第33話 つかの間の休息

 三層攻略を終えた俺達は、以前来たことがある洋服屋を訪れていた。前に来たときはホムンクルスの洋服を買うのが目的だったが、今回は違う。


 ロイドとカイの新しい装備を購入するためだ。

 なんでもこの店、一般向けに洋服を売っているだけでなく、提携している装備品ギルドの商品まで取り扱っているらしいのだ。


「おいシオン。お前らはなにすんだ?」


「何って······そうだな」


 俺とホムンクルスは、急ぎ買い足したいものがあるわけではない。ここまでついてきたのは、いわばパーティーとしての付き合いみたいなものだ。


「お前はどうしたい?」


「特に叶えたい願望はない」


「だってさ。用はないし、適当にプラプラしてるよ」


 ホムンクルスの即答を受け、俺はそう答えた。


「そうかよ。じゃあ、一時間後にここ集合な」


「あいよ」


「わかったよ」


「分かりました」


 俺とアイクとアメイラが頷いた。

 一時間。買い物としては長いが、装備品選びとしては短いくらいだ。大げさでも何でもなく、自分の命を預けるもの。こだわりがある冒険者なんかは、防具一つ選ぶのに一ヶ月間掛けたりもする。


 ロイドとカイが奥のコーナーに移動していくとアイクも奥に向かっていった。大方、剣でも見ながら時間を潰すのだろう。


「アメイラ。お前はどうするんだ?」


「女児向けの服でも買おうかと思います。そろそろサイズが合わなくなってきたみたいなので」


 アメイラは、エイラの服を買うようだ。だが、そんなものを買ってバレたりしないのだろうか?

 やんわりと尋ねてみると、返ってきたのは自嘲的な笑みだった。


「大丈夫ですよ。この店では、私は小さい服を買って帰る変態ですから。そんな趣味無いのに······あははははは」


 何と言うか、お気の毒だな。フラフラと別のコーナーへ向かっていくアメイラの背中に、そっと合掌しておく。


「んじゃ、適当に回るか」


「了解」


 お、こいつの了解は久しぶりに聞いたな。


「どこ行きたい?」


「特別行きたい場所はない」


「ちげーよ。興味あるとか、あれ良さそうとか。色々あんだろ?」


 ホムンクルスは首を傾げた。まさかこいつ、今までそういったことすら考えたことなかったのか?


「まさか、もう金は使っちゃいました〜とか言わねーよな?」


 ホムンクルスには、毎日稼いだ分の半額を渡している。豪遊とは言わないが、普通に使ってれば早々なくなりはしない額のはずなんだが······。


「お金はある。私はまだ何も買っていない」


「なんで買わないんだよ?」


「気になるものはある。けど、それが欲しいという欲に繋がらない。買う必要性を覚えないから?」


 何だそれ?俺は、欲しいと思えば即買いたくなる人種だ。だから、その考え方が理解できなかった。


「じゃ、俺が適当に行く場所についてくるでいいか?」


「構わない」


 そう言って頷くホムンクルスは、相変わらず無表情だった。エイラと話していた時は感情がみえたかなぁー? と思い、結局そんな事はなく無表情で狼狽えていたんだが、本当何時になったらこいつは人間らしくなるんだろうか?


 そうなるまで、俺はこいつを自由の環境に置いてやれるんだろうか?自分の考え一つ纏まらないような奴が、自分だけで精一杯なやつが、誰かに手を差し伸べられるんだろうか?


 きっと、どこかで失敗するんだろう。


 今だって、考えども答えが出ないんだから。


自分を守るために丸めた腕じゃ、誰も掴めやしないじゃないか。


「おら、行くぞ」


 不意によぎった思考を振り払い、ホムンクルスを連れて散策を始めた。とは言っても行く宛があるわけではなく、適当にブラブラしているだけなのだが······。


 まず始めに向かったのは以前訪れた洋服コーナーだ。あの時買った洋服は、切れやすいものだと知ったうえで買ったわけだが、未だに保っている。私服を使う場面が少なすぎて、傷つきようもないのだろう。新しいものに買い替え不必要もない。だが、何かのきっかけでホムンクルスが反応を示すかもしれないし···


「なぁ、何かほしい服あれば買ってもいいぞ?」


「いらない。それに、服を買うというのなら、装備を買ったほうが合理的だと思う」


 さいですか。


洋服作戦は失敗である。


 その後も様々な場所を巡ったが、結局ホムンクルスが反応を示すことはなかった。そして現在、回るところがなくなった俺たちは、途中でたまたま合流してしまったロイドとカイと共に行動している。


「なあロイド。俺時々思うんだけどさ、籠手で攻撃を弾く時って、肌擦れて痛くね?」


「あー、あれな。俺も昔は散々悩まされたぜ?」


「昔?」


「あぁ。今は籠手の中に専用のあて布してっからな。肌が傷つかねぇんだよ」


 何それ。今度から真似しよ。ていうか、今それ買えないかな?


「あのー、すみません」


 たまたま通りすがった店員に声を掛け、籠手の内側に付けるあて布がどこに売っているのかを尋ねた。すると、どうやらそれは籠手と同じコーナーにあるらしい。なのでそのままロイドたちに同行する。


 それからまたしばらく歩き、とうとう籠手を扱っているコーナーに移動した。俺は早速あて布が置いてある場所まで移動する。


 そこには、たくさんの陳列棚が並び、とてつもない数の商品が置いてあった。これでもコーナーの一角だというのだから、本当に恐ろしいものだ。全てに目を通しながら、あて布を探していく。


「げっ」


 そして、ようやくあて布を見つけることができた。しかしそれは有り金で買えるほど安いものではなかったのだ。

 まさかの銀貨四枚。擦れても破けないよう特殊な製造方法で作られているのが、高額の理由だろう。


「まじかー。また明日来るかなこりゃ」


 店員に謝るが、返ってきた反応は実に慣れたものだった。何でも、布ごときがこれほどの高額であると想像できずに、有り金が足りない客が多いのだとか。全く、失礼な奴らだ。


「突き合わせて悪いな。ほら、戻るぞ」


 何故だが熱心にあて布を見つめるホムンクルスに、そう告げる。するとホムンクルスが口を開いた。


「あなたはこれがほしい?」


「何だよ、買ってくれんのか」


「そのつもりはない。ただ、あなたが酒以外にこれほどの執着を見せるのが珍しいから、気になっただけ」


「さいですか······」


 もう何も語るまい。


 約三十分後。結局何も買わずに店を出た。

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