第37話 取り戻せない仲間たち
「グギャァァア!!」
魔方陣から出て来た数十体の魔物は、アイクたちに明確な敵意を持って対峙しているように見えた。アイクとカイはそれぞれ武器を構え、ロイドはアメイラを庇うように立っている。しかし、皆体が震えていた。
分かっているんだろう。勝ち目など皆無とあるということに。
「アイク!カイ!ロイド!アメイラ!!」
壊れるはずもない結界を叩きながら、みんなの名前を呼ぶ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。みんなが死ぬはずがない。大丈夫、 大丈夫だ。敵は所詮ゴブリンやコボルトだし、通路も狭いから数の有利は活かせないだろうし、結局は······
乱れた思考を落ち着かせたのは、ロイドの叫び声だった。
「オイ!シオン!!逃げたことはこの際何も言わねーー!だから、お前は今すぐ上戻って助け呼んで来い!!その間くらいなら、どうにかしてやらぁ!」
「わわわ、分かったっ」
弾けるように起き上がり、迷いと躊躇いを振り切ってもと来た道を引き返す。
一歩。
―――アイクがれっぱく気合で叫び、同時に激しい剣戟が鳴り響く。
二歩。
―――幾つもの剣戟が鳴り響く中、カイが盾で攻撃を弾く音が聞こえた。
三歩。
―――剣戟が止み、何かを貫く生々しい音がグチャリと鼓膜を叩いた。
······え?
何故か、とてつもなく嫌な予感がした。悪寒が背中を駆け抜けたような感覚。咄嗟に後ろを振り返ると······アイクが剣で全身を貫かれていた。
「アイクゥゥゥ!!!!」
そんな、嘘だっ!アイクが、アイクがアイクがアイクがアイクが。
即死したアイクを目の当たりにして、怒気を露わにしたカイが、乱暴に盾を投げ捨てた。盾が役に立たないと気付いたのだろう。そのまま拳を構えて、向かい来るゴブリンの懐に潜る。相手の走る勢いすら利用してみぞおちに掌底を叩きつけたが···尚もゴブリンは止まらない。
そいつは狂ったように雄叫びを上げて、カイの肩に喰らいついた。
「くっ!!」
そして、続く個体が剣を振りかぶった。
おかしい。強さが違う。四層のゴブリンが、連携なんかするはずもない。何だ、何故か、こいつらに既視感がある。そうだ。まるでこいつら、外で見たイレギュラーなコボルトじゃないか······
「クソがァァァァァァ!!!!!」
ゴブリンの剣がカイに叩き付けられる寸前、ロイドが杖を横凪に振り払った。腹に打撃を受けた剣は粉々に砕け、武器を失ったゴブリンは後ろに下がっていく。
ロイドはそれを一瞥すると、全員を庇うように前に立ち、ゴブリンたちを睨みつけた。
「カイ!下がってろ!!」
次々に迫るゴブリンの幾つもの斬撃。その中でも致命傷になるものだけを選別し、ロイドは杖を振るった。剣を杖で打ち払い、そのまま棒術のように回転させ、その場の誰よりも早く連撃を繰り出す。杖がロイドを中心に旋風のように舞う。鬼神の如き戦いぶりを前に、ゴブリンたちはとうとう尻込みすらしていた。
だが。
「ギャア!」
後ろからそれを見ていたゴブリンが、前方のゴブリンのケツを蹴り飛ばした。蹴られたゴブリンはそのままロイドの正面まで飛ばされ、直後頭を杖で砕かれて絶命する。
そして、その瞬間を狙いすましたように、十体以上のゴブリンがロイドに迫った。攻撃した瞬間を狙われたロイドは対応出来ずにゴブリンたちに押し倒され、そのまま覆い被されて見えなくなってしまう。
緑がうごめくたびにロイドの悲鳴が上がり、同時に何かを咀嚼するような下品な音がクッチャクッチャと耳を撫でる。
何、だよ。何が起きてんだ?はは、なんだよこれ?!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ···
「う、そだよな?なぁ、嘘だろ?なぁ、誰かなんか言えよ!!」
怪我をして動きが鈍ったカイも、ゴブリンに囲まれて······。
アメイラは?
鉛のように重たい足を何とか動かし、涙で滲む視界の中アメイラの姿を探して、見つけた彼女に何とか手を伸ばす。
薄くて透明な膜にしか見えない結界。すぐそこには助けたい人がいて、様子すら完璧に見えているのに、声すら聞こえているのに。あと一歩が届かない。
何よりも遠くて分厚い壁のように結界が遮っていた。
「アメイラッ!!!」
結界の手のひらを付けたところに、アメイラが縋り付いて左手を伸ばしてきた。手が触れているように見える薄さなのに、そこにアメイラの温かさは感じられない。
左手だけを伸ばすアメイラは、俺を真っ直ぐ見つめると口を開いた。それは、別れの言葉に聞こえてしまう。
「シオン君。······エイラをお願いします」
「何言ってんだよ!!アメイラっ、アメイラ!今助けるから!」
何故だが時間が長く···無限にすら感じられて、ゆっくり動く世界の中で、アメイラの全てを覚えていたくて。だから、アメイラの顔を必死に見つめて、ようやく気付いた。
俺は、知らず知らずに、こいつに惹かれていたんだと。
最初はほわほわしたマスコットみたいなキャラで。
だけどエイラのことを知ってからは、杜撰なところもあるんだと知って。
割とえげつないようなことを言えるやつで。
妹思いで。常に何かに悩んでいて、力になりたくて。
だから、だから、だから。
だけど、もう遅い。全てが遅すぎた。
後ろからゴブリンが迫る中、アメイラは涙を流しながら、震える口を開いた。
「いざという時だけは、こうやって優しいんですね。私は、そんなシオン君が···」
言葉は続かなかった。俺の目の前で血が吹き飛び、生理的な反射で目をつぶってしまう。再び開けた時、大量の血液が結界の内側を伝い落ちていた。その下には、その···下、にはっ。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
何で?皆死んだ。何で死んだ?何で結界がある?何で俺はそれを伝えなかった?俺が伝えさえすれば、怖がらなければ。
「ぁ」
······俺のせいじゃんかよ。
俺の、俺の。
生き残ったホムンクルスは何をしているんだ? とか、そんな事は頭から抜け落ちていた。
「うわぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああ!!!!!!」
喉が痛い。叫び声を上げる度に張り裂けそうになる。だけど、それ以上に······何かが痛い。
右も左も分からなくなって、救助隊が来るまで、ひたすら結界に縋って泣き続けた。
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