第36話 絶望の体言

「ギャァァオア!!」


 よだれを撒き散らして突貫してくるゴブリン、その数三体。前衛が二人しかいない俺達にとっては脅威足り得るが······


「······!!」


 剣と呼ぶには少々刃渡りの短い刀身が、宙に銀閃を描く。軌道上を走っていたゴブリンは抵抗ままならずに切り裂かれ、悲鳴も上げずに絶命した。


 剣を振り切った体勢で固まるかと思いきや、ホムンクルスは左によった重心を利用して一回転。回りながらもう一体のゴブリンの喉元を斬りつけ、直後血華が咲き誇る。


「何だ?お前の奴隷、何時になく気合入ってんじゃねーかよ」


「あー、まあな」


 エイラに沢山のことを話してあげられるように頑張っているなんて、口が裂けても言えない。ただ、アメイラは商人譲りの観察眼で、何かを察したようだ。誰にも気取られないように一瞬だけ俺を見てきた。

 でも、ホムンクルスの行動は俺の意志のもとに行われているわけじゃないから、気にしなくてもいいのに······と言っても 伝わらないか。


 後で重ねて礼を言われるのも面倒くさいし、気づかなかったふりをして前を向くことにした。


 移り変わる視線の先では···。


「はっ!!」


 ひと呼吸の間にいくつもの剣閃が舞い、その都度目まぐるしく立ち位置が入れ替わる。小さな合図一つでアイクが後ろに下がり、同時にホムンクルスが前方に躍り出ていた。


 その連携はおよそ短期間で鍛えられたものとは思えない練達を見せるが、しかしアイクたちはそれを実際にやっていて。

 間近で見ていると、何故か羨ましく思えてしまう。つい、流れるような立ち回りに目を奪われてしまう。


「ギャァァア!!」


 ゴブリンの荒削りな攻撃をアイクが受け流し、その合間を縫ってホムンクルスが刺突を繰り出した。鋭い一撃で喉を貫かれたゴブリンはもの言わぬ死骸となり、地面に倒れ伏す。


 が、実はまだ生きていて反撃を受けました〜なんて事態になったら、目も当てられない。ゴブリンの絶命を確認して、ようやく戦闘が終った。

 アイクは剣をしまうと、ハイタッチを求めてホムンクルスに手を伸ばす。


 この間と同じ光景。だが異なる点は、首を傾げながらも、ホムンクルスがそれに応じたことだろう。まさかハイタッチを交わせるとは思っていなかったのか、アイクは目を見開いて驚いている。


「おら、ダンジョンのド真ん中で気抜いてんじゃねーよ」


「あ、ロイド。ごめん。確かに少しだけ気が抜けていたよ」


 今俺たちがいるのは、ダンジョンの四層だ。


 ダンジョンは五層毎にその有り様を大きく変えるとされているが、勿論その間の難易度が変化しないわけではない。一層変われば、敵は強くなる。


 三層と四層の差異は、単純に敵の質と数だろう。三層では単体もしくは二体で出現していた魔物が、四層では複数体の群れを組んで現れる。個体別の戦闘能力が上昇しているのに、だ。

 そして、そんな敵との戦闘が頻繁に発生するのだ。一戦するだけでも疲労が溜まるのだから、連戦してては集中も途切れてしまうだろう。

 現に、平静を装っているアイクとロイドの所作は、精細さに欠け始めていた。


 そんな状況では、油断なんて出来ないだろう。まして、気を抜くなんて以ての外だ。


「アイクさーん!怪我とかありませんか?回復魔術使いますよ?」


「僕は大丈夫だよ。奴隷さんも······平気みたいだ」


 ここ、四層のちょうど中間地点まで辿り着くまでに

既に四回の戦闘が起こっている。

 敵は決して弱くはなかったし、状況だって俺たちに有利に働いていた訳ではない。だというのに無傷······実力が上がってきた証拠だ。


「それじゃあ前に進みましょう」


「なら俺が前に出ればいいんだよな」


 確認の意も込めてアイクに問いながら、俺はパーティーの先頭に立った。


 俺は【危機察知:B】のスキルにより、大抵の即死を無効化できる。だからこうして前に出て、致死性のトラップを誰よりも先に察知するのが、アメイラの護衛以外の俺の役割だ。まぁ、こんな初層にそんなトラップはそうそう置かれていないが。


「危険なのに、ありがとうございます」


「いーよいーよ。俺全然働いてないし」


 本当は滅茶苦茶怖いし、出来ることならやりたくはない。だから、これは見栄みたいなものだ。

 皆がそれぞれの役割を確立させているのに、俺だけが変えが効く。だから、居場所が無くなるのが怖くて、そんな見栄。


「お前、本当はビビってんだろー?」


「は?!ビビってねーし!!」


「まーまー。俺は分かってんからよ」


「あ??!」


 からかってきたロイドに掴み掛かろうとするが、武術の動きで回避される。


「おい、それ卑怯だろ?!」


「使えるもんは使ったっていーだろ?」


 くそっ。正論だな。何も言えずに唸っていると、カイがロイドをたしなめた。


「命を張ってもらっているんだ。口が過ぎるぞ」


「カイは固えなぁ。ま、それもそうかもだけどよ」


 道場仲間だったカイにそう言われれば、話題を変えるしかないらしい。ロイドは俺の顔を見ると、悪びれもせずにニッと笑って口を開いた。


「そういやー昨日は布買えたのかよ?」


「あ"?買えなかったよ!」


「金が足りなかったんだろ?俺も最初はそーだったからな」


「あ、ロイドも金が足りなくて買えなかったんだ。てか思ったんだけどさ、あれって普通の布じゃ駄目なの?」


「それな。やったことあっけど、一回で破けるぞ。毎回買い換えること考えると、あて布の方が安いな」


「まじかよ···」


 ついつい項垂れてしまうと、ホムンクルスが声を掛けてきた。


「籠手のあて布がそんなに欲しい?」


「そんなにっつーか、他に欲しいものがないから無性に欲しくなるっつーか」


「ふーん」


 興味ないなら聞いてくるなよ?


「シオンさん。ここを右に曲がっ―――」


『飛来する矢を回避するためにその場で立ち止まる』


 え?


 アイクが地図を見ながら知らせてくれた行く先など、一瞬で頭から抜け落ちた。突然過ぎた、久しく忘れていたこの感覚。

 ようやく築き始めた日常を土足で踏み荒らすように、その"声"は脳内に響き渡った。


 咄嗟に立ち止まると、俺が一歩踏み出していたらそこに頭があったであろう場所を、矢が通り過ぎる。


「ひっ!」


 己に迫っていた命の危機を今更感じ、喉から細くて惨めな叫び声が漏れた。


「シオンさん?!」


アイクが慌てて駆け寄って来て、俺はすがるように後退した。

 いや、後退しようとして、体が硬直した。


『逃げろ』『引き返せ』『逃げろ』『逃げろ』『結界に取り込まれるな』『逃げろ』


 命を失うような経験をしたばかりで、気が動転していたんだろう。俺は婉曲な『死ぬぞ』の連呼に恐怖し、仲間がいることすら度外視して走り出してしまった。


「うわぁぁぁあ!!」


 アイクは俺の行動から何かを悟ったのか剣を抜き、カイも同じものを感じたのか拳を構え、ロイドは意外にも狼狽えていて。


「シオン君!!」


 アメイラは、俺に向けて手を伸ばしていた。


 前も見ずにがむしゃらに走っていたから最後尾を歩いていたホムンクルスと衝突し、突き飛ばすように転んだ瞬間、俺とホムンクルスを除いた三人を囲うように半透明の膜······結界が展開された。


「えっ······」


 短く聞こえたのはアメイラの声か。


 伸ばした腕、その半ばに重なるように展開された結界。それは外部との接触を阻むようにあっさりと、結界とそうでないところとの境界線で、アメイラの腕を断裂していた。


「ぁあぁぁああぁあぁあ!!!!!」


 筋肉や血管、繊維や出血でぐちゃぐちゃになった切断面を押さえて、アメイラが絶叫する。流れる血の量に比例するかのように、涙を流していた。


 そして、悪夢は終わらない。


 冷静に周囲を見回していたカイが気付いた。


 地面に展開される、いくつもの魔方陣に。そして、その中から出てくる数十体の魔物に。


「なん···だよっ、これ」


 絶望が口を開いた。

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