第23話 むき出しの弱さ

「だから、謝る必要はない」


「けど、俺が強くなった分、お前は命を削られた。蹲ったのだって、その影響みたいなものだろ?」


「否定はしない」


 ホムンクルスは腕に残った傷跡に目をやりながら、再び口を開いた。


「確かに、あなたが力を求め、私はそれだけの力を、命を犠牲として譲渡した。けど、それは当然のこと。私はあなたに助けられ、この命を繋げられた。なら、あなたに使い潰されるのは前提になる」


「違う!」


「違わない。現に、あなたは私の命を削って力を求めた。そして、私はその副作用で戦闘中に蹲り、ゴブリンの攻撃を受けてしまった。あなたがなんと言おうと、この結果は覆らない。なら、何をどうすれば私が道具でないと言える?」


「それ······はっ」


 全て事実だ。俺が弱いからホムンクルスの命を削ることになり、俺が何も考えてないからホムンクルスを傷つける事になった。


 なんて言えばいい?どうすればホムンクルスを納得させられる?こいつは人間になりたいと言いながら、本質的にはホムンクルスのままだ。どうすれば······


 俺の思考回路が、ホムンクルスの正体がバレないようにするではなく、ホムンクルスを少しでも人間に近づける、に変わっていることに気づかぬまま、頭を巡らせる。


 だが、相手はホムンクルス。存在しない心など、読めるはずもなかった。


「だったら、何で生きたいなんて言ったんだよ?!」


「理解不能」


「でも······」


 俺の言葉を遮って、ホムンクルスが口を開いた。


「あなたが何と言おうと、私を本来の用途に基づいて使用したのなら、私はホムンクルス。そう定義される。違う?」


 誰かのために死んでいくホムンクルス。こいつは製造途中で逃げ出したから、完全に他人に尽くそうとはしない。その手のプログラムが不完全なんだろう。だが、それは"自分からしない"だけであって、誰かからされれば、拒みはしないのだ。


 不完全故に無地であった部分は、外的要因を受ければその色に染まる。それは、機械的な思考を巡らすホムンクルスなら、なおさらだ。


 そして、俺はこいつを使ってしまった。だから、こいつの中で、自分がホムンクルスであるという認識が高まってしまったのか?

 でなければ、これだけ食い下がってくることに説明がつかない。


 駄目だ。これ以上こいつと話していられる気がしない。


 出会ったときから変わらない、無機質な瞳と無表情を貼り付けた顔。それを正面から向けられて、俺は初めて恐怖を感じた。


「お、お前に俺の何が分かるんだよ!!」


「分からない。私は、あなたの外面しか観察していないから」


 駄目だ。致命的に会話が噛み合わない。


 俺は、立ち上がって部屋から逃げ出した。


 何で逃げだしたのか?

 何でホムンクルスにこれだけ執着するのか?

 何で未だにセリアを諦められないのか?


 分からない。分からないことだらけだ。自分の事だけど、自分で決められる内容じゃない。


 考えることを放棄して走っていると、部屋を飛び出した先の曲がり角で、フレイと衝突した。俺は当然のように尻もちをつき、エルフ譲りの身体能力を持つフレイは、何でもないとばかりに立っていた。


 エルフは森に生きる種族。元々のスペックは、人間とは比較にならないのだ。その血を半分宿すフレイは、当然そこいらの人間よりも強い。


「痛っ!」


「ちょっと誰よ?いきなり―――って、シオンじゃない」


 見た目十二〜十三歳の少女に吹き飛ばされ、自分だけ痛みに呻くなんてダサすぎる。


「あんたねぇ?うちは廊下走るの禁止なのよ?!その説明くらい、最初にしてるわよね!」


「うっさいな!!黙ってろよ!」


「なっ!?」


 感情の制御が出来ない。すべてが惨めだ。そのまま立ち上がって走ろうとすると、呆気なくフレイに捕まった。


「待ちなさいよ馬鹿ぁ!」


「ウゲぇっ?!」


 腕を掴まれ、その力に抗ってみるものの、簡単に引き戻されてしまう。


「何すんだよ!」


「何するって、それは私の台詞よ!?廊下は走るし言葉遣いは酷いし、どういうつもり!!」


 頭一つ分程の差がある身長で、フレイはずいっと顔を近づけてきた。足元はつま先立ちでぷるぷるしている。


「お前には関係ないだろ!どっか行けよ!」


「あのねぇ。あんたは―――」


 ようやくフレイは俺の顔を正面から覗き込むことに成功し、同時に声を無くした。


「何があったのよ?」


「何もねーよ···」


「嘘つくんじゃないわよ。シオンは、イライラしたりすると、口調が悪くなるわ」


「うっせーな!!」


 得意げに笑ったフレイが、また口を開く。


「それと、私は妖精の血を引いてるのよ?あなたの嘘が"見えないはずない"でしょ?ずっと見てきたんだから」


 最後の言葉だけ聞き取れなかったが、それよりもフレイの瞳が輝きだした。妖精としての種族固有スキルだった気がする。


 こんな奴でも、強い特性を持ってる。しかも、フレイに限ってはバカ魔力持ちだ。なんだよ、俺ばっかり。


「ほっといてくれよ!!」


 フレイを無理やり振りほどいて、俺は宿から飛び出した。

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