第9話 ホムンクルスとの買い物
「こちらが今回のクエスト達成報酬になります」
受付嬢が渡してきた硬化を受け取る。銀貨二枚と銅貨三枚だから、単純計算でほぼ昨日の三倍だ。
気分が良いため、受付嬢に軽く会釈をしてみる。
我ながら現金なやつだ。
「――――?!」
だが、受付嬢にとってはそんな姿が意外だったらしい。
驚愕も露に俺を見つめ、そして営業スマイルを貼り付けて会釈を返してきた。
「普段は挨拶をしない?」
俺たちの様子を目ざとく観察していたホムンクルスの言葉だ。
「今日は実入りが良かったから、上機嫌なだけだ」
「それは良くない。人間は群れる生き物。コミュち···コミュニて···関係は大事」
「噛んだから却下」
「んむぅ······」
うん。声だけなら可愛い。でも、それを俺にヤラんでくれ。
よく言うだろ?隣の家の犬は可愛いけど、家では飼いたくないとか。
「まぁいい。ようやくあなたの理不尽さが分かってきた」
「命の恩人だぞ俺は」
「そうだけど、うん。まあいいや。で、これから何するの?」
何か、話の切り替え方が俺みたいになってるぞ。
「明日のクエストに向けてパンを買うかな。あとは、お前の洋服だ。装備品は俺の古いやつでどうにでもなるけど、服ばかりはそうもいかないだろ?」
「服?これで構わない」
あのなぁ。
「せめて人らしくしろって言ったろ?それも分からないくらいお前は幼体なのか?サナギからやり直してこいよ」
「うぅ。違う。私はホムンクルス」
「はいはい、分かったよ。あとこれはお前のぶんな」
ホムンクルスの当たり前すぎる反論をスルーして、俺は銅貨を三枚渡した。それはこいつが今日稼いだ額のちょうど半分だ。
「何でくれるの?」
「全額奪い取るのは何かダサい。だから半分はくれてやるよ」
「あなたって時々よく分からない」
「安心しろ。俺は分かってほしいとは思ってないし、分かろうとも思ってないから」
そう切り返して、行きつけのパン屋さんに向かった。
「おばちゃん。パン三つちょうだい」
「あれ、いつもより多いね?そこの髪の長い坊っちゃんと一緒かい」
ん?髪の長い······男?
あぁ、ホムンクルスのことか。
こいつ顔は整ってるから、人によって男装姿は本当に男に見えちまうんだな。いざという時の変装に役立ちそうだ。
「そんなところだ。こいつは······って何やってんだバカ!!」
自然な流れで隣に目を移すと、ホムンクルスはなんと商品のパンの一つに齧り付いていた。
「おばちゃん。やっぱパンもう一個」
「あいよ」
会計を終えて今度は服屋に向かう途中、俺はホムンクルスを睨みつけた。
「お前なぁ?!何してくれてんだよ!ちゃんと金払えよ!?何のために金を半分渡したんだよ?!」
通行人が揃って俺を遠巻きに見つめているが、んなことは後回しだ。
今ここでこいつを説教しなきゃ、この先何百人という人間が地獄を見るに違いない。
「人間人間って言うけど、何が人間らしいのかが理解できない。人間は生きるために食べる。だから、食べてみれば何か分かるかと思った」
「そんな簡単ならこんなに悩まねーだろ。あー、糞。何か怒る気失せたぞ」
「そう」
こいつは、どうしたいんだ?
このままでいいのか?死にたいのか?欲を満たしたいのか?愛してほしいのか?
全く何にも分かんね。
今更だけど、成り行きで助けるには重すぎるやつだったか。
「まあいい。なら、黙って服を買うのについてこい。形から入ってみろよ」
「他人事のように軽いけど、一理ある。分かった」
一言多いっての。
ま、よく分かんねーけど、こいつも色々考えてんだな。嫌、考えてんのか?
「なぁ、お前はどうなりたい?」
「白馬の王子様に迎えに来てもらいたい」
「こんな汚れたガキで悪うござんしたね!」
やっぱ知らね。こいつを喋らせると、いちいち腹が立ってくる。さっさと行くか。
そんなこんなで服屋にたどり着いた。
「銀貨一枚が限度だからな。あんまり良いものは買えねーけど、我慢しろ?」
「わかってる。それに、私は容姿に無駄金を使うほど愚かではない」
なんつーか、やっぱこいつ人を苛立たせる才能あるよ。言葉選び一つでこんなに苛々するのって初めてだ。
ホムンクルスを横目にそんなことを考えながら、店内へと足を踏み入れる。
まず俺たちを出迎えたのは、たくさんのマネキンだった。それらは全て顔がなく、流行のファッションに身を包んでいる。
その奥に目をやれば衣装コーナーやアクセサリーコーナーがあり、所どころ値段設定が金貨になっている。
これ、あれだ。
『目が、目がぁ!!』ってなるやつだ。あっちは直視しないようにしよう。
それにしても、値段設定にしろ来客にしろそうだが、周囲の状況と比べて俺の場違い感が半端じゃない。帰りたい。
店員が着ている制服は綺麗なものだし、コーナーによっては貴族らしき人影も見られるから、ほんっとうに帰りたい。
泥にワインが混じってもそれは泥だが、ワインに泥が混じればワインではなくなる。
今の俺は、さながらワインに入れられる泥のようだ。
「あなたが動揺?珍しい。映像を記録······」
「いい。そういうのいらないから」
隣から聞こえてくる不穏な声に、平静を取り戻す。
が、現状何かが変わったわけではない。
そうしてオロオロしていると、見かねた店員が声を掛けてきた。
「どうなさいました?何かお困りでしょうか?」
「いや、その、え〜と」
「私の着る服がない。銀貨一枚までで、適当なものを見繕ってほしい」
「お任せください」
こ、こいつ?!
俺よりもコミュ力がある···。何だと?!
「ふすんっ」
イラァ。
本っ当に人を苛立たせる天才だな!!
ふすんじゃねーよ。
「では、私のあとに続いてください」
慣れた様子で俺たちの案内をする店員についていくと、やがて子供服コーナーについた。
「可笑しい」
「何がだよ?」
「私のベースとなった本体の年齢は四千歳を越えている。私は立派な淑女」
四千ってw
え?何?こいつ、ムキになって嘘が下手くそになってる。
「信じてない」
「いいや?信じてるぞ」
「嘘」
「安心しろ。俺は胸の小さいやつはタイプじゃない」
「〜〜〜っ!!」
あぁ、少しだけスッキリした。
やっぱりこいつは分かりやすい。
下手に感情がないから、思ったことがだだ漏れなんだろうな。
「こちらの棚にお求めの商品があるかと思います。ただ銀貨一枚となると候補は限られてしまうので、そうですね」
俺たちの様子を微笑みながら見ていた店員は、棚から水色無地のワンピースを取り出した。
「こちらなどは、銅貨八枚で色違い二着入りです。どうですか?」
「安すぎません?」
「はい。使われている素材が安物なので、すぐに破れてしまいます。しっかりした服を買うまでのつなぎですね」
確かに、俺みたく稼ぎが致命的に少ない人間には、そういう需要もあるのか。
どうしよう。
これから毎日今日くらい稼げれば、ホムンクルスにちゃんとした服を買ってやれるかもしれないし、いいか。
「取り敢えず、試着で。いいよな?」
「構わない」
「試着室はあちらになります」
ここからまっすぐの方を指さした店員のあとに続く。
途中、何度かホムンクルスが何処かへ行ってしまいそうになるのをそのたびに引き戻しながら移動をすると、やがて試着室と言うなの縦長ボックスがズラリと並ぶところに出た。
「それじゃあ着てくる」
「分かったけど、面倒ごとは起こすなよ」
頷いたホムンクルスが試着室に入っていくと、隣に立っていた店員が話し掛けてきた。
「随分と可愛い彼女さんですね」
「彼女じゃないです。タダ飯ぐらいですよ」
「それは幸せそうです」
「いや、あいつがいるとまじで迷惑にしかならないですよ」
普通に否定するが、店員は分かってますとばかりに頷くだけだ。
「それと、彼女さんを今後この店に連れて来ないほうがいいと思いますよ」
こいつ、まさかホムンクルスだと知ってそんなことを?!
思わず身構えて何時でも逃げられるよう退路を探す。
だが、店員さんの言葉は想像の斜め上を行っていた。
「ここだけの話ですけどね?この店には、ロリコン趣味で知られる西の男爵様が来られるんです。今日はいないみたいですが、あの方は横暴ですから」
そういうことか。
もしホムンクルスを見られれば、連れてかれるぞと。
「これからは俺だけで来ますよ」
「そうしてください」
この人、いい人だな。
「終わった」
ちょうどその時、試着室からそんな声が聞こえてきた。
タイミングが良すぎる。まるで、俺と店員さんの会話が終わるのを狙いすましていたかのようだ。
「おう。じゃあ一回出てこい」
「分かった」
平坦な声でそう言い、ホムンクルスは試着室の扉を開けた。
「おぉ······」
昨日は風呂に入ったから、ホムンクルスの体は俺達が初めて出会った時のように汚れていない。顔に土もついていない。
だから、男装していてぱっとしなかった部分が、ワンピースを着ることで花開いたんだろう。
ワンピースの丈は膝下まであるから、ホムンクルスが露出しているのは腕と脛くらいだ。だが、そんな部位でさえそのいらの女の裸体より目を惹かれるほどに美しい。 まぁ、裸体なんて見たことないけど。
本来男にとって、女の無表情などつまらないだけだろう。だがそれは、ホムンクルスほどの容姿があれば容易に覆る。
ある種人形めいたそれは、穢してはいけないと錯覚する神秘性を帯びている。
僅かに見える鎖骨にはもう、語彙によって表現できない感動と興奮を覚える。
「これでいいと思う?」
「あ、うん。いいと思う」
「それなら決定。これにする」
水色のワンピース買うことに決めたらしいホムンクルスは、その場でワンピースを脱ぎ始めて······。
バンッッ!!!
俺は、ほんの少しだけ膨らみ始めている双丘の先端を一瞬だけ視界に収めてから、扉を閉めた。
「あの、」
「何ですか?」
「見てませんから、手を退けてもらえませんか?」
店員の両目を塞ぐように添えていた手を離し、俺は大きく深呼吸をした。
うん。
「言葉が見つからないな」
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