第21話 力とは何か

 目的別の練習を始めてから十日が経過した。その間俺とアメイラはペアとして戦い続け、今ではゴブリン三体を相手取っても倒せるようになった。

 最初の数日はアメイラを危ない目に合わせてしまい、このまま駄目になるんじゃないかと思ったのだが、アイクに剣術を教わってから勝てるようになったのだ。


 教わると言っても、基本的な型を一つ学んだだけである。だが、ゼロとイチでは雲泥の差がある。剣を振り回すのではなく、律すること。それが、ゴブリンの戦闘能力を容易く上回った。


 ちなみに、相変わらずアメイラの舌は絶好調だ。この間なんかは不用心にゴブリンに接近して、


『あの、道を聞きたいんですけど······ってあれ?顔面大震災ですか?可哀想ですね。これじゃあ復興の余地なしですね?』


 なんて言ってた。うん、もうさ。いっそのこと尊敬するよ。あのゴブリン、頭を抱えて蹲ってたよ。ていうか、顔ネタ好きなのかよ。


 まあ、そんなことがあって大変な訳だが、確実に力は付いている。それはこれからも変わらないはずだ。


 力を求められないことは、正直よく分からない。今だって力は欲しい。なのに反応の一つもないからだ。もしかしたら、上辺の気持ちじゃなくて、もっと根本的な問題なのかもしれないな。


「どうしたの?」


「考え事だよ。何でもない」


「そう」


「ところで、連携は上手くいってるのか?」


「アイクは強い。合わせるのは大変だけど、連携は完成しつつあると言える」


 まじか。結構早いな。

 ホムンクルスも見てない所で頑張っていたらしい。俺も、もっと頑張らないと。


「カイの容態が良好で、明日には退院できると言っていた。そうしたら、パーティーでの動きを確認するって、アイクが言ってた」


「そうか。結構早かったな」


 ゴブリン数体に襲われて、かなりの重症を負っていたはずだが······意外に、もう退院できるらしい。


「分かった。じゃあ、今日が最後だな」


 その後ホムンクルスといくつかの情報を交換してから、俺はアメイラと合流した。













「そうですか。それでは、二人で練習するのは今日が最後ですね」


 カイが退院出来る旨を伝えると、アメイラは嬉しそうに呟いた。仲間が入院しているというのは、良い心地ではないのだろう。


「それなら、今日はたくさん頑張りましょう!」


「そうだな。まずは······あいつにするか」


 少し先にいるゴブリンに狙いを定め、近づいていく。この行程はもう慣れたものだ。


 いつも通りアメイラがゴブリンを挑発し、短気なゴブリンはそれに乗っかる。


「ギャァオオァァァァオォオォォオオ!!」


 この、地獄の悪鬼かという咆哮にも、そろそろ慣れてきた。


「シオン君!」


「大丈夫だ」


 スキルによる声は無い。

 単純なひっかき攻撃を、半身に構えて回避する。まだ剣は抜いていない。


「っ!!」


 すれ違いざまに足を掛ければ、ゴブリンは無様に地に這いつくばった。地に伏してなお俺を睨みつけてくるゴブリン。


「ギャァア!!」


 俺に攻撃を加えようと立ちあがるゴブリン。だが、俺はその顔に蹴りを放った。ゴブリンが再び倒れる。そしてとどめを刺そうと剣を抜いた所で、アメイラの金切り声が響いた。


「後ろです!!!」


 もう一体か?!


 慌てて飛び退き、後方に目を向ける。すると、そこには1体のゴブリンがいた。何の前触れもなく、突然である。


「どこから出てきた?」


 さっき確認した限りでは、周囲に魔物はいなかった。だからこそ俺は安心してゴブリンに攻撃を仕掛けたわけだし······。


「気を付けてください!そのゴブリン、突然出てきました!」


 は?突然?転移?


 やべぇ。訳がわかんねえ。だけど、このゴブリンは危険だと、"スキル"が警鐘を鳴らしている。


『逃げろ』『逃げろ』『アメイラを置いて逃げろ』『一人で逃げろ』『逃げろ』『勝てない』


 何だよ、これ?


 今までの俺のスキルはすべて、提案するような、事務的で他人事のような言葉だった。


 だがこれは何だ?まるで命令だ。


「アメイラ!こいつ、俺のスキルが反応してる!やばいぞ!!今すぐ逃げろ!」


 幸い、突然現れた謎ゴブリンは、俺たちを攻撃しようとはしていない。この隙に逃げるしかない。

 俺はアメイラを庇いながら、その場で後退を始めた。だが、次の瞬間、ゴブリンの首がぎゅるん!と動いた。小さい二つの目は、しっかりと俺を捉えている。


「何だよ、おい。見んなよ」


 願いは受け取ってもらえないようだ。ゴブリンは、にたりと笑って突撃してきた。


「速――――」


 その速度は、ゴブリンならざるものだった。ありえない。そう形容すべきだ。動いたと思ったら、次の瞬間には姿が霞んでいるのだ。


『身を低くする』


 スキル通りに体をかがめた瞬間、背中に激痛がほとばしる。ゴブリンの爪を避けきれなかったようだ。


「くそっ!」


 そして、俺の背中をガリガリと削って減速した攻撃は、なおも勢いを保ってアメイラへと向かう。


「まずっ」


 咄嗟に手を伸ばし、ゴブリンの足を引っ張った。ガクンっ、馬に引きずられるような力だ。だが、何とか攻撃を止めることに成功した。


「でぁぁあ!!」


 ゴブリンが静止した瞬間を狙って、剣を振り上げる。が、数日の鍛錬など、強敵の前ではないに等しい。ゴブリンは俺に一瞥をくれると、軽々しく身を翻した。


 こいつ、本当にゴブリンかよ?!


「グギャア!」


 身を翻した際の遠心力を乗せ、ゴブリンが大きく腕を振るった。それは風を裂き、とっさの防御の上から、剛撃となって俺を襲う。


「うがぁぁあ?!」


 小枝でも吹き飛ばしたかのように、体が地面をバウンドした。威力が可笑しい。Bランクと言っても納得できそうだ。


「シオン君!ヒール!!」


 謎ゴブリンの攻撃を受けた後では、アメイラの回復魔術による完治が見込めない。多少傷が癒えたが、ゴブリンの攻撃力が上回ったようだ。


「お前、まじ何なんだよ!?」


 更に追撃を加えんと迫るゴブリンの爪に合わせて剣を振るうが、容易く弾かれてしまった。体の重心が乱れ、剣は宙に舞っていく。


 ニィ、と。口角を上げて、ゴブリンが薄く笑う。


 死を招くであろう爪が急接近するなかで、聞こえた声は―――


『ホムンクルスから力を吸い上げろ』


 思考が空白に染まった。いや、そういうことなんだろう。


 死を前にして。焦って。

 セリアの命を助けるためにですら、欲することが出来なかった力。それを、自分のためだけに、欲することができた。


 何か管のような物から、一方的に力が流れてきた。それは俺の体に流れ込み、"今を切り抜けるため"の力を与えた。


「だぁぁぁあああ!!」


 力任せに振るった剣、その剣先が風を凪いで鋭い音を生じさせる。アイクよりは弱い。精々、Cランクにも満たない攻撃力だ。


 だが、先程までの俺とは明らかに違う攻撃。ゴブリンの意表を突くには、"それで十分"だったようだ。


「ギャァア?!」


 鈍い色を放つ剣閃は高速で弧を描き、ゴブリンの足を切り裂いた。機動力を削がれたゴブリンは、血を流しながら倒れ込む。


 そこからは無我夢中だった。俺はアメイラを連れて、何とか王都の中まで戻ることに成功した。

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