第29話 二層のボス攻略

「行くよ!」


 アイクが抜剣し、ゴブリンの方へ走り出した。ホムンクルスは二歩ほど遅れてアイクに追従し、どこからでも援護できるように構えている。


 初動は俺達が取ったと言っていいだろう。ゴブリンは数瞬遅れて俺たちに気づき、慌てて戦闘に入ろうとしている。動きがバラバラだ。


「シオン!右のは任せた!!」


「分かった!」


 アイクが斬りかかったのは真ん中のゴブリンだ。それを確認したカイは左のゴブリン目掛けて盾を前面に突き出し、突進していく。あの盾、攻撃にも使えるらしいな。


 そして、俺は残った右のゴブリンに剣先をちらつかせる。ようは牽制だ。すると、カイに飛び掛かろうとしていたそいつは、動きを中断してこちらに注目した。後ろではアメイラが魔術の詠唱を始めている。まず、はじめの立ち位置は完璧に展開できた。


「アメイラ!いつも通りで行くぞ!」


「はいっ!」


 アメイラの身体強化の魔術が発動し、俺の体に補正が掛かった。ホムンクルスと二人で攻略しに来た時は呆気なくやられたゴブリンの攻撃を、簡単に目で追うことが出来る。


「グギャア!!」


  ゴブリンが腕を大きく振り被る。単調で威力もない攻撃。一度、二度、三度。俺が回避すればするだけ、深追いだと気付かずに何度でも。


「ギャァァア!!」


 装備を整え、技術を上げ、仲間を得てこうして相対すると、如何にゴブリンが矮小な魔物であるかが理解できた。

 ゴブリン程度に負けた俺が、どれ程弱かったのかも。


「せあっ!!」


 向けられた攻撃に合わせて剣を振るうだけで、ゴブリンの腕が面白いように宙を舞った。


 体の一部がなくなる感覚は、どういうものなのだろう?ゴブリンは狂気的に目を見開き、ヨダレを撒き散らしながら喚いた。


「ギィィァァァア!!!」


 先程以上の速度で迫るゴブリン。だが、その瞳は俺しか捉えていない。故に、横から杖を構えるロイドに気付けなかった。


「オラァア!!」


 魔術を唱えるかと思いきや、杖を槍のように構えてゴブリンを殴りつけた。鈍器で殴りつけたような鈍い音が鳴り響き、ゴブリンがたたらを踏む。


「俺の杖は特別製だぜ?!鉄で殴られんのは痛いだろっ!」


 ロイドは攻撃の手を止めず、腰をツイストさせ、体重を移動させて、更に連撃を見舞う。槍が捉えどころなく、旋風のように踊り舞う。


 ゴブリンは対応出来ずに全身に打撲を負い、血反吐を吐いて地を舐める。


「お前······槍スキル持ちより強いんじゃねーの?」


「あ?まー、十年は槍握ってたからな。そこらの雑魚はこれで十分だろ」


 ロイドは俺の呆れ声に答えながら、地面のゴブリンに杖の言うなの槍を振り下ろす。


 ゴッ。頭蓋骨が割れる音がして、ゴブリンが絶命した。


「私の出番なかったですねー」


「アホか。後衛出張らせるなんて、負け同然だっつの」


「いや、お前も後衛だよな?」


 そんなことを言い合いながらも、俺達は周囲の状況を確認していた。


 カイのスキルは【盾戦士:C】であるため、攻撃が得意ではない。今も危なげなく攻撃を捌いているが、中々攻めに転じられないようだ。


 逆に、【剣術:B】、【近接戦闘:B】を持つアイクとホムンクルスは、既にゴブリンを追い詰めていた。


 まー、何でホムンクルスがそんな強力なスキル持ってんの? と思わなくはないが、それは問題じゃない。


「カイの援護には俺が行くよ。アメイラは回復魔術の詠唱をして待機して欲しい。ロイドは、まぁ。よく分かんねー」


「分かりました!」


「じゃー、俺はアイツらに混じって来るわ」


 アイクの方へ走っていくロイドを見送り、俺はカイの方へ走った。カイが盾を斜めに構えてゴブリンの攻撃を受け流した瞬間を見計らって、乱入する。


「手伝いに来た!」


「すまない。助かるっ」


 攻撃を流された直後で体制が崩れたゴブリンの足を踏み、剣で斬りつけた。肩口をザックリと切り裂かれたゴブリンは、何が起こったのかを把握できないまま狼狽えている。


 そして、カイがゴブリンを殴りつけた。それは洗練された武人の動きだ。

 体運び、殴り方、打撃を加える場所の選び方。全てが最善を突いていて、一撃でゴブリンの膝を折らせた。


「お前もか······もう突っ込まないからな」


「カイは盾って意識が強いみたいで、よっぽど余裕な状態じゃない限り、拳を使わないんですよねー。なのでもう大丈夫ですよ」


「だからお前は前に出てきたのか」


「はい」


 俺は構えを解いて、いつの間に横に並んでいたアメイラに話し掛ける。向こうを見ればアイクたちもゴブリンを殺し終えたようだし、流石に番狂わせはないだろう。まだ一体残ってるけど······


 ゴシャァア!!


 そいつも、カイに殴られてたった今終わった。うん。もういいや。


「アメイラ。このパーティーって、何時もこうなのか?」


「あー······。ロイドは割とそうですね。カイは、余程余裕かその逆の場面以外では、普通の盾戦士です」


 カイには盾いらないだろ。


「駄目だ。疲れてきた。このパーティー、色々可笑しいだろ?」


「そうなんですけどねー。でも、スキルとステータスが微妙ですから。こんな行動を取れるのは、弱い敵限定です」


 あー、そういう問題があるのか。スキルがあるせいで、実力と経験は比例しないもんな。


「終わったみたいですし、あっち行きません?」


 アメイラの言葉に従ってホムンクルスの方へと向かう。


「······」


 皆から一歩離れた所で止まると、ホムンクルスが近付いてきた。


「何だよ?」


「これまで流されていて気付かなかった。こんなことをして、私は正体を隠せていられる?何の為にやっているのかが分からない」


「今更そんなことかよ。お前を造ったやつの事なんて知らないし、せめて少しでも人間らしくしてろって」


 俺だって自分の考えがまとまってないんだ。セリアのためにダンジョンに潜るっつっても、力は求められないし。ホムンクルスのことなんてどうすればいいか分かんねーし。


「でも······」


 まだ食い下がるホムンクルスに言葉を畳み掛ける。


「身元不明なお前の隠れ蓑は、冒険者をおいて他に無いんだよ。俺に家を買ってお前を匿うだけの金はないし」


「それなら······納得。やはり、あなたのことはよく分からない」


 ま、宿に入れたり、薬草採集手伝わせたり、怒鳴りつけたり、隠し事したり。無茶苦茶だもんな。


「どうしました?」


 アイクが俺たちの様子を見て、乱入してきた。


「何でもないよ」


「問題はない」


 こいつのことも、もう一度しっかり考えたほうがいいな。今の俺には、セリアのことを考えながらホムンクルスを匿うだけの力と余裕がない。どちらかを捨てないと、俺が潰れる。一応、アメイラの秘密だってあんのに······はぁ。


 考えども答えが出ないまま、ダンジョン攻略を終えた。

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