第38話 目覚めたけど現実は変わらない

「······あれ?」


 目が覚めると、真っ白な天井が見えた。シミ一つない、綺麗な天井だ。


「目が覚めたか」


 天井を見ながら寝ぼけていると、正面から声が掛かる。誰かの前にいるのか?!


 慌てて飛び起きて前を向くと、そこには難しい表情を浮かべたギルドマスターがいた。


「あ···っれ、どーかし、ゲホッゲホッ!!」


 あれ、どうかしたんですか? と言おうとして口を開き、喉に空気を通しただけで激痛に襲われた。何だよ、まるで何時間も泣き続けたみたい······な。


「あ」


 泣き続けたみたいじゃなくて、実際に泣き続けたんじゃん。それを思い出した瞬間、忘れていた···いや、忘れようとしていたことが、鮮明に脳裏に蘇った。


 ぁ、あはははははは。ははは。


「あぁ、ああああああああああっ!!!」


「シオン!落ち着け!!」


 ギルドマスターが何かを叫ぶが、そんな声は頭に入ってこない。ただ、自分が皆を死なせてしまったという事実が、全身にのしかかった。


『シオン君?どうしたんですか?』


 アメイラならこんな時、そう言うはずだ。自分から積極的に面倒事に関わりたくないから、取り敢えず心配している体で話し掛けてくる。ああ、容易に想像できる。


「アメイラ、アメイラぁ!!皆、俺が!俺が!!」


「落ち着け!!!···っち」


 ギルドマスターが舌打ちをしながら、何かの言葉をつぶやいた。すると、俺の体が謎の光に包まれる。その瞬間、ほつれていた思考回路の糸が結ばれていく。少しだけ冷静になれたようだ。そして同時に回復魔術も使用したのか、喉の調子も良くなった気がする。


「あ、れ?ギルドマスター?」


「落ち着いたか、アホ。私に魔術を使わせるな」


「······ごめんなさい」


 いや、冷静になった分、現実はより重くなる。前も後ろも見ずに只叫んでいれば、どれだけ楽になれるだろう。もう嫌だ。いっそ死にたい。

 しかし、俺には能動的に死ぬ勇気はなく、受動的に殺される度胸もない。


「どう···すればいいんですか」


「どうすればいいかなど、私は知らん。まず、状況を教えろ。救助隊が行くまでの二日間の間に何が起こった?あの結界は何だ?」


 は?


「ふざけんなよ?」


「···」


「四人も死んだんだぞ!!!なのに、そんなの知らねぇだと!!ざけんなクソがぁぁ!」


「お前も死にたいか?」


「あ"あ"?!」


「そんな顔をしている」


 だから何だってんだよ。もう嫌だよ。セリアのことで悩んで、ホムンクルスのことで神経擦り減らせて、それでこれかよ。もう、キャパシティオーバーなんだよ。


「お前が泣き崩れている間、お前の奴隷が集まってくるダンジョンの魔物を殺していた。救助隊が向かった時、周囲には数十体のゴブリンの死骸が転がってたらしい。感謝するんだな」


「何だよ···ですか、それ?どういう事ですか?」


「そのまんまの意味だ。お前の叫び声に寄ってきた魔物から、お前を守っていたんだろうな。奴隷は。二日間一睡もせずに、ひたすら戦い続けていたんだ。それなりに重傷を負っていたから私の回復魔術を掛けて、今はお前が取っている宿で休ませている」


「そう、ですか」


 知らないところで、また迷惑をかけていたのか。本当、俺は駄目なやつだ。アメイラ、俺はどうしたらいいんだよ。もう殺してくれよ。


「もし、もしだ。あの結界を意図的に掛けた奴がいると言ったら、どうする?」


「は?」


 その言葉の意味が一瞬だけ理解できなかった。だけど、起きた事実が変わらないとしたなら、そこに理由付けが欲しくて。せめて俺のせいではないと納得したくて、話の続きを促すような答えを述べた。


「殺す。探して、見つけ出して、殺す」


「そうか。なら、その時の状況を教えろ。詳しくだ」

 

「はい」


 その後、あの時起きた出来事を包み隠さず、覚えているだけすべてを話した。まず、俺に向けて矢が飛来してきたこと。その直後、狙いすましたようなタイミングで結界が張られたこと。結界の中に魔方陣が現れて、そこから沢山の魔物が転移してきたこと。そして、その魔物が皆異常に強かったこと。


 話しながら何度も泣いてしまったが、ギルドマスターはそのたびに魔術を掛けて先を促してくれた。そして、数十分に及ぶ報告が終わり、考え込むようにギルドマスターが目をつぶる。再び目を開いたのは、それから更に十分後の事だった。


「間違いないな。最近王都周辺に出没する力を持った魔物。これを手引きしている者と、今回の黒幕は同一人物だ。手口が似ている。そして何より、ゴブリンやコボルトといった下位の魔物が、そう何体も突然変異したりはしないだろう」


「そう、ですか」


 それが聞ければ満足だ。多分敵討ちなんて狙っても殺されるだけだけど、相手が誰であるかだけは知っておきたい。万が一、俺にチャンスが巡ってくる可能性もあるんだから。


「待て。どこに行く?」


「状況は伝えましたよね。今日は帰ります」


「敵討ちなど考えるなよ、とは言わん。今のお前は、無理矢理にでも支えを作らなければ、死んでしまいそうだからな。ただ、早まるなよ?」


「はい」


 ギルドマスターに礼を言って、部屋を出た。


 足取りは重い。あの四人が死んだなんて信じられなくて、だからこそ力が入らない。今にも死んでしまいたい。ギルドマスターが俺の復讐心を煽ったのは、生きる目的を作らせる為なんだろう。だけど、復讐をしたいと思うほど、俺の心は真っ直ぐじゃなかった。仇を取るより前に、まず気力が湧いてこない。


 やっぱり口だけで空っぽで、アメイラの死を目の当たりにして、何も考えられなくなってしまった。


 だけど、エイラだけはどうにかしないと。


 その一心で、俺はアメイラの家に向かった。

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