第15話 二層での出来事
1層攻略で大失敗してから3日が経過したが、未だに2層のボスを倒すことができない。
2層のボスはゴブリン3体で、個体別の強さは1層のボスと大差ない。つまり、俺では倒すことができないのだ。
ホムンクルスでも2体を同時に相手取ると、安全に立ち回る必要があると言う。そして、そうするとどうやっても倒すのに20秒はかかると言われてしまった。
その間に俺はもう1体のゴブリンにボコされてしまい、じゃあ時間稼ぎにと逃げ回れば、ゴブリンは俺の相手をせずにホムンクルスに向かってしまう。
いくらホムンクルスとはいえ、3体を同時に戦うことはできない。そんな理由で、俺は2層の攻略に失敗し続けていた。
全部俺が弱いせいだ。
思えば、俺のスキルは非常時のみオート発動するだけのものだから、普段はスキルを持っていないに等しい。それは、冒険者としては、あまりにも致命的すぎた。
なら少しでも戦闘の術を学ぼうと思って、色んな冒険者に声を掛けたりもした。だが、皆自分の生活で忙しい。中には金すら満足に稼げない奴もいて、全て断られる始末。
完全に八方塞がりになってしまっていた。
今日の時点で、既に落胆しきって気力もない。だがそれでも、ギルドに向かう足だけは止まらなかった。
「今日も2層に行きたい。許可を出してくれ」
連日の失敗のせいで口調が荒くなってしまい、マリエラさんは僅かに顔をしかめた。
「シオンさん。攻略が進まないのでしたら、一度外でレベリングをするか、もしくは手頃な剣術道場に通ってみてはいかがですか?」
「そんな時間も、そんなお金もないんだよ。3層に行けばスライムだって出てくるんだろ?アイツ等でレベリングすればいい。なら、まぐれでいいじゃんか。1回勝てればいいんだよ」
「その考え方はいけません。そうやって沢山の冒険者が、命を落としていくんです」
だから何だよ。早く行かせてくれよ。
「うるさいなぁ」
「うるさいなぁ、じゃないですよ。本当に死にますよ?」
「そりゃ、死にそうになれば逃げるに決まってんだろ」
普段は見ないしつこさにうんざりとしていると、マリエラさんは突然声を荒げた。
「そうやってステータスが高い奴隷にばかり無茶させて、怪我を負わせるんですか?!」
マリエラさんが指差す先にいるホムンクルスは、小さな傷を複数箇所負っている。右腕には包帯も巻かれていた。全てゴブリン3体と戦闘してできた怪我だ。
「そ······れは」
俺だって、こいつに怪我をさせたくてしてるんじゃない。お前なんかに分かるかよ。昔大好きだった女が死ぬってなってて、焦る気持ちが分かるかよ?
「私なら問題ない。こういった形で必要とされるのなら、それに答えるだけ」
契約者のために使い潰されるホムンクルスは、製造された瞬間から契約者のためだけに存在価値を見出すらしい。これは、それ故の言葉だろう。
「しかし、いくら奴隷とはいえ、それは――――――」
それにしてもマリエラさん、こいつが奴隷扱いなのにも関わらず人情的に接するなんて、優しい人なんだろうな。あいつならどうするだろうか。きっと、優しくするんだろう。
「――――――あぁ、くそ。だったら2層でレベリングする。それなら文句ないだろ?!」
「そういうことなら、まぁ、とめはしませんけど」
俺の折衷案を渋々了承したマリエラさんだが、その表情からは、本当は嫌なのに、と伝わってくる。
「仕方ありませんね。はぁ。以前渡した2層の地図は持っていますか?」
「あ?これだろ?」
懐からシワシワになった地図を取り出して見せた。
「はい。ところで、その態度の悪さは治らないのですか?」
「態度を治して得なんてしないだろ。必要な相手にだけへりくだってれば良い」
「本当にシオンさんは――――――。まあいいですよ。それでは、気を付けて行ってらっしゃいませ。本当に、気を付けてくださいね」
「分かってますよ」
「いいえ。分かっていませんよ」
マリエラさんは、刻み付けられた傷の痛みに悶えるように、悲痛な表情を浮かべた。
「人間は、死ぬときは一瞬ですから」
マリエラさんのあの表情は何だったんだろう?受付嬢として仕事をしてきた中で、死んでいった冒険者たちを救えなかったことを、悔やんでいるのだろうか?それとも―――。
ま、人間色々あるもんだ。それやり今は、
「なぁ」
「どうかした?」
ダンジョンの2層を探索しながら俺は、ホムンクルスに声を掛ける。
改めて見てみると、ホムンクルスの体は傷だらけだった。顔や膝、スネにもかすり傷があって、見ているだけで痛々しい。
俺は焦りのあまり、そんなことにも気付けなかった。
「何か、無理させてたみたいだ。――――悪いな」
「明日の天気は、槍のちグングニール?あなたが謝るなんて、世界が破滅する」
ハハハ。お前のその考え方にも慣れてきたよ。
「それでもいいっつの。とりあえず、無理させてたことは謝る」
正直恥ずかしい。
最初にこいつと出会ったときは一方的に俺が威張ってたのに、ダンジョンに行くようになってからは頼りきりだ。なのに、俺は未だに力を欲していない。
小さい女の子にばかり戦わせて、尚俺は自分で戦うことを選ばないのだ。
この逃げ癖は、セリアと別れてから―――いや、物心ついた時から変わってない。
「なぁ、どうすれば強くなりたいって心の底から思うか分かるか?」
「守りたい者を見つける。もしくは、欲望に忠実になる」
「お前それ、本の知識だろ。しかも、主人公と悪役とかの」
言い当ててみせると、ホムンクルスは無表情で驚きを表現した。
「何故わかった?」
「そりゃ、お前のこの手の知識なんて、本以外にないだろ?」
「うむむむ。それは確かに」
適当な笑いを返すと、会話が途切れた。そしてその隙間に駆け込んでくるかのように、遠くから微かな音が聞こえてくる。
「―――ぁ――――」
キィーー。
鼓膜が拾い上げた小さな音は、切羽詰まった人間の声と、断続的に響き渡る金属同士が衝突する音だった。
「なんだ?」
「恐らく戦闘音。2層には武器を携帯したゴブリンはいないはず。つまり、人間同士で戦闘をしているか、もしくはゴブリンに武器を奪われているか。どちらにせよ、危険」
疑いようもない完璧な推測だ。
「あなたが助けるというのなら、わたしはそれに従う」
「行くぞ!!」
何一つ自分の意思ではない。ただ、あいつならこうするだろうと思っただけだ。少しでもあいつがするような事をすれば、一歩ずつでもセリアに近づけるような気がしたから。
俺とホムンクルスは、戦闘音が響いてくる方へと走っていった。
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