第10話 ねぇちょっと待って勘違いだからぁ?!

 買い物を終えて店を出ると、ホムンクルスは何故か出入り口で立ち止まった。


「何してるんだよ?そこで止まると入ったりする人の邪魔になる。行くぞ」


「うん」


 注意を受けたホムンクルスは歩き始めるが、そのペースがとても遅い。

 まるで、何か考え込んでいるかのようだ。


「何だよ?」


「どうすればいいのか分からない」


「面倒なやつだな。何がだよ?」


 ホムンクルスは一瞬躊躇うように顔をうつむかせ、そして無表情のまま俺を見た。


 こいつ、笑うときは目が死んでるし、そうじゃない時は顔が死んでる。怖いな。


「服······」


「あ?服?」


「大儀であった」


「よし、シメる」


「嘘!嘘。今の無し。訂正したい」


 一歩引いたホムンクルスは、今度は熟考するように顎に手を添えた。

 見た目だけは一丁前だな、本当に。形から入るタイプか?


「こういう時、なんて言えばいい?何かを貰った。無償の優しさを受け取った。お礼。何故か?分からない、理解不能」


 なにやらブツブツと呟いているホムンクルスの頭頂部にチョップをかまし、手首を掴んで引っ張る。


「あぅ。酷い。私は今、あなたのために思考を巡らせていた。中断はなし」


「うん。じゃあ、その気力を金のために使ってくれよ」


「金、金、金と。そんなに金が好き?」


「大好きだね。なんか悪いか?」


「悪くはない。でも、何か違うと思う」


 ま、金にばかり固執するやつは、大抵ろくなものじゃない。自覚はあるさ。


「ほら、もう暗くなり始めてるんだから。早く帰るぞ」


「りょーかい」


 そうして宿まで戻ると、俺は受付に向かった。


 ―――俺とセリアが住んでいた家は、すぐに家賃が払えなくなって追い出された。

 つまり、俺には特定の家がない。

 だからこの宿の一室を長期で借りているのだが、その期限がちょうど今日で切れてしまう。延長手続きが必要になる。


「すみません。今日で······ってフレイか。敬語使って損した。また一ヶ月借りるから。これ代金ね」


 毎月払う銀貨二十枚を、乱暴に受付に置く。


 受付に立っているのはフレイと言って、この宿の一人娘だ。


 髪の毛は金色に輝いていて、わずかに耳が長い。

 確か、エルフと妖精族の混血だったと思う。


 そのせいで身長は低く、145あるかないかといった程度だ。目鼻立ちは幼く、庇護欲を駆り立てられるのに、ふとした仕草は色を帯びている。


 エルフは人間で言う美形、特に美しい容姿を持つことで知られ、逆に妖精族は可愛い、幼い容姿を持つことで知られている。

 そして、どちらの種族も魔力適正が異常に高く、スキルを得なくても大抵の魔術を扱えるらしい。羨ましい。


 そんな二つの血を受け継いだフレイは、馬鹿みたいに魔力が高いらしい。本人が得たスキルは只の占いであったらしいのだが。


「んじゃ、それ確認しといて」


「ちょっと、その女は何?」


「関係ないだろ?銀貨の枚数でも数えてろよ」


 弁明も面倒くさく、適当にあしらう。すると、フレイは僅かに顔をしかめた。


「あんたねぇ?年頃の女の子を部屋に連れ込むのに、何で受付を通さないのよ?え?それに、そもそも何よそいつ!見たことないわよ?」


 はぁ。俺が女を連れ込むことの何がいけない。いいだろ。どうせあと何年かは童貞のままなんだから。


「体が小さいと心まで小さいのか?」 


「そうそう。どうせ私は小さいですよー。だから、受け入れられる分も少ないわよ?」


「まあ確かに、お前ってそっちの需要高そうだもんな。胸だけは微妙に大きいし」


「んな!?」


 フレイは羞恥と怒りで顔を赤く染め上げ、胸の前で両手を交差させた。


「あんたね!どこ見てんのよ、変態!それを年頃の女の子の前で言う?!頭おかしいんじゃないの?!あっち行け!変態!」


「はいはーい。で、銀貨何枚だった?」


「ちゃんとあったわよ!!」


 良し。ホムンクルスのことを聞かれずに済んだ。


 フレイは何かと直情バカなところがあるから、ああやって言えば頭が回らなくなるんだよな。

 それでも銀貨を数えているところあたり、あいつらしいっちゃらしいけど。


「胸は大きいほうが人間に好まれる?」


「そうとも限らないぞ?あいつの場合は親が特殊だからな。疎まれもしてるだろ、きっと」


 エルフも妖精も、一般人からしたら遠い世界の種族だもんな。それがこの宿を切り盛りしてるのは異常だ。


「そうだ。部屋に行ったら白いワンピースも着てみてくれ。サイズが合わなければ、向こうに返さなきゃいけないから」


「分かった」


 無表情で言葉を返しながら、ホムンクルス葉部屋の扉を開いた。

 それからベッドの脇に荷物を置いて、勝手に座りだしてしまう。


「オイ、服着てくれって言っただろ?」


「あ、そうだった」


 ホムンクルスは思い出したように立ち上がり、荷物の中から白いワンピースを引っ張り出すと、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「お前さ?俺の前で脱ぐことに抵抗ないの?」


「私の感性は人間のそれとは大きく異なる。特質すべき何かを感じるわけではない」


「ふーん」


 適当に返事をしてそっぽを向くが、どうしても視線がホムンクルスに向かってしまう。

 何ていうか、あれだ。不可抗力だ。

 これは抗いようがない。


 ちら、ちらちら。ちらちらちらりんこ。


「あの······」

 

「ん?」


「やめて、ほしい」


 顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしさから体を震わせるホムンクルス。己を両手で抱きしめると、布団の中に籠もってしまった。


 え、何その反応。普通にやばいんですけど。


「おい、せめて服を着てくれ?後、ベッドは俺の場所だから!見ないから、見ないからそこから出てこい」


 ホムンクルスを引っ張り出すために布団を引っ剥がすが、ホムンクルスは頑なに抵抗する。そうしてワチャワチャしていると、部屋の扉が開かれた。


「シオン?さっきの銀貨一枚多かっ···た、わよ?」


 扉を開けた状態で静止したフレイ。手に持っていた銀貨を落とし、ふらりふらりと俺に近づいてくる。


「何してるのよ?ねえ、何してるのよ?」


 うん。ワンピースはホムンクルスが脱ぎ散らかしたから、床でぐちゃぐちゃになってるよね。

 ホムンクルスが抵抗するから、ベッドもぐちゃぐちゃだよね。

 俺、完全にやっちゃってるようにしか見えないよね。


「ちょ、ちょっと待て!フレイ、お前は大きな誤解をしてる!話せば分か······ごばぁっ!!」


 下顎に強い衝撃が響いた。


 そのまま、翌朝までの記憶が欠落していたとだけ記載しておこう。

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