる。
絶対外に漏れているだろう。不審に思う人もいるはずだ。それでも離したくなくて、俺はエイラを強く抱きしめた。
アメイラを守る事ができなかったこと、逃げてしまったことに後悔し、エイラに優しい言葉の一つも掛けられないことに負い目を感じる。
だから、今誰もいなくなったら壊れてしまいそうなエイラをどうにか繋ぎ止めたくて、そして俺自身人の温もりが欲しくて、こうしている。
やがて数分が経過すると、エイラは疲れたように眠ってしまった。俺はエイラをベッドに運ぶと、その横に腰掛ける。
「汗、かいてんな」
ずっと暴れて泣いていたからだろう。エイラの全身は熱くて、その温度が俺の腕にも残っている。タオルで拭かないと。
風を引かせないためにタオルを探そうと立ち上がるが、そんな物がどこにあるかなんて分からない。
「どこだ?」
適当にタンスの一番上を開けてみると、中にはアメイラの下着が入っていた。
『ちょっと何してるんですか?!シオン君、やめてくださいよバカァ!!』
そんな言葉が、容易に想像できた。
「なんか言えよ、アメイラ。今俺、お前の家勝手に漁ってんだぞ?なぁ?下着なんか見ちゃったんだぞ?······嬉しくねぇよ、くそっ!」
駄目だ。涙が止まらない。何かの拍子にアメイラを思い出すたび、ボキリと心が折れていく。それでもどうにか涙を拭って······バンッ!!
玄関の扉が、勢いよく開かれた。
「そこの子供は···ふん。やはりそういうことか」
「ギルド、マスター?」
「そう怖い顔をするな。憲兵が来る前に、そいつを匿ってやる」
エイラがバレた。
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