第34話 心の在り処
帰宅する途中、俺達はアメイラの家にお邪魔していた。
エイラが求めるままに、俺は籠手のあて布が買えなかったことを話す。こんなものただの愚痴にしかならないのだが、エイラからすれば娯楽に含まれるらしい。楽しそうに笑い、聞いている。
「でも、たしかに銀貨四枚は高いですよね。私達みたいな冒険者が持つ金じゃないですよ」
これはアメイラの言葉だ。自分自身がカツカツな生活をしているからこそ、共感ができるのだろう。毎日無条件に流れていく金を考えれば、銀貨四枚は大金だ。
「本当だよな。だから明日買いに行くんだよ。もう面倒くせぇ」
「なら、私も一緒に行きましょうか?」
「何考えてんだよ?」
「へ?」
とぼけたように首を傾げるアメイラ。しかし、こいつが得なく誰かのために動くとも思えない。
「怪しいって言ってるんだけど?」
「え?!私、そんなふうに見られてたんですか?」
「そうだな。俺はそう見てた」
「酷いですよっ」
アメイラはうなだれて見せるが、騙されないぞ。元々他人を巻き込もうとしてエイラのことを教えてきたやつだし。
「まー、今日はエイラの服が買えな買ったので、一人で行くのが暇なだけなんですけどね」
ほら、やっぱり。
「暇って面では同意見だな」
「奴隷さんがいるじゃないですか?」
「奴隷、ねぇ」
俺は小さくため息をつきながら、ホムンクルスをちらりと見た。
現在ホムンクルスはエイラの隣に座って、話し相手になっている。相当エイラのことが気に入っているらしい。
無表情でさえなければ、微笑ましい光景だ。······俺と一緒の時も、これくらい話し掛けてくれればいいのにな。何も話してくれないから、退屈だよ。毎日。
「あいつ、普段は何も喋らないだろ?だから暇なんだよ」
「でも今は······」
「な。それなんだよ。エイラのことが気に入ったみたいなんだけど、何でなんだろうな?」
俺たちは二人してホムンクルスを見ていた。ホムンクルスは、エイラと楽しそうに会話をしている。無表情だけど。
「どれーさんは、いつもどんな剣と盾を持ってるの?」
「刃渡り七十センチほどの直剣。盾は動きを阻害されるから、装備していない」
「えー、盾あったほうが強いじゃん!」
エイラの知識は偏っているから、冒険者といえば剣と盾! みたいなイメージがあるらしい。実際に両方使いこなす者は強いが、そんな人はそうそういないものだ。
「私には、盾を扱うためのスキルがない」
「えー。でも、盾あったほうが強いよ。絶対!」
「盾を装備すると、動きが鈍くなってしまう。必要ない」
「じゃー、軽くて小さくて格好いい盾があればいいんだ!!」
それは暴論だ。剣と盾を使いこなすスキルな少なく、我流で覚えるのも至難の業だろう。
そして、だからこそ俺達のパーティーには、カイがいるんじゃないか。
それにはホムンクルスも同意見なようで、反応示さぬ目でエイラを見つつ、口を開いた。
「そんな盾はない」
「じゃあエイラが作ってあげる!!」
そう言ったエイラは、落書きに使用していた紙を一枚掴むと、折り紙を始めた。ホムンクルスの視線の先で、ボロ紙が盾に変わっていく。
「はいっ!あげる」
そして、数十秒で盾へと変貌したボロ紙。流石に細かい物を作るのは大変なのか、随分と不格好な仕上がりだ。
ともすればゴミになりかねないそれを差し出され、ホムンクルスは······
「え?」
どうすればいいのか、判断に困ったのか。躊躇しながら手を伸ばし、そして引いてしまった。途端にエイラの表情が曇っていく。
「なんで?貰ってくれないの?やだっ」
エイラの言葉には、形容し難い必死さが乗っていた。それもそうだろう。エイラにとって、俺とホムンクルスは唯一の友達だ。そのうちの一人に拒絶される恐怖は、きっと計り知れない。
勿論ホムンクルスにはそんな意図はないが、人と関わる機会の尽くを奪われ続けたエイラに、半分以上が機械的に出来た者のことなど、理解できないのだろう。
理解するも何も、はじめから理解できるものがないのだから。
感情らしい感情はないが、それでもホムンクルスも思考はする。俺は、それを最近理解できるようになってきた。
だからこそなんとなく事情を理解した俺は、ホムンクルスを強く睨みつけた。
「あっ」
慌ててホムンクルスが盾を受け取る。その様は、急かされてビクビクする子供のようだ。しかし、対人経験皆無のエイラはそれに気づかず、嬉し笑いを浮かべてホムンクルスに抱きついた。
「はぁ······」
やはり対応が分からずに狼狽えるホムンクルスを見ていると、ついつい溜息が出てきてしまう。初めて出会ってからかなりの時間が経過したが、やっぱりあやふやなやつだ思った。
だが、受け取った盾を大事そうに握る手が、未だ見ぬ感情の芽を促しているように感じられて、楽しみにも思えてしまう。
いつか、ホムンクルスが自我を得る日が来るのだろうか?
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