第22話 ホムンクルスは無事だった
息を切らしながらギルドまで走り、マリエラさんに謎ゴブリンについての情報を伝えた。重要、というよりはあのゴブリン自体分からないことが多すぎて、的を得ない大げさな報告になってしまう。
突然強力な力を持ったゴブリンが出現する。その情報は驚かれるかと思ったが、予想に反してマリエラさんは冷静さを保っていた。
「またですか······」
「また?!他にもあったんですか!」
「はい。この間は、二体のコボルトと戦ったCランクパーティーが、全滅しました。その他、指定ランク外の力を持った個体が、複数発見されています」
マリエラさんが暗澹とした表情でため息を吐き出す。その時、職員室からギルドマスターが出てきた。
「マリエラ。まさか、またか?」
「はい。今度はゴブリンだそうです。しかも、おそらくは転移で移動したようで······」
「何だと?」
額に手を当てて、ギルドマスターが首を振った。
「転移か。これは、誰かの手引きがあると見て間違いないな。厄介なやつだ」
「手引きって。流石に大袈裟じゃないですか?」
「お前は阿呆か?魔物の力を強める手段は、更に上位の魔物や魔族から名付けをされるか、自力でレベルアップをするしかない。こんな短期間で鍛錬馬鹿な魔物が何体も出てくるはずも無い。魔物の手引きがあると見て間違いない」
そうだったんだ。へー。そもそも、魔物に名前があることすら知らなかった。
あれ?でも、おとぎ話とかで聞く初代魔王とか、あれも魔物だよな。だとすれば、名前あるじゃん。
「この件は私が直接動こう。それよりも気になるのは、何故そのゴブリンと対峙してお前が生きているか、だ」
「な?!勝手に殺さないでくださいよ!」
懸命に反論するが、苦しくもギルドマスターに助勢する者が。アメイラだ。
「それ、私も気になってました!シオン君は、どうやってあれをやったんですか?」
「は?あれ?」
「そうですよ。あのゴブリンに剣を飛ばされた後、予備の剣を抜きましたよね?そしたらこう、グワァー!って剣速が上がってました!」
予備の剣?剣速が上がった?何の話をしてるんだ······そうだ。俺はゴブリンに殺されそうになって、咄嗟にホムンクルスから、から······から?
ホムンクルス。ホムンクルスは?!
多少でも力を得たことで芽生えた優越感や余裕が消え失せ、焦燥に押し流される。自分の中の冷静な部分が食い荒らされ、残ったのはホムンクルスを殺してしまったかも知れないという罪悪感だけだ。
俺はあいつを殺し――――
「アメイラ!アメイラはいるかい?!いたらちょっと来てくれ!」
と、その時、アイクの大声がギルド内に響いた。だいぶ焦った感じの声だ。
「どうしました?私はここにいますよ?」
アメイラは小さい体を目立たせようと、懸命にジャンプを繰り返す。
「シオンさんの奴隷が···」
続きを聞きたくない。耳を塞いで目を閉じるが、無情にも音は鼓膜を叩いた。
「怪我を負ったんだ!」
へ?
その言葉を聞いて、咄嗟に振り返った。
いた。ホムンクルスは、死んでいなかった。爪で抉られたような怪我を左腕に負っているが、命に別状はないみたいだ。
そして、痛みを感じているのかいないのか、相変わらずの無表情を貼り付けて、俺を見つめている。
「早くアメイラの所に行かないと駄目ですよ!」
奴隷と思っている相手に敬語を使うのは、アイクの性格の表れか。半ば強制的に動かされたホムンクルスは、ようやくアメイラの方へと歩いていく。
その足取りはしっかりしているし、明日になれば普段通りに――――って。何でこんなに心配してるんだ?
ホムンクルスが生きていると分かり、後悔こそ残ったが、罪悪感はだいぶ薄れてしまった。なのに、まだ胸がざわついている。
よく分からない感情に蓋をして、ホムンクルスが治療を受けている様子を眺めることにする。そうして少しの時が経ち、ふと声をかけられた。
「私の質問を無視するのか。いい度胸だ。質問を尋問に変更するか?」
「え?あっ、いや、はい」
ホムンクルスのことで頭がぐちゃぐちゃになっていて、すっかり質問されていたことを忘れていた。人を射殺せそうな鋭い眼光に、思わず体が萎縮してしまう。
「覚えてないんです。とっさの行動で、何を考えてたとか分からないんですよ」
「それは本当か?アメイラの話が嘘でないなら、Eランクのお前の剣技はDランクの上位と同等の鋭さを見せたんだろう?それを覚えてないというのは、到底信じられん」
「ほ、本当、です···」
嘘はついていない。頭がいっぱいいっぱいだったのは本当だから。
そうして数秒間見つめあい、俺がプレッシャーに耐えられずに視線をそらしたことで、会話が終わった。
「まぁいいだろう。今はそのゴブリンを討伐するのが先決だからな。お前と奴隷は、念の為にステータスの更新だけしておけ」
「分かりました」
ギルドマスターに一礼をして、ホムンクルスのもとまで走った。
「おい、大丈夫か?」
「問題ない」
アメイラの治療によって傷が癒えたらしいホムンクルスは、傷跡が残る左腕をブンブンと振り回してみせた。
「―――何が大丈夫だよ。お前がゴブリンにやられるなんて、普通無いだろ?何があったんだよ?」
「ゴブリンの攻撃を受ける前後、私はどのような行動を取っていた?」
ホムンクルスがアイクに問う。
「そうですね。確か、僕がゴブリンの目に砂を投げつけて、シオンさんの奴隷にとどめを任せていたんです。その時に、突然蹲ってました」
その言葉を聞いて、一つだけ心当たりができた。だが、それを話すならここでは駄目だ。人の耳がありすぎる。
俺は急いでステータスの更新を済ませ、宿に戻ることにした。
宿に戻って部屋に入り、俺はホムンクルスをベッドに座らせて対面する。普段は絶対に使わせないベッドに座らせてもらったことが嬉しいのか、ホムンクルスは座り心地を確認していた。
頃合いを見計らって話しかける。
「その、悪かったな」
「何が?」
「お前のその怪我、多分俺のせいだろ?」
「違う。私はあくまで道具。だからあなたは―――」
「うるせぇよ」
続きが聞きたくなくて、汚い言葉でホムンクルスを黙らせてしまった。何なんだよ、本当。
こいつは生きたいと願って空回りな努力を続け、あさっての方向に走り続けている。それを俺は殺そうとしてしまった。無自覚だとしてもだ。
こんなことを考えてしまうあたり、俺の中で何かが変わり始めている気がする。
そして、俺はホムンクルスに謝るべく口を開いた。
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