第32話 三層攻略

「三層って言っても、そんなに前と変わらないんですね」


「前に三層には来たことがあるけど、ここは時々コボルトが出てくるくらいだぞ」


「ん?お前、三層に来たことあんのか?」


「あ」


 セリアとダンジョン攻略をしていた時は、三層まで到達していた。その時の記憶を何気なく言ったが、違和感があったのだろうか?

 それに、できれば俺もセリアとのことを聞かれたくはない。


「ま、まぁな。昔ちょっとだけな」


「そうなんですか。なら、道を覚えていたりは······」


「悪いなアイク。もう忘れてる」


「あ、ははは。そう言うとは思ってました」


 何がツボにはまったのか、ロイドが大爆笑した。だが、ダンジョン内で会話は長く続かない。盾を前に構えて先行するカイが、曲がり角の先にゴブリンがいる事を伝えてきたのだ。


「お?ここに来てやっとだな?」


「ロイド。魔術は使わないのか?」


「俺の攻撃魔術は地味すぎて、素手のほうが強ぇ。ったく、要らねースキルだ」


 ロイドは僅かに顔をしかめながらそう言った。十年以上武に生きたのに、もらったスキルがそれでした〜なんて、許容できないのだろう。


「ゴブリンは何体ですか?」


「二体だ。どちらも、こっちに顔を向けている。出ればすぐに戦闘開始だろうな」


「私の出番はないですねー。シオン君、あとは頼みましたよ」


「つっても、俺も役割なさそうだけどな」


 今はロイドがヤル気だから、アイクたちで一体、ロイドでもう一体だ。俺もカイも必要ない。


「カイ。俺達は念の為アメイラを護衛しつつ、周囲の観察をしとこう」


「そうだな」


「んじゃ、ぶっ飛ばして来るわ」


 そう言うが速いが、ロイドが杖を槍のように構えて飛び出した。曲がり角の先で、何かを殴りつける鈍い音と、ゴブリンの断末魔が響く。

 すぐ後にアイクとホムンクルスも角を曲がり、俺達が顔を出す頃には戦闘が終わっていた。


「手応えねーな、こいつら」


「そうですね。やっぱり、パーティーメンバーが増えたからでしょうか」


「だろーな。シオンがいるおかげでアメイラには安心できるし、奴隷がいて攻撃も鋭くなったからよ」


 アイクとロイドが会話をする中で、ホムンクルスが一人ポツンと立っていた。その様子が可哀相だったから近づいてやると、無表情のまま話しかけてくる。


「あなたも戦ったほうがいい」


「は?何でだよ」


「そうすれば、話す内容も増えるから?」


 話す内容も······って、エイラのことか。こいつ、エイラのこと好きだな。もしかしたら、バレてはいけないという境遇を、自分と当て嵌めてるのかもしれない。


「このあとボス攻略するんだろ?なら、いやでも戦うことになるからな。今はいいや」


「それだと強くならない」


「俺だって色々悩んでんだよ。そこらへんはほっといてくれ」


 そして時間は一時間ほど経過し、ボス部屋の前にて。


「先に調べた情報によると、ここのボスはコボルト一体だけみたいだ」


「なら、俺とアイクと奴隷で畳み掛けて終わりだろーな」


「そうだけど······ボスは、通常種より強い個体が多いから、万が一があるかもしれない。堅実にいこう」


 アイクの考えが一番安全だろう。ロイドたち三人で攻撃しても、十中八九損害なく勝てる。だが、相手は腐ってもダンジョンのボスだ。何をしてくるかわからない以上、安全策を取るべきだと思う。


「だったら、俺はアメイラを守りつつコボルトを牽制しとくよ」


「ありがとうございます。じゃあ、シオンさんとカイでアメイラを守り、ロイドはいつも通り遊撃、僕たちで前線を張る、という形で行きましょう」


 そうと決まれば、待つ必要はない。俺達はボス部屋の扉を開き、中に入った。


「バウバウッ!!」


 侵入者に気づいたコボルトが、牙をむき出しにして威嚇する。敵の数が多く、一目で勝てないと悟ったのだろう。だからこれは、『今引き返せば手出ししない』という虚勢の遠吠えだ。


 そして、俺達は引き返しはしない。その様子を確認したコボルトは、僅かに怯みながらも前に出てきた。


「バウッ!!」


 ゴブリンの倍以上の速度で地を駆けるコボルト。見慣れていなければ、対処に遅れるだろう。


 アイクは新調した剣を抜き、油断なく中段に構えた。ホムンクルスは相変わらず後方に立ち、援護に徹している。基本、アイクが攻め手なのだ。


「はっ!」


 コボルトが地を駆ける勢いを乗せ、大振りで腕を振りかぶった。アイクは剣の腹でそれを巧くいなし、すれ違いざまに返す刀で背中を切り裂く。ほとばしる血液がなまなましく、激痛に顔を歪めるコボルトは悲鳴を上げて逃げるが、まだそこにはホムンクルスがいた。


「バァオア!!」


 そこには、最早ダンジョンのボスはいない。いるのは、敵に囲まれ、哀れにも致命傷を受け、死を恐れながらもそれを待つしかない、一体の魔物だ。


 余裕を持って追い詰め、嬲るように距離を詰め、少しずつ殺していく。その様は、まさに狩りだ。狩ることは魔物の専売特許ではない。


 犬の吠え方は何処に行ったと突っ込みたくなるような雄叫びを上げて、コボルトがホムンクルスに牙を剥いた。そのまま噛み付こうとしたのだろう。だが、そこは戦闘能力が物を言う。


 ホムンクルスは一歩引くだけで攻撃を回避し、コボルトの胸に剣を突き刺した。あれは、即死ものだ。


 故に、ホムンクルスは油断した。僅かに心臓を逸れ、コボルトがまだ命の灯火を保っていることに、一瞬気づかなかった。

 狩りであるならば、敵もまた獣。反撃くらいはあって当然。


「グルルルゥ······」


「あ···」


 至近距離で、捕まえたと笑うこボルト。ホムンクルスは自分へと振り下ろされる腕を眺めて小さく息を漏らす。それは空を切り、肉を切り裂き骨を断ち···


「アホ!油断すんな!」


 否。まさしく主人公のように割って入ってきたロイドが、篭手で攻撃を弾き飛ばした。上体が仰け反ったコボルトは大勢を立て直せず、直後アイクに顔を半分に切り裂かれて絶命する。

 

「大丈夫ですか?!」


 コボルトを斬り捨てたアイクは、ホムンクルスへと駆け寄った。ロイドが助けたことを聞き、一通り傷がないかを確かめ、ようやく息を整えている。


「良かったですよ、怪我がなくって」


「心臓を狙ったとしても、肉の上からだと稀に外れることがある。俺の場合はそうなっても良いよう衝撃を内側に弾けさせるが、それが出来ないのであれば死体蹴りくらいはするものだ」


 ロイドは理屈より先にホムンクルスを助けに入り、アイクは無事を確認し、カイは合理的な手段を教え、俺とアメイラはただ見ているだけ。


 それぞれ性格が出た行動だろう。アメイラ、お前俺と同類だぞ。いい性格してるな。


「そうでもありませんよ?」


「っ?!」


 まるでエスパーのようなアメイラに驚愕しつつも、ホムンクルスの無事は素直に嬉しいと思った。しかし、今回、咄嗟に体が動かなかった。セリアなら迷わずに動いただろう。次にこんな機会があったのなら、今度こそは······。

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